一人でいることと…、二人でいること…。

 部屋の空間は限られてるから、同居してると一緒にいる時間は自然に増えていくけど…。同居を始めてすぐの頃はホントはどこかで、どちらでもあまり変わらないと思っていた。
 気にしなければそれで終りだから、二人でいても一人でいる気分でいれば、いつでも独りになれるから…。
 けど、たぶん何を想うことも考えることもなく…、自然にそう感じてたのは…。
 学校でも街でも…、どこでもそんな風に今まで過ごしてきたからだった。
 一人でいることを意識したつもりはなかったけど、その方が楽だってカンジてたから…、そういう時間を生きてきても何も支障はなかったのかもしれない。
 だから見たいモノだけ見て、聞きたい言葉だけ聞いて生きてても、問題なんてべつになかった。
 
 「なぁ…、今日の晩メシってなに?」
 「うーん、そうねぇ…。まだ、カレーの残りあったっけ?」
 「昨日はカレー、その前もカレー、さらにその前もカレー…」
 「カレーって長持ちして、便利な食いモノだよねぇ」
 「…って、しみじみ呟いてんじゃねぇっ!」
 「たぶんまだ残ってるから、今日もカレーだぁね」
 「うううっ、身体中がカレーっぽくなってく気がする…」
 「おいしそうでいいんでない?」

 「いいワケあるかぁぁっ!!」

 同居することを決める前から、時任が良くしゃべることは知っていた。
 声も大きい方だし…、どちらかと言えばいつも騒がしい。
 なのに、不思議とそれが気にならなかったのは、時任に対する興味だったのか、好奇心だったのかは今もわからない。
 けど、名前を呼ばれれば返事して…、暖かい手を握りしめている内に…。
 いつの間にか、一緒にいることが自然で当たり前に思えた…。
 もしかしたらそれは…、そんな自分を不思議に思う間もなく、唐突に突然…、

 一人じゃなく…、二人になってしまったってことなのかもれしない。

 その声に耳をかたむけなければ、見なかったことにすれば…、また一人に戻ってしまうのかもしれなかったけど…、
 一人じゃなくて二人になってしまった時から…、そう気づいてしまった時から、ぼんやりともう独りには戻れないことに気づいていた。
 
 「明日のバイトは?」
 「ナシ」
 「ふーん…」
 「もしかして、どっか行きたいとか?」
 「どこってワケじゃねぇけど…、なんとなく…」
 「じゃ、これから出かける?」
 「…って、どこへ行くんだよ?」
 「コンビニ」

 「・・・・・・言うと思った」
 
 一人でいることの部屋の静けさに、一人では気づくことができなかった。
 それは当然のことなのかもしれないけど…、時任の手を握りしめれば握りしめるほど、抱きしめれば抱きしめるほど…、
 もう感じることのない静けさが、独りの時間が胸に染みていく気がする。

 笑いかけてくる時任の笑顔と…、誰よりも俺の名前を呼んでくれてる声と一緒に…。
 
 だからもしかしたら…、一人でいることを二人にならないと感じられなかったように、二人でいることを一番感じられるのは…、
 また一人になってしまった瞬間なのかもしれない。
 抱きしめることのできなくなった腕が…、握りしめることのできなくなった手が…、思い出を抱きしめ、ただ青いばかりの空をつかんでしまう…、

 そんな瞬間に…。
 
 「やっぱ…、今日はチャーハンにしよっか?」
 「どうしたんだよ、急に…」
 「んー…、なんとなくそう思っただけだけど?」
 「ふーん」
 「だからコンビニじゃなくて、スーパーまでね」
 「・・・・・・・べつにスーパーに行くのはいいけどさ」
 「うん?」
 「今日はやっぱカレーにするっ」
 「けど、カレーはイヤなんじゃなかったっけ?」
 「気が変わったっ」
 「なんで?」

 「結構さ…。あきたって言いながら、カレー食うのが好きだって気づいたから…」

 そう言って笑った時任に微笑み返しながら、右手を持ち上げて空気をつかんでみる。けど、その手を時任が握りしめてきたから…、俺の手は冷たい空気ではなく暖かさの中にあった。
 思い出じゃなくて…、今ある確かなぬくもりの中に…。
 だから俺は一番じゃなくても…、なによりも大切なぬくもりをカンジながら…。
 時任と二人であきたって言いながら…、カレーを食いたいと思った。

 二人きりのあの部屋で・・・・・。

                            『独り』 2003.3.17更新

                        短編TOP