今日は朝から雪降っててすっげぇ寒かったけど、赤いコート着て久保ちゃんと出かけた。 けど雪はやっぱそんなに積もってるってワケじゃなくて…、だからたぶん昼くらいには解けてなくなる。あちこち白く溜まってる雪を見ながら歩いてると、冷たい空気が耳に当たるのがちょっと痛かった。 だから手袋してる手で耳を押さえてると、久保ちゃんが俺の方を見て声を立てずにちょっとだけ笑う。なんで笑ったのかは、出る前のことを思い出すとすぐにわかった。 「言うこと聞いて、マフラーしねぇからだって思ってるだろっ」 「そんなコト言ってないっしょ?」 「じゃあ、なんで笑ってんだよっ」 「寒そうだなぁって思ってるだけ」 「ウソばっかっ」 「ホントなのに、ねぇ?」 そう言っててもやっぱちょっと笑ってる久保ちゃんの横を、所々にある解けかけた雪をジャリっと踏みながら耳から手を離して歩く。 そしたら、白い雪の上に何か光っているのが見えた。 光って見えたのは一瞬だったけど、なにが光ったのかが気になってその場所に近づいてみる。するとほんのちょっとだけの白い雪の上に、なんか石のついた指輪が一個落ちてた。 俺のじゃないのは当たり前なんだけど、なんとなく屈み込んで雪の中から拾い上げてみる。すると指輪の内側に文字が掘ってあった。 「なぁ、コレって…」 「エンゲージリングじゃないの?」 「エンゲージって?」 「結婚指輪」 「結婚した時につけるヤツか?」 「うん」 「なんでこんなトコに落ちてんだろ?」 「さぁ、落としたか捨てたかどっちかなんじゃない?」 俺はちょっとだけ気になったけど、久保ちゃんは落ちてた結婚指輪に興味ないカンジだった。 だから指輪を警察に届けようとか、このままにしようとか何も言わない。 久保ちゃんが何も言わないし、指輪だけ見てても結婚ってどんなモンなのか良くわかんねぇけど…、わざわざ名前彫ってあるくらいだから大事なモンじゃねぇかなって気がした。 こんな風に名前を掘る意味だとか、指輪する気持ちとかわかんなくても…。 けどこの指輪は大事なモンじゃないって、突然現れた知らない女が言った。 「ちょっと、その指輪どうする気よ?」 「はぁ? どうするって…、落しモンだからケーサツに持ってくけど?」 「そう、でももうそれは持ってく必要なんかないわっ。その指輪は私のだもの」 「…って、マジで?」 「本当に私のだけど、もういらないから拾ったアンタにあげるわ。実は一番最初に拾った人にその指輪をあげるつもりだったの」 「・・・・・・指輪なんかいらねぇよっ」 「売ったら何万もするんだからもらっときなさいよっ!」 「おいっ、ちよっと待てっ!!」 「じゃあねっ」 女は指輪を俺に押し付けると、逃げるように走り出した。 こんなモン欲しくねぇから返そうと思って追いかけようとしたけど、一歩前に踏み出した瞬間に雪を踏んじまってツルッと勢い良く足がすべる。 こんなトコで転ぶのはみっともねぇから、なんとか転ぶのを防ごうともう一本の足に力をいれた。けど、その足も見事にすべっちまって、身体が後ろに倒れそうになる。 すると後ろから手が伸びてきて、その手が転ばないように俺の身体を支えてくれた。 「サンキュー、久保ちゃん」 「どういたしまして」 久保ちゃんのおかげで転んで頭打たないですんだけど、手の中に結婚指輪が残ってて…。 でもいらないから、もうこの指輪を警察に届ける必要はなくなってた。 もらっても困るから返そうって思ってたのに、どこにももう女の姿は見えない。 俺は体勢を立て直して自分の足で立つと、後ろにいる久保ちゃんの方を振り返った。 「コレ…、いらねぇんだってさっ」 「そうみたいね」 「警察に持ってってもムダだよな、やっぱ…」 「もらっとけば?」 「いらねぇよっ」 「じゃ、捨てときなよ」 「うっ…、けどさ…」 「それはもう結婚指輪じゃなくて、ただの指輪。いらなくなった愛なんて、持っててもしょうがないっしょ?」 「・・・・・・でも、これ持ってるってことは結婚してたんだろ?」 「カミサマの前で誓ってね」 「カミサマに誓うって、何を誓うんだよ?」 「永遠の愛」 久保ちゃんはそう答えると、すうっと目を細めて口元に笑みを浮かべた。 まるでどこにもいないカミサマに誓う愛だから、永遠なんだって言うみたいに…。 手のひらに残った指輪をぎゅっと握り込むと、ちょっとだけヒラヒラと空から落ちてくる雪が、カサをささずに歩いてる久保ちゃんの頭の上に乗っかって…。 そして同じように、俺の上にも降ってきた。 だから手を伸ばしてちょっとだけ背伸びして…、久保ちゃんの頭の上に乗っかった雪を払うと久保ちゃんも俺の頭の雪を払う。 少しずつ静かに降ってくる雪はやっぱり白くて…、けれどやっぱりすぐに消えてた。 たぶんきっとこの白い雪のように、カミサマに誓った愛も気づかない内に解けて消えていくのかもしれない。 始めからどこにも何もなかったかのように…、永遠なんてないことを証明しながら…。 俺が指輪を握り込んだままでいると、その上に久保ちゃんが手を重ねてくる。 手袋をしてないからかもたけど、その手はかなり冷たくなってた。 「指輪して愛を誓っても…、どこにも永遠なんかないのにね?」 「だったらなんでそんなの誓うんだ? どこにもないなら誓っても意味ねぇじゃんか…」 「カミサマがいないみたいに?」 「いないなら誓う必要も、祈る必要もねぇだろ? 永遠もカミサマも…」 「カミサマも永遠もいらない?」 「…久保ちゃんはいるのかよ?」 「さぁ、どうだろうね?」 握ってる手を開いて手を握ると、久保ちゃんは手のひらに指輪が乗ったままの俺の手に指をからめてくる。そしたら俺と久保ちゃんの手のひらの中に、雪の中に捨てられてた永遠の愛を誓った指輪が収まった。 けどその指輪にも、はめられていたはずの指にも永遠なんかない。 なのに握りしめた手の中に…、指輪じゃなくて何かが入っている気がした。 それはたぶん永遠でもなんでもないのかもしんないけど…、大切な大事な何かが…。 一番大切なモノが手のひらの中にあって…。 だからそれを逃がさないように握りしめてると、久保ちゃんのもう片方の腕が伸びてきて俺の首に紺色のマフラーを巻きつけた。 「少しはマシになったっしょ?」 「なんで、置いてきたマフラー持ってんだよ?」 「寒がりな誰かさんがいるかなぁって思って…」 「いらねぇっつったのに…」 言葉ではそう言ったけど、冷たかった耳とか首が暖かくなったからうれしかった。 けど、少しだけチラチラ降ってる雪がまた肩に乗っかってて、俺より久保ちゃんの方が寒そうに見える。冷たい手のひらは握っててもまだ冷たくて…、だからマフラーをはずして久保ちゃんの首に巻こうとした。 体温で暖かくなったマフラーをずっと手を握っててくれる久保ちゃんに…。 でもそうしようとした時、久保ちゃんの腕に引き寄せられて抱きしめられる。 道を歩いていく人が俺らのことをじっと見てから、とっさに怒鳴ろうとしたけど…、 抱きしめてくる腕が優しすぎたからできなかった。 しばらくそうしてると手のひらの間から、白い雪の上に静かに指輪が落ちたけど…。 その中にあった大事な…、大切な何かはまだ手のひらの中に残ってた。 手のひらだけじゃなくて…、抱きしめられた暖かさの中に…。 「指輪…、落ちたけどどうする?」 「…このままにしとく。その方がいいだろ?」 「たぶんね…」 やがて雪が降り止んで…、跡形もなく雪が消えて…。 でもきっとそうなる前に、ここから指輪が消えてなくなってるような気がした。 もしもあの指輪が永遠じゃなくて…、カミサマに誓った愛じゃなくて…。 まだその指にその心に想いが…、大切な何かが残っていたとしたら…。 |