やがては来る終りを…、それを考えることは誰にでもあるのかもしれない…。
 どんな風に死ぬのかって、自分の無様な死に様を想像して…、
 それはイタイなぁとか、それだけはカンペンとか思ったりするコトが…。
 けど、それを考えなくなった時の方が…、前よりも終りが近くなった。
 すごく皮肉な話なんだけど…、少しでも長く、ちょっとでも長く留まっていたいと思った時の方が…。
 隣で笑ってる時任の笑顔を見てたくなった時の方が…、ずっとずっと終着駅に近かった。

 「久保ちゃん…、ケムイ…」
 「うん…」
 「・・・・って、俺の話聞いてねぇだろっ」
 「うん…」
 「なにさっきから、ボーッとしてんだよ…」
 「ん〜、べつにしてないけど…」
 「天井ばっか見てるクセにっ」
 「天井のシミ…、ネコの形のがあるなぁって思って…」
 「どれが?」
 「アレ」
 「・・・・・イヌだろっ」
 「そうかなぁ…」

 「ぜったいっ、イヌだってっ」

 ベッドに寝転がってタバコ吸ってると、隣で寝てる時任がいつの間にか出来た天井のシミを指差してイヌだって言って笑った。
 どうやら俺にはネコに見えたんだけど、時任にはイヌに見えるらしい。
 時任は楽しそうに俺のタバコを奪い取ると、枕元に置いてあった灰皿にそれを押し付けた。
 さっきまで二人でベッドで身体を貪り合ってたけど…、時任の声は明るくて情事の後の色っぽさは感じられない。けど、狭いベッドで二人で落ちないように寄り添いながら、そんな風にたぶんくだらなくて意味のない話をしていると…、いつもより時任の声が良く聞こえた。
 いつもよりずっと近くで…。
 俺に抱かれて鳴いてる声も好きだけど…、楽しそうにはずんだ時任の声はべつの意味で好きだった。
 それはたぶん…、俺の名前を一番呼んでくれてる声だからなのかもしれない。

 「なんかベタベタして気持ちワル・・・・」
 「そうねぇ…」
 「けど、シャワーしに行くのがだるい…」
 「連れてってあげよっか?」
 「遠慮しとくっ」
 「なんで?」
 「いっつも余計なコトするからだろっ」
 「ちゃんとキレイに、洗ってあげてるだけなんだけどねぇ?」

 「・・・・・・だったら、たまにはフツー洗え」
 
 そう言いながら時任を少し自分の方に引っ張ったけど、シーツも毛布もぐちゃぐちゃな上にベタベタしてる。
 だから確かにそんなトコに寝転がってるのは、気持ち悪いのかもしれない。
 でも、まだ熱っぽさの残った時任の身体を抱きしめてるのは気持ちが良かった。
 ぼんやりしながら天井眺めて…、二人でシミを指差してくだらないコト言って…。
 時任が笑う時に振るえる振動が、触れてる部分から直接伝わってくると…。

 それがくすぐったくて…、おかしいことなんて何もないのに少しだけ笑いたくなった。

 タバコの匂いと、情事の匂い…、
 そんな匂いに塗れながら時任の敏感な部分に手を伸ばすと、時任が怒りながら俺の肩に噛みつく。するとその動物的な行動が、なぜかスゴク愛しくなって…。
 俺は右腕で時任の頭を抱え込むと、髪に頬を寄せて目を閉じた。

 「久保ちゃん…、痛い?」
 「ちょっとだけ」
 「げっ…、血が出てる…」
 「いいよ、気にしなくて…」
 「けどさ…」
 「それに、キスマークより消えにくそうだしね…」
 「消えなかったら困るだろっ」
 「ぜんぜん…。時任にも付けてあげるよ…」
 「い、痛・・・・っ」
 「当分消えないと思うけど…、困る?」

 「・・・・・・バーカッ」

 時任に噛みつかれた肩からは、鈍い痛みが伝わってくる。
 だから、その痛みがズキズキとする分だけ…、時任を抱きしめていたくなって…。
 シャワーに行こうとした時任を腕で押さえ込んで、ベタベタしたベッドに身体をつなぎ止めた。
 そしたら時任はムッとしたカオしたけど…、軽く息を吐いて瞳を閉じる。
 だから俺は、そんな時任の唇に自分の唇を重ねた。
 深く深く…、こうしてベッドで抱きしめ合ってる今の想いを…、身体じゃなくて、その想いをこの瞬間をつなぎ止めるように…。
 
 前よりも近くなってしまった…、終りを横目で眺めながら…。

 何度も何度もキスを繰り返して…、ベタベタになったベッドで抱きしめ合いながら考えることは何もなかった。
 熱い欲望に身体中が満ちていくけど…。
 手を繋ぎ合うことも、身体を繋げ合うことも…、今を生きるように必死だったから…。
 必死になればなるほど…、たぶん走る速度は早くなる。
 だから、何も考えてる余裕なんてなかった。

 自分の死に様を思い描く余裕さえも…。

 死ぬとか生きるとかそういうことじゃなくて…。
 時任を抱きしめていることに…、精一杯だったから…。
 そうしてることが…、そうあることが願いだっから…。
 たぶん気づかないうちに…、早く早く走ってしまうのかもしれない。
 死に急ぐんじゃなくて…、生き急ぐように…。
 だからたぶん気づかないうちに、俺らは終着駅に立ってしまってるんだろう。
 
 二人で手を繋いで…。

 「うぁ・・・っ、あっ・・・」
 「・・・ずっと繋がってられたら、いいのにねぇ」
 「む、むちゃくちゃ…、言うな…っ」
 「じゃ…、ずっとじゃなくていいから…、もう少しだけ…」
 「んっ…、あぁ…っ」

 「何も考えられなくなるくらい溺れて…、離れられなくなるようにね…」

 明日もそれから先のことも…、何も考えない…。
 やがて来る終りも、たどりつくその場所も…、そして無様かもしれない自分の死に様も…。
 明日を想うより今日を想い…、今を想って…。
 走って走って…、走り抜こう…。
 そうすることがきっと…、君の隣にいるってことで…。

 それがたぶん…、この想いを綴って行くことだから…。

                            『終着駅』 2003.2.23更新

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