電車の振動に揺らされながら、窓から外を眺めようとしたけど…。 今日乗った電車はラッシュの時間帯だったから、人がたくさん乗ってて見れなかった。 だから仕方なく上につられてる広告とか、すぐそばに立ってる久保ちゃんとポツリポツリ話をしながら、降りる予定の駅までぎゅうぎゅう詰めにされてなきゃならない。 車とかないから移動手段は電車がほとんどだけど、こういうラッシュの時の電車だけはやっぱ嫌いだった。 「なにムスッとしてんの?」 「…ムスッとなんかしてねぇよっ」 「もしかして、またチカンとか?」 「そんなのは即座にまわしゲリ食らわせるに決まってっだろっ」 「時任のまわしゲリは見事だもんねぇ」 「なんなら、ヒマだから今からやってみてやろっか?」 「・・・って、誰にまわしゲリすんの?」 「久保ちゃん」 「ヤダ」 そんなカンジで話しながらしばらく乗ってると、なんか久保ちゃんの後ろの辺りでごそごそしている中年オヤジがいるのに気づいた。 なにやってんだコイツと思って、ごそごそしてる辺りをそっと横目で見てみたら…。 そのクソオヤジはいかにもぎゅうぎゅう詰めだから、仕方なく当たってますみたいなフリして久保ちゃんのケツを撫でてる。 動きが微妙だったから触られてる久保ちゃんじゃないと、マジでそのオヤジがチカンなのかどうなのかはわからなかった。 「久保ちゃん…、後ろのオヤジ…」 そう言って俺が久保ちゃんのコートのそでを軽く引っ張ったけど、のほほんとしてて気づいてないカンジで…。だから気のせいかと思ったのに、久保ちゃんは俺の言葉に軽くうなづいた。 「さっきから触られてるなぁって…、思ってはいるけど?」 「思ってはいるけど?…っじゃねぇよっ。触られてるなら殴って反撃しろっ」 「うーん、なんかメンドい」 「ち、チカンだそっ、チカンっ」 「べつにシリだけだし、後で処理に困りそうなトコ触られたワケじゃないし…」 「そんなの当たり前だろっ!」 そう言ってる間も、クソジジィはチラチラと周囲を見ながら久保ちゃんのシリを触ってる。 なのに久保ちゃんは反撃しないまま放ってて…、それを見てると無性にムカムカしてきた。 あんなクソジジィにシリを触られていいはずがねぇんだっつーのっ! こういうヘンタイのクソジジィには天罰をくだすべきだっ!! 俺はそう判断して、久保ちゃんのかわりにヘンタイジジィを成敗することに決める。 そして周りのヤツに当たらないように照準を定めて、すばらしい俺様のケリを食らわせようとした。 けど、ケリを食らわせようとした瞬間、ぞわっと悪寒が背中に走る。 その悪寒は、俺のシリを後ろにいる誰かが撫でたせいだった バキィィィッ!! 「うっ…!!」 ケリの方向を変えて自分の後ろにまわしゲリしようとしてたのに、それより早くもの凄い音が響いて車内にうめき声が響いた。 俺が驚いて振り返ってみると、スーツを着たサラリーマンっぽい若い男が倒れてる。 そいつはたぶん俺のシリを撫でたヤツに違いなかった。 誰にやられたのかは、後ろから守るように抱きしめてくる腕が知らせてくれてる。 俺のシリを触ったチカンをブン殴ったのは久保ちゃんだった。 「チカンは犯罪だって知ってる?」 「お、俺はチカンなんかしてないっ! そのコのことを触ったりしてないぞっ!」 「あれぇ、誰もチカンしたなんて言ってないのに、自分から告白しちゃうんだ?」 「誰も告白なんか…、し、してないだろうっ!」 「そのコって言ってるけど、普通は男相手にチカンなんてあんまり考えないもんだよねぇ? 現に近くに女の人いるし? なのになんでウチの子のこと指差してんのかなぁ?」 「そ、そ、それは…」 「次の駅で警察に行くよね?」 「うっ…」 「それとも、アンタの行ってる会社にでも連絡してみよっか?」 会社に電話のとどめの言葉にチカンがカチコチに凍っちまったけど、実はそれだけじゃなくて久保ちゃんは凍っちまったチカンの右手を冷ややかに微笑みながら足で踏んでる。 大勢の前でチカンなのがバレて、手をギリギリと踏まれてそいつは完全に再起不能なカンジだった。 さっき久保ちゃんはチカンを退治すんのがメンドいって言ってたクセに、今はなんかかなりヤル気になってる。 だから俺はそれに負けじと、久保ちゃんの後ろで逃げの体勢に入っている次のターゲットを視界に捕らえた。チカンが一人捕まって慌ててるらしく、クソジジィは落ち着きがない様子でこの車両から隣りの車両に移動しようとしている。 だから俺は急いで久保ちゃんの腕から抜け出すとチカンジジィに向かって自分でもほれぼれするくらい見事なケリを繰り出した。 「誰が逃がすかよっ!」 バキ〜〜〜ッ!! 「ぎゃあっっ!!!」 俺のまわしゲリを食らったクソジジィが、さっきのヤツみたいに床に転がる。 転がったクソジジィは久保ちゃんのシリをさわりやがったクセにかなり小心者なカンジで、しきりにブツブツやってないだとかなんだと小声で言ってた。 なんかそれ聞いてるとマジでかなりうっとおしい。 だからもう一発ケリをお見舞いしようとしたけど、久保ちゃんの腕がそれをジャマした。 「ジャマすんなよっ、久保ちゃんっ!」 「そんなのに時任のケリはもったいないっしょ?」 「けど、なんかムカツクっ!」 「ま、これに懲りて当分はやらないだろうしね」 「・・・・・・さっきとずいぶん態度が違わねぇか?」 「違うって何が?」 「久保ちゃんが倒したチカンは、めちゃくちゃやられてんじゃんっ」 「あー、それはね」 「それは?」 「時任のシリを触ったから」 「はぁ?」 「そっちのは俺のだけで、時任のは触ってないしね」 「どっちのでもチカンはチカンだろっ!」 「うんけど、時任を触ったら通常の一万倍くらい罪が重いからさ」 「なんでそーなるんだよっ」 「時任のシリは俺のだから触ったら減っちゃうんだよねぇ、だから一万倍」 「あ、アホかぁっ! 俺のシリは俺のモンだっ!!」 「あれ、そうなの?」 「それにっ、久保ちゃんのシリも触ったら減るっ! だから一万倍返しさせろっ!」 「なら一緒にやりますか?」 「やらいでかっ!!!」 ドカッ、バキ〜〜〜ッ!!! 「ぎゃぁぁっ!!」 そういうワケで、俺と久保ちゃんは無事にヘンタイを退治することに成功した。 二人でボロボロになったチカンを警察に突き出すと、スッキリした気分で駅を出る。 チカンは二人ともいい訳しようとしたけど、俺の後ろに立ってる久保ちゃんの顔を見たらなぜかすらすらと自供を始めた。 俺と久保ちゃんは並んでマンションに向かって歩き始めたけど、なんとなくちょっとだけ気になったことがあって速度を落とす。 そして前を歩いてる久保ちゃんを、じっと後ろから眺めてみた。 「なにやってんの? 時任」 「べつになにもしてねぇけど…、なんとなくさ…」 「なんとなく?」 「そんなにシリって撫でたくなるモンなのかって不思議なんだよなぁ」 「そう?」 「・・・・まさか、思ったことあるとか言うんじゃねぇだろうなっ」 「あるよ、時任限定だけど?」 「ぎゃあぁぁっ、ヘンタイ!!」 「失礼なコト言うねぇ?」 「今度から電車に乗る時は、俺の後ろにはぜったいくんなよっ!!」 俺が久保ちゃんに向かってシッシッと手を振ってると、それに気づいた久保ちゃんがいきなりクルッと俺の方を振り返った。なにするつもりかとあせったけど久保ちゃんはそのまま動かない。 でも目を細めて微笑んでる久保ちゃん見てっと、なんかすっげぇ不吉な予感するからすぐにココから逃げる体勢に入る。 けど久保ちゃんの横を走り抜けて先にマンションに帰ろうとした途端、あっけなく追いかけてきた久保ちゃんに捕まった。 「うわぁぁっ、放せぇっ!!」 「人をチカン呼ばわりするからっしょ?」 「シリ触りたいなんて言うヤツはチカンだっ!」 「触りたいのはシリだけじゃなくて、全部なんだけどね?」 「ぜ、全部って…」 「せっかくだから、チカンごっこでもしてみる?」 「したいワケねぇだろっ!!!」 怒鳴ってジタバタ暴れたけど、久保ちゃんの腕から逃げられない。 あやしすぎる笑みを浮かべた久保ちゃんは、かなりホンキな感じだった。 このままじゃ電車よりウチのがキケンな気がしたけど…。 やっぱ当たり前だけど、久保ちゃんに触られるのとチカンとじゃ違う。 俺のことなんか見てもいない欲望だけに満ちた手と…、俺だけを見つめててくれる温かい手とが天と地以上の差があるように…。 「あのさ…」 「ん?」 「チカン退治してくれてサンキューな…」 「うん…。時任もアリガトね、俺のかわりに怒ってくれて…」 「今度、チカンに触られたらちゃんと殴り飛ばせよっ。触られて減ったら許さねぇかんなっ」 「時任もね」 「当たり前だっつーのっ!!」 それからも相変わらず二人で電車に乗ったりしてたけど、しばらくはチカンに会うことなかった。 でも次にチカンが来た時、久保ちゃんは俺がしてるみたいにメンドくさがらないで約束守ってくれてて…、それがなんかスゴクうれしかったから…。 その時になって初めて、久保ちゃんがなんで俺を触ったチカンに一万倍なのかがわかった。 「久保ちゃん…」 「なに?」 「ん〜、やっぱなんでもないっ」 一万倍の意味がちゃんとわかったら、どうせならあの時、一万倍じゃなくて一億倍にしとけばよかったって気がした。 たぶん好きって想いが、大切に想ってるって気持ちがそこにあるから…。 |