冬の灰色…、寒空の下…、ベランダから見える風景。 街もヒトもいずれは形を姿を変えていくのだとしても…、目の前にあるこの風景が昨日見た時と変わっているようには見えない。 けど、もしかしたらそれはまったく変わってないってワケじゃなくて、変化があまりにも小さかったから気づかなかっただけなのかもしれなかった。 ベランダに寄りかかって外を見てわかることは、今が夕方ってことぐらいで他には何もない。晴れていれば夕焼けくらいは見れるけど、今日は灰色の雲が空を覆い尽くしているから、辺りはただひっそりと暗くなっていくだけだった。 たそがれることもない夕闇の中でそうしながら、ふと後ろを向いてみると…。 そこには暖かい部屋の中でカーペットに寝転がって、テレビ見てる時任がいる。 すぐ近くにいるのに窓ガラスを挟むと別世界にいるみたいだなぁって思いながら、なんとなくじっと時任を見てたら…。 それに気づいた時任が、少し怒ったカオしてベランダに続く窓を開けた。 「そんな寒いトコでなにやってんだよっ」 「タバコ吸ってんの」 「いつもケムイって言っても、部屋で吸ってるクセにっ」 「ただの気まぐれ」 「あっそっ」 「早く窓閉めないと部屋が寒くなるよ?」 「わぁってるって」 そう言って窓を閉めたけど…、時任自身は暖かい部屋の中から外に出てる。 冬になってからいつも寒いってそればかり言ってのに…、俺の隣にきた時任はベランダから空を眺めながら、めずらしく寒いとは言わなかった。 俺も時任も外出するワケじゃないから、当たり前にコートも何も着てない。 だから早く中に入るように言ったら、時任はそれには答えずにふーっと白い息を吐いた。 「タバコ吸ってないのに、ケムリ出てるみたいで面白いかも…」 「うーん、タバコっていうよりヤカンの水蒸気ってカンジだけどね」 「…って、俺様をヤカンなんかと一緒にすんなっ」 「ヤカンの方が面白くない?」 「面白いのイミがちがーうっ」 「そうなの?」 「そうなのっ」 頬杖をついてぼんやりと遠くを眺めながら、時任がそう言って少し頬をふくらませながら煙に似た白い息を吐き出す。ヤカンって言った時は怒ってたけど、楽しそうに灰色の空と白く立ち上っていく息を眺めていた。 白く白く…、煙と同じように消えていくのを…。 そんな時任の隣でタバコをふかしながら誰もいなくなった部屋を眺めると、さっきと変わらずに明るいのに暖かさだけがなぜか少し減ったような気がする。ゲームとか本とか…、色んなモノが散らばったおもちゃ箱のような部屋は、当たり前に見慣れているはずなのに奇妙な違和感があった。 視線を部屋から暗闇に沈んでいく空に向けると、空はココよりも遥かに高く遠いのに…、見つめ続けると高くも低くも見えてくる…。 形や色がなくても容器に詰められる空気と違って…、空は曖昧で見上げることしかできなくて、ただ高く遠く、果てしなく続いて行くだけなのかもしれなかった。 「上ばっか見てて、首が痛くなんねぇ?」 「ん〜、ちょっとだけ」 「・・・・・上になんかあんの?」 「空」 「もう暗いし、今日はくもってんじゃん」 「なら、曇り空」 「ヘリクツばっかっ」 「そういう時任は何見てんの?」 「・・・・・空」 錯覚と違和感と…、微妙にずれていく現実感…。 こうしてる今がちゃんとした現実だってわかってても…、夢ならいいのにと思うこともある。 それは、もしも覚めない夢を見てるなら、目を覚めることがないのなら…。 自分に都合のいい夢ばかりを見て…、それを紡いでいればいいからだ…。 頬をつねって夢かどうかなんて確認しなくても、自分が現実だと思う方を現実にして…。 方向感覚も平衡感覚も…、どんなに狂ってても身体に感じる方を選び取ればいい。 どんなに青くてもその存在が不確かな空のように、それを真実と呼ぶならそれが自分だけの現実になる…。 けどきっと空に大気圏っていう終わりがあるように…、覚めない夢はないんだって俺の頬をつねるのは…。 もしかしたら一緒に夢の中でまどろんでいたい相手なのかもって、今も真っ直ぐ空を見つめてる瞳を見るたびにカンジていた。 「明日は晴れっかな?」 「さぁ、どうだろうねぇ?」 「明日、晴れたら久保ちゃんが片付け当番っ」 「じゃ、雨が降ったら時任ね?」 「もし、くもったらどうする?」 「いつもみたいにジャンケンとか?」 「・・・・・・・・どうせ自分が勝つと思ってんだろっ」 「あ、バレた?」 「くっそぉっ、この前だって俺が負けて洗ったんだよなっ、確かっ」 「そーだったっけ?」 「たまには久保ちゃんも洗えっ」 「ん〜、どうしよっかなぁ」 「…というわけで、くもったら半分ずつ洗うに決定っ」 「ま、たまにはそれもいいかもね。 共同作業ってカンジで」 「だろっ」 「だぁね」 そう言って笑い合いながら腕を伸ばして時任の肩に触れてみたら、寒いトコにいたせいで冷たくなっていたけど…。 少しも寒って言わなかったから、ココまで冷たくなってるとは思わなかった。 寒がりの時任がココにこうしているワケを…、その横顔を見ながら少しだけ考えて見て…、それからゆっくりと身体を抱き寄せる。 そうすると何も言わずに体重を預けてきた時任は、空を見ていた瞳をゆっくりと閉じた。 だからその目を…、まるで目隠しするように片手で覆ってみる。 まるでオヤスミを言うように…。 時任がどんな顔をしてるのかはわからなかったけど…、目の前には夕方から夜に変わった空が広がっている。 夜空から目をそらして時任のこめかみにキスすると、時任が俺の頬をぐいっとつねった。 「…痛いよ、時任」 「腹へったから晩メシにしようぜっ」 「はいはい」 「今日はカレーじゃなくて、チャーハンっ!」 「・・・・了解」 目隠しした手をはずすと、頬をつねってる手がはずれる。 ズキズキする頬を少し撫でると、時任がニッと楽しそうに笑って俺の背中に飛び乗った。 その衝撃で前のめりになったけど、なんとか時任を背中にくっつけたままで窓を開ける。 すると暖かい空気が、ズキズキしてる俺の頬を撫でた。 けど、痛みが夢を現実に変えるのかどうかは…、 ・・・・・・背中が温かすぎて良くわからなかった。 |