今日の天気は、空も青くてスゴク晴れ。
 なのに、コンビニに行ってウチに帰って見たら、物音一つしないくらいやけに静かだった。
 出かける前は確かに久保ちゃんがいたはずだったから、リビングとキッチンを見回して…、
 それからパソコンとかベッドの置いてある部屋のドアを開けてみた。
 
 「あれっ、久保ちゃん? もしかしてこっちの部屋か…って、ここにもいねぇじゃんっ」

 トイレとかバスルームまでのぞいてみたんだけど、部屋ん中のどこにも誰もいない。
 コンビニに行ってから帰ってくるまで、たった二十分くらいだったのに、その間に久保ちゃんは部屋からいなくなってた。だから、なにかあったのかってちょっとだけ心配になってきたけど…。
 もっかいリビングに戻って見たら、机の上に小さな紙が置いてあるのを見つけた。
 『バイト入ったから行ってくる』って、一言だけしか書かれてない紙を…。
 けど、俺はそれをすぐにぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に投げた。
 
 「コンビニの前通ったクセに…、なに紙に書いてんだよっ」

 確かに近いからケータイは持ってなかったけど…、こんな紙に伝言書いてコンビニの前を素通りして行ったんだって思ったらムカムカしてくる。
 ちょっとコンビニ寄ったら伝言なんか書かなくてよかったし、俺も久保ちゃんを探したりしなかったのにって…。そう考えたら、会いたくないって言われたような気分になった。
 同じ行ってくるでも紙に書かれたのと、声を聞いたのとじゃぜんぜん違う。
 いつも一緒にいるからかもしれねぇけど…、紙に書かれた文字は短かすぎて冷たい気がした。
 でも、そんなのは気のせいだってわかってる。ただいまっていつもみたいに久保ちゃんが帰ってきたら、すぐにイライラなんか消えてなくなることも…。
 だけど伝言の紙を捨てたゴミ箱見てると、ムカムカしてるはずなのに少しだけさみしくなった。

 トゥルルル…、トゥルルル…。
 
 「はい?」

 ブツッ…。
 
 手に持ったケータイの画面には久保田って出てる。
 このケータイに入ってる一個だけの電話番号が…。
 けど、俺はその電話番号にかけて、久保ちゃんが出たら切るのを何回も繰り返した。
 飽きれて出なくなるらい、何度も何度も…。
 バカじゃねぇのって、自分で自分のコトをそう言いながら…。久保ちゃんのケータイに、短い伝言みたいなコール音を鳴り響かせて…。
 そしたら今度は久保ちゃんの方から電話がかかってきて、ケータイの着メロが鳴る。
 だから俺は通話ボタンを押して、すぐに切るのを繰り返した。
 飽きれてかけてこなくなるまで、何度も何度も…。
 けど、しばらくするとホントに、久保ちゃんからの電話がかかって来なくなった。
 
 「・・・・・・サイアク」

 ケータイに向かってそう言ったけど…、久保ちゃんに向かって言ったのか、自分に向かって言ったのかわからない。
 けど、こんなことしなけりゃ良かったって…、すごくすごく思った。
 なんでこんなことしちゃったんだろうって…。
 もう久保ちゃんからかかってこなくなったら、短い伝言も聞けなくなるのに…。
 なんでこんなことしたりしたのかって、そう思ったら少しさみしかったのがすごく哀しくなった。
 サイアクでバカバカしくて…、自業自得で…。
 そんな自分にムカツキながら鳴らなくなったケータイ眺めてたら、それを眺めてる自分のことがイヤになってくる。
 だからもう鳴るのを待たなくてすむように、ケータイの電源のボタンの上に指を置いた。
 けど、そうした瞬間にケータイの着メロが鳴る。
 画面には久保田の文字が出てて、それは今度は電話じゃなくてメールだった。
 きっと怒ってるだろうなぁって、サイアクな自分に落ち込んでため息ついて…、少し迷いながら重い気分で電源の上に置いてた指を動かしたら…。
 短い久保ちゃんからのメールが、画面の上に映し出された。

 『コート着て出ておいで、待ってるから』

 その短いメールを見たら、じっとケータイなんて眺めてられなくて…。
 どこで待ってるとかそんなのはぜんぜん書かれてなかったけど、いつもの赤いコートを掴んで着て玄関まで走った。
 紙に書かれた短い伝言も、ケータイの短いメールも…、どんなに短くても俺にはイミのある言葉だから…。サイアクでバカバカしくて、それがわかっててもドキドキするから…、走らずにはいられなかった。
 とにかく外に出るために、急いでくつ履いてカギ開けて玄関のドアを開ける。
 そしたら、外に出たはずなのに目の前が暗くなった。

 「な、なんでココにいんだよっ、バイトに行くって…」
 「時任が呼んでくれてたから、帰ってきた」
 「べつに帰って来いなんて、一言も言ってねぇじゃんかっ」
 「うん…。けど、呼び出し音鳴らしてくれてたっしょ?」
 「あんなのは、ただのイタ電に決まってるだろっ」
 「ただのイタ電でも、時任からのコール音だけは聞き逃せないから…」
 「・・・・・・・・」
 「一緒においで」

 バイトに行ったはずの久保ちゃんは、なぜか玄関の前にいる。
 そこにいて、俺が出てくるのを待ってくれてた。
 あんなことしたのに、少しも何も言わないで…、一緒においでって…。
 そう言われたら、ますます自分のことがイヤになってくる。
 だからそれがたまらなくなって、手をつなごうとした久保ちゃんの手を勢い良く振り払った。

 「・・・・・紙に伝言なんか書いたクセに!」
 「時任?」
 「コンビニにいたのに、なに紙に書いてんだよっ」
 「もしかして、それ怒ってたの?」
 「ち、違う…、怒ってたとかそういうんじゃなくて…」
 「あのね、紙に伝言書いたのは、時任に会って言ったら、そのまま一緒にウチに帰っちゃいそうだったからなんだよねぇ」
 「はぁ?」
 「バイトあるけど、時任のカオみたら行きたくなくなりそうだったし」
 「ば、バッカじゃねぇのっ」
 「だからさ、一緒に行ってくれる?」
 「しょうがねぇから、一緒に行ってやるよっ」
 「じゃ、行きますか?」
 「玄関にカギかけてからなっ」

 久保ちゃんといるとドキドキして…、その鼓動が激しすぎるから…。
 どんなにサイアクでバカバカしくても…、少しのことでかなしくなったりうれしくなったりして…。
 時々、そんな風になってる自分のコトがイヤになる。
 けど、この鼓動は止められないから…、久保ちゃんのコトを好きなキモチは、ずっとずっと消えたりなんかしないから…。
 サイアクで自業自得の…、コール音を鳴らす自分を止められなかった。

 「ごめんな…」

 そう小さい声であやまったら、久保ちゃんは微笑みながら俺の頭をぐしゃぐちゃって撫でてくれる。だからそんな久保ちゃんに笑い返しながら、マンションの前の道を歩き始めた。
 さっき知らない間にすれ違ったコンビニを眺めながら、。ゴミ箱に捨てたはずの短い伝言を、ポケットの中で握りしめて…。
 握りしめた伝言に、もうイライラも何も感じたりはしなかったけど、ほんの少しだけ何かの名残りみたいに胸の奥が痛んだ。

                            『伝言』 2003.1.18更新

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