「うう…、まだ眠すぎ…」

 朝、そう言いながら寝返りを打ったら、伸ばした手に当たるはずのものがないのに気づく。それはいつものことだったけど、なんとなく毛布だけだとやっぱ眠っててもあったかさが足りなかった。
 でも一人で眠るほうがベッドも狭くないし、寝返りも自由に打てる。
 それでも二人で眠ることになれると…、逆に狭いほうがいいなんて…、
 そんなのはヘンだってわかってても、ベッドに入って久保ちゃんの腕が抱きしめてくれるのをカンジると、気持ち良くてあったかくて…、
 ちょっとドキドキして、それからスゴクうれしかった。
 けど…、ドキドキしてたりすんのが久保ちゃんにバレたら、きっと笑われるからいつも黙って寝たフリしてる。
 そうしてると…、いつの間にか眠っちまってるけど…。

 ぐぐぅぅぅ〜〜〜〜っ。

 「・・・・ううっ、腹へった」

 起きようとして伸びをした瞬間に、腹が勢い良く鳴った。
 でも、自分のハラと時計を見比べると、なんで鳴ったのか妙に納得なカンジ。部屋にある時計は、見事に昼の12時ちょうどだった。
 やっぱ美形で天才の俺様のハラらしく、ぐぅ〜って音は時報の代わりにもなる。

 正確に鳴るのは…、昼の12時だけだけど…。

 なんて…、ジョウダンかマジかわかんない話なんかしてる場合じゃないくらい、ホンキでハラはぐーぐー鳴ってるし、マジでハラ減って死にそうなカンジだった。
 俺はベッドから抜け出すと、とりあえず眠気を覚ますために顔を洗うためにバスルームに向かう。けど、バスルームのドアを開けた瞬間、なぜか幻を見たような気がして…、俺は激しくゴシゴシと両手で自分の目をこすった。
 
 ウィィィン……。

 「そんなトコで、なにやってんの?」
 「べ、べつにカオ洗いに来ただけだけど…」

 ウィィン…、ジャリジャリ……。

 「ふーん…。じゃ、どけてあげるから洗いなよ」
 「あ…、うん…」
 「どしたの? ぼーっとして」
 「な、なんでもねぇよっ」
 「そう?」
 
 なんでもないって久保ちゃんには言ったけど、ホントはなんでも大アリだったっ。
 た、確かに俺らもそういうコトをするようになる年なのかもしんねぇけど…、なんか違和感がある。
 俺はウィィィンという音を聞きながら、バシャバシャと乱暴に顔を洗った。
 けど、顔を洗う時にいくら自分の顔をさわって見ても…、いつもの通りすべすべなカンジの肌ざわりだった。

 は、生えてねぇよな…、やっぱ…。

 「…とう、…時任」
 「うわぁぁぁ〜〜〜っ!!!」
 「…って、なにも叫ばなくてもいいっしょ? そんなに驚いた?」
 「く、久保ちゃんが、いきなり後ろから抱きついてくるからだろっ!!」
 「お前がぼーっと突っ立ってるから、思わずね?」
 「なにが思わずだっ! どさくさに紛れて、ふ、服の中に手ぇいれんなっ!!」
 「あれ、バレちゃった?」

 「バレるに決まってんだろっ!!」

 後ろからぎゅっと抱きついてきた久保ちゃんにそう怒鳴ったけど、腕を振り払わずに俺もどさくさに紛れてそーっと久保ちゃんに向かって手を伸ばす。
 でも、俺の場合は服の中に手ぇ入れて、エッチなことをしようとしてるんじゃなくて、あることを確認するためだった。
 俺はおとなしく抱きしめられてるフリをしながら、手のひらで久保ちゃんの頬をそっと撫でる。
 久保ちゃんはそれをなにか勘違いしたみたいで、俺の首筋にキスしてきた。けど、ホントはそうじゃなくって…、エッチがしたいとかそういうんじゃなくて…。
 俺が久保ちゃんを触って確認したかったこと…。
 それは…、実は…、

 久保ちゃんに、ヒゲが生えているかどうかということだったっ!

 べつにヒゲが生えててもおかしいことなんかない…、久保ちゃんは男だし、それなりにもうオトナだし…。
 でも、ヒゲをそってる久保ちゃんを始めて見た瞬間、なんとなくショックだった。俺はガキなのに、久保ちゃんだけオトナなカンジがして…。
 美しい俺様の顔にヒゲなんか似合わねぇけど…、おいてけぼりにされるのはイヤだった。

 「さっきから、ぼーっとしてるけど…。もしかして、その気になんない?」
 「な、なるかっ、バカっ! 今、何時だと思ってんだっ!!」
 「ピッタリお昼の12時〜」
 「もしかして、時計持ってるのか?」
 「腕の中でぐーぐー言ってる、やけにお昼だけ正確なのならね?」

 「ひ、ヒトを時計がわりにすんなっ!」
 
 そう言って腕の中から抜け出すと、バシッと久保ちゃんの頭を軽く叩く。
 すると仕返ししてくると思ったのに、久保ちゃんはそうしないで俺がさっきしてたみたいに俺の頬を手のひらでゆっくり撫でた。
 
 「時任はヒゲ生えてなくて、ツルツルで気持ちいいよねぇ…」
 「・・・・・悪かったなぁっ、ガキでっ!」
 「ヒゲが生えてないから、ガキってワケじゃないっしょ?」
 「けど…、オトナにならなきゃ生えねぇじゃんっ」
 「まぁねぇ…。でも、あんまり生えて欲しくないかも…」

 「自分は生えてるクセにっ、むちゃくちゃ言ってんじゃねぇっつーのっ!」

 久保ちゃんは撫でてた手を俺の顎にかけると…、唇じゃなくて頬にたくさんキスしてくる。それがスゴクくすぐったくて…、チュッてたくさん音がなんとなくおかしくて…、俺は笑いながら久保ちゃんの肩に手をかけた。
 さっきは久保ちゃんがオトナなカンジで、自分だけがガキなカンジがしてたけど…。
 短くて小さいキスをたくさんされてたら、そんなことはどうでも良くなってくる。
 それはたぶん…、オトナでもコドモでも俺らは手をつなぎあって抱きしめ合って…、たくさんキスするんだろうって思ったからだった。
 コドモのままでも、オトナになっても…、たぶんキスしたくなって…。

 一緒にこの部屋にいて、こんな風に笑い合うんだろうって…。

 「なぁ…、久保ちゃん…」
 「なに?」
 「オトナになったら、したいことってある?」
 「ん〜、そうねぇ。オトナになったからってしたいことはないけど…、今ならしたいことあるよ?」
 「オトナになってからじゃなくて…、今したいコトってなんだよ?」
 「時任君とエッチ…。すべすべの肌撫でてたら、したくなっちゃったんだよねぇ」
 「く、く、久保ちゃんのヘンタイ親父っ!」
 「・・・・・・ヘンタイ親父はないんでない?」
 「あっ、わかったっ!! 久保ちゃんにヒゲが生えてんのは、オトナだからじゃなくてっ、親父だからだっ!!!」

 「・・・・・あのねぇ」

 そう言った久保ちゃんの頬にまた手を伸ばして撫でても、さっきそってるからヒゲはなくてザラザラしたカンジはしない。
 俺は久保ちゃんの肩に両手を乗せて、少しだけ伸び上がってつま先で立つと…、久保ちゃんがそうしたように…、
 セッタの苦い味のする唇じゃなくて、頬に短くキスをする。
 すると久保ちゃんは優しく微笑んで、ぎゅっと俺の身体を抱き寄せた。

 「ヒゲなんて生えてなくても…、時任はオトナだしね」
 「はぁ? オトナってどこがだよ?」
 「うーん…、やっぱここらヘン?」
 「・・・・・・・・っ!!!」
 「ほら、ちゃんとオトナでしょ?」
 「み、み…」
 「み?」

 「妙なトコ触ってんじゃねぇっっ!!!」
 バキィィィッ!!!

 オトナになることも、コドモでいることも、なんとなく中途半端だけど…、たぶんそんなことは問題じゃない。
 手をつなぎ合ってカンジること、キスして想うこと…、そしてベッドの中で抱きしめ合ってわかること。それはホントはオトナだからでも、コドモだからでもなくて…、俺だからカンジてることだから…。
 だからたくさんのキスをしながら、ベッドを軋ませながら…、過ぎてく時間や思い出じゃなくて、今だけを感じていたい。

 オトナになっても…、コドモのままでも…。

                            『オトナ』 2003.4.23更新

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