いつも見てるから、ちゃんと全部覚えてるって思ってたけど…、 あらためてじっと見たりすると、気づかなかったトコにホクロがあったり、見たコトないキズを発見したりする。 隣ですわって本を読んでる久保ちゃんを、なんとなく観察するみたいにじーっと眺めてると、手の親指の辺りに古そうなキズがあった。 そのキズは何かでひっかいたカンジでべつにひどいキズじゃなかったけど、ちょっと気になって手を伸ばしてさわってみる。 すると、久保ちゃんが読んでた本から顔をあげて俺の方を向いた。 「さっきから、なにやってんの?」 「・・・・・身体検査」 「ふーん…、ならちゃんと検査できるように脱いであげよっか?」 「ま、マジで脱ごうとすんなっ、バカっ!」 「けど、脱がないとできないっしょ?」 「できなくってもいいっ! …ったく、ジョウダンで言ったに決まってるだろ!」 「遠慮しなくてもいいのにねぇ?」 「遠慮なんかしてねぇっつーのっ!!」 さわってたキズから手を離して、久保ちゃんの脇腹を軽く蹴る。そしたら久保ちゃんは蹴った足を捕まえて、俺の身体をぐいっと自分の方に引き寄せた。 またなんかくすぐったりとかイタズラとかされそうで、そうなる前になんとか脱出しようとして身体を横にひねってみる。 けど、久保ちゃんはめずしくなんにもしないで、ただ引き寄せた俺の身体をぐいっと引き起こして…、それからゆっくりと抱きしめてきた。 こんな風に抱きしめられるのも、キスされたりするのも…、べつに驚くようなコトじゃなかったけど…、 抱きしめ方がいつもよりもずっと…、もっと優しい気がして…、 なぜかその腕のあたたかさをカンジてると…、もっとカンジてたいって思ってるのに、抱きしめられてると少しだけ胸の奥に鈍い痛みが走る。 けど、その鈍い痛みがなんなのかは、自分で自分にウソついてわからないフリをしてるだけで…、ホントはちゃんとわかってた。 全然、少しもわかりたくなんかないのに…。 だから俺はその痛みから逃げるように…、抱きしめてくる腕から逃げるために両手を伸ばして思いっきり久保ちゃんの胸に押した。 「・・・・・・・今から、コンビニに買いモノに行くから離せっ!」 「コンビ二に行かなくても、お菓子なら買い置きがあるっしょ?」 「…なら、汗かいたから風呂に行くっ」 「じゃ、一緒に入ろっか?」 「・・・・・・トイレ」 「このまま、抱きかかえて行ってあげるけど?」 「ふ、ふざけんなっ!!」 いくら暴れても離れろって言っても、久保ちゃんは俺を抱きしめたまま離さない。 だから今度は思いっきり腹を蹴ってやろうって思ったけど、そうする前に強引に動けないようにカーペットの上に押さえつけられた。 でもそんな風にされて、久保ちゃんから逃げ出そうとしながらも…、 ホントは逃げるんじゃなくて…、どうすればいいのかちゃんとわかってる…。 久保ちゃんが好きだって想ってるのはホントのことで、今もそう思ってるから…、ただ逃げようとして久保ちゃんの胸を突っぱねてる腕を…、 鈍く痛む胸を抱えてても…、背中に回せばいいだけだった。 久保ちゃんがそうしてくれてたみたいに、包みこむように優しく…。 でもそれができないでいるのは、たぶん好きだから抱きしめたくなるように…、 好きだから…、抱きしめられたくなくなる時があるからだった。 『あっ、もしかして久保田君?』 『そうですけど?』 『私のこと覚えてない? 中学の時、同じクラスだった小山よっ、小山っ』 『・・・・あぁ』 『なによっ、久しぶりに会ったのに気のない返事ねぇ。いつも一緒に日直してた仲なのにっ』 『そうだったっけ?』 『もうっ、相変わらずなんだからっ!!』 コンビニの前で始まった久保ちゃんと知らないオンナの会話は…、俺の知らない昔のコトばっかだった。 知らないのは当たり前だってのはわかってるけど、オンナは笑いながら久保ちゃんのコトならなんでも知ってるみたいな顔してて…、 それを見てると胸の中がジクジクと鈍く痛くなってくる。 でも鈍くなくてもっと痛かったらすぐに治りそうだったのに…、久保ちゃんがオンナの目の前で俺の肩を抱くようにして微笑んでくれたから…、 痛みは鈍いままで、今も胸の奥に残ってしまっていた。 ホントはうれしくて…、久保ちゃんの腕のあたたかさにホッとしてたはずなのに…。 「くっっ…、離せっ!!」 「こないだから…、じーっと見つめてくれてるのに触ると嫌がるよねぇ?」 「・・・・・し、知らねぇよっ、そんなのっ!」 「俺がコンビニで女のコと会ってからでしょ?」 「・・・・・違う」 「違わないよ。そんなに俺って信用ない?」 「・・・・・・・・・」 「いくら調べたって…、ココロもカラダもお前だけで埋まってるのにね…」 胸の奥の鈍い痛みと…、好きだって気持ちは…。 一緒になんて考えたくなんかないけど…、繋がってる。 今も…、いつだって好きだって大好きだって想ってるのに…、強く強く胸が痛むほどに好きだと感じたのは…、 自分じゃない誰かが、久保ちゃんの隣に立った瞬間だった。 なにもないってわかってても…、久保ちゃんが好きだって言ってくれてても…、 胸がジクジクと痛むのが止まらない…、久保ちゃんが好きだから止まらない。 ゆっくりと胸をしめつけていくような痛みが…、 だから、そんな痛みを感じている自分が、痛みを感じてる瞬間に一番久保ちゃんのコトを想ってる自分が…、嫌いで大っ嫌いだった。 「ふっ…、んっ…」 「どんなに逃げても…、ムダだから…」 「久保ちゃ…」 「だから…、いくら爪を立ててもいいから鳴いててよ…」 「あっ、うぁ…」 「俺の腕の中で…、ずっとね…」 逃げたいのに逃げられない…、逃げたくないのに逃げなきゃならない気がして…。 そんな思いが気持ちがカラダと一緒に久保ちゃんに揺らされて、鈍すぎる痛みにだんだんとココロが狂わされていく…。 でも、どんなに自分を嫌いになっても…、大嫌いになっても…。 久保ちゃんが好きだから、大好きだから…、腕を伸ばして広い背中に手をまわすのかもしれない。 鈍い痛みと…、好きな気持ちと…、そしてカラダ中に染みついたセッタの匂いに…、 身もココロも犯されながら…。 |