いつもそうしているように新聞を読みながらリビングのイスに座ってると、やっと起きてきた時任が冷蔵庫から牛乳を出す。
 時計を見るともう時間は朝の10時を回ってたから、朝ご飯は食べないみたいだった。
 昨日は俺がバイトから帰るのが遅かったから、時任は半分寝てる感じでドアを開けてくれたけど…、寝ぼけてるみたいだったからろくに話はしてない。
 だから昨日の朝から丸一日くらい、なにも話らしい話はしてなかった。
 でも、時任はすぐに出かけるみたいで、コップにそそいだ牛乳を一気に飲むと玄関に向かおうとする。
 俺はその様子を見ながら、小さく少しだけ息を吐いた。

 「ねぇ、時任」
 「ん〜?」
 「今日も出かける?」
 「たぶん」
 「ふーん…」
 「晩メシまでには、ちゃんと戻るからさ」

 「晩メシまでに…、ね」

 前は俺の方が出かけることが多かったと思ったけど、最近は時任の方が出かけてることが多いような気がする。でも行ってる場所はゲーセンだったり、買い物だったりして…、べつに出かけても何か問題があるってワケじゃなかった。
 だから俺は出かけてく時任の後ろ姿を、ひらひらと手をふりながら見送るしかない。
 時任が出かけると言うたびに、ついて行くのもどうかと思うし…。
 それに俺には、当たり前にそんなことをする権利も義務もなかった。
 けど、時任のことに関していうなら、権利とか義務とか…、

 そんなものは…、最初からドコにもなかったんだけど…。

 「マジで晩メシはいるかんなっ」
 「はいはい」
 「じゃあな、久保ちゃん」
 「いってらっしゃい…」

 時任が出かけて静かになった部屋で、新聞の横に置いてあった広告で紙飛行機を作ると、それを空いてない窓に向かってゆっくりと飛ばしてみる。
 するとやっぱり紙飛行機は、ガラスにカツッと当たってポトリと落ちた。
 飛行機が窓にぶつかった音は小さかったけど…、静かすぎる部屋では良く聞こえる。
 その音がおもしろいってワケじゃなかったけど…、俺は次の広告を手に取るとまた紙飛行機を作り始めた…。

 真っ直ぐに飛んで、窓にぶつかる紙飛行機を…。

 何個も何個も作って…、広告がなくなったら新聞紙をちぎって作った。
 当たり前だけど、そうすることに意味はない。
 床に落ちていく紙飛行機は、ただゴミになっていくだけで…、
 窓にぶつからなくても、下降して落ちていくだけだった。
 着陸するんじゃなくて…、墜落するように…。
 そうしながらなんとなく、今日の晩メシは何にしようかって思ったけど…。

 やっぱりいつものように…、カレーしか思いつかなかった。
 
 





 いってらっしゃいって言う久保ちゃんの声を聞いてから玄関を出ると、俺は昨日と同じようにブラブラと当てもなく歩き出した。
 ぺつに行かなきゃならないコトも用事もないし…、出かける必要なんかホントはないんだけど…、
 なぜか近頃は、一人で出かけるコトが多くなってる。
 でも、だからって久保ちゃんのそばにいたくないとか、そんなんじゃなくて…、
 ホントは一緒にって、そう言えばいいのかもしんねぇけど…、
 なにもねぇのに一緒にってさそうのも、なんかヘンな気がした。
 前は考えたコトなかったにそんな風に思うようになったのは、もしかしたら一緒にいた時間がいつの間にか積み重なってたってことなのかもれしない。
 新聞読んでて生返事しかしてくんない久保ちゃん見てると…、
 一緒にいないとわかんねぇコトはいっぱいあるけど…、一緒にいるとわかんなくなることもある気がなぜかした。
 たぶん俺のコト好きかって聞いたら…、好きだよって言ってくれる。
 けど、たくさんたくさんの好きを聞いてると、今の好きはどれくらいの好きかって…、そんな風に考えたりして…、

 そんなことないってわかってても、少しだけ好きを疑った。

 当てもなく歩いて…、ゲーセンとか行ったりして…。
 こんなヒマしてるくらいならウチに帰りたいと思うけど、帰りたくない気もしてる。
 一緒にいる分だけなくなっていくモノがあるとしたら…、一緒にいるだけわからなくなっていくコトがあるとしたら…、
 離れてる時間もいるのかなって…、そんな気がした。
 
 「なんか…、すっげぇ天気良すぎ…」

 そう呟いて空を見上げたら、空に雲は一つもなかった。
 すがすがしすぎるほど晴れた空は、じっと眺めてると少しだけため息をつきたくなっる。
 雲が一つくらい浮かんでた方が…、きっとため息なんかつかないですんでたかもなんて…、良くわからないことを思いながら足元の空き缶を蹴った。
 空き缶は前に飛んで…、飛び続けるなんてことはありえないから当たり前に下に落ちて転がる。
 そしてその音を聞きながら…、俺は今日の晩メシもカレーだろうなって…、
 ずっとずっと変わらない…、いつもみたいな日のように思った。

 





 玄関のドアを自分で持ってたカギを使って開けたのは、もう夕日が沈んで暗くなってからだった…。
 ホントはもう少し早く帰って来てたけど、なんとなく部屋の窓に明かりがついたのを確認してから帰りたくて…、コンビニで時間つぶして…、
 なのに、暗くなっても四階の窓には明かりがつかなかった。
 明かりがつかないのは、またバイトかどっかに行ったからかもしんねぇけど、少しだけガッカリした気分になる。
 久保ちゃんは俺のこと待っててくれないのかなぁって…、そんなことないってわかってるのに、そんな風に思えてきて気分が重く重くなった。
 今の気分みたいに重い足で玄関に入って、ただいまも言わずにスニーカーを脱いで中に入る。そうしたのは久保ちゃんがいないって思ってたからで…、コンビニで好きな菓子をたくさん買ってきたのも夕食がわりに食べるつもりだったからだけど…、
 リビングに入って電気つけたら…、いないと思ってた久保ちゃんがソファーでうたた寝してた。
 そして窓の床には、なぜかたくさんたくさんの紙飛行機が散らばってて…、
 ちぎられた新聞の切れ端が、テーブルの近くに落ちていた。
 たぶん紙飛行機になったのは今日の新聞で…、まだその新聞のテレビ欄を俺は見てない。けど、なんでそんなことすんのかって言う気にはならなかった。
 俺はつけた電気をもう一度消すと、眠ってる久保ちゃんのそばまで行ってソファーを背にして座る。
 そして、近くにあった白い紙飛行機を一つだけ手に取ってみると、なぜか目の前に散らばってる紙飛行機が冷たく淋しく見えた。


 「おかえり…」
 
 
 いつの間にか帰ってた時任にそう言うと、ソファーに寄りかかってる身体が少し驚いたように揺れる。
 その振動を感じながら、俺は時任の方にゆっくり腕を伸ばした。
 そして後ろから腕をまわして抱きしめると、めずらしく時任はなにも言わずに静かに俺の方に体重を預けてくる。
 どうしたのかと思って肩から前をのぞき込むと、時任の手には俺の作った白い紙飛行機があった。

 「あのさ…」
 「なに?」
 「明日から、出かけるのやめる。出かけてもイミねぇって、わかったから…」
 「出かけるイミ?」
 「たぶんくだらなくて…、どうでもいいコト…」
 「ふーん…」

 「ゆっくり走っても、早く走っても…、どこまで走れるかなんてわかんねぇもんな」

 時任はそう言うと、手に持ってた紙飛行機を俺がそうしたように…、窓に向かって飛ばす。そうしたら、やっぱり飛行機は窓にぶつかって落ちたけど…、一人でそれを眺めてた時みたいな気分にはならなかった。
 愛しさも恋しさもそう感じてる想いも気持ちも…、激しければ激しいほど…、
 春に咲き誇る桜のように…、ただ散り急いでいくだけなのかもしれない。
 けどいずれ季節が過ぎて、花びらを散らすしかないのかもしれなくても…、
 今がなければ…、確実に明日はなかった。
 
 『好き…、大好き…』
 
 そう言ってくれる時任の言葉の前に、一番がつかなくなってしまう時が来たとしても…、いってらっしゃいを言うようには手を振れない。
 だからきっと…、地面に降り積もった花びらを踏みしめながら…、
 俺は時任を抱きしめ続けるんだろう。

 ただ、好きだと…、ひたすらそれだけを呟き続けて…

 「好きだよ…、時任」
 


 好きだという想いには…、もしかしたら限界点があって…、それを越えることはできないのかもしれない。
 だから、限界点までくると…、バランスを崩して落下していくのかもって気がした。
 けど、その限界点が見えてきたからって、そろそろ限界だからって…、
 落下する白い紙飛行機を眺めながら、手放してしまえるような想いは抱きしめてたくない。
 好きで好きで…、大好きだから…。
 もしも、君の目の前に限界点が見えてきたとしても、それを越えて欲しかった。
 いつものように当たり前みたいに…、一緒に手をつないで…。
 
 いくつもいくつも…、白い紙飛行機を飛ばしながら…。

                            『紙飛行機』 2003.3.21更新

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