| 人間生きてればケガの一つや二つはするし、ケガをすれば痛いに決まってる。 ケガはしたくてするわけじゃねぇし、その痛さは人によって違うのかもしんないけど…。 久保ちゃんがケガしたままの指でヘーキな顔して新聞読んでるの見てたら、なんとなく自分がケガじゃないのに痛い気分になった。 「なぁ、それって痛くねぇの？」 「あんまり」 「あんまりってコトは、ちょっとは痛てぇってことじゃんっ」 「うーん…、そうかも？」 そんなカンジであまり痛くなさそうに久保ちゃんは言ったけど、指についてた切り傷からは赤い血が少しだけ流れてる。 前に包丁で手を切った時も、こんなカンジで血が流れてたけど…。 その時も久保ちゃんは、その流れる血をじーっと見つめてるだけで手当ても何もしようとしない。 だから俺がそれに気づくまで、どれくらいそうしてたのかなって…、そん時はちょっとだけ気になった。 「消毒くらいしろよっ」 「これくらいならすぐ血は止まるし、このままでも平気っしょ？」 「俺がケガした時は、ちょっとの切り傷でもすぐ消毒するクセに、自分だとなんでやんねぇんだっ」 「メンドいから？」 「…ったくっ、マジでバイキン入ったらどーすんだよっ」 「はいはい」 そう返事してても、久保ちゃんは新聞を読み続けてる。 まるでその傷を消すのがイヤだって言ってるみたいに…。 確かに自然に治っちまうような傷なのかもしんないけど、俺は早く傷を治そうとしない久保ちゃんにちょっとだけムカついた。 けど、それはたぶんこの傷のせいで俺も痛いってことに久保ちゃんが気づいてなくて…。 しかも、新聞ばっか読んでてこっちを向いてくれないせいだった。 「久保ちゃんっ！」 「ん…、あとで…」 いくら言ってもムダだから、消毒液とかバンドエイドとか持って来ようって思ったのに、久保ちゃんのヘーキな顔を見てるとムカムカがひどくなって気が変わった。 俺は久保ちゃんが座ってるソファーに座ると、読んでる新聞をバッと強引にその手から取る。 そしてレガしてる方の手を取ると、赤く血の流れ出している傷口を自分の舌で軽く舐めた。 「時任？」 「…鉄臭い」 「血の味はそんなモンでしょ？」 「・・・・・ん」 「くすぐったいんだけど？」 そう言って目を細めてても、久保ちゃんは指を俺から取り返そうとはしなかった。 だから止めないで傷口から流れてる血を舌を使って舐め取ってると…、久保ちゃんの反対側の手が伸びてきて頭を強引に引き寄せられる。 そして、軽く音を立てて額にキスされた。 「消毒してくれて、アリガトね」 「もう二度としてやんねぇ…、久保ちゃんがケガしても知らねぇから…」 「もしかして、怒ってる？」 「・・・・・・怒ってるに決まってんだろ」 「どうして？」 「久保ちゃんがケガ直そうとしねぇから」 「してるけど？」 「じゃあ、なんでいっつも血眺めてるだけで手当てしねぇんだよ？」 俺がそう言いながら舐めていた指を歯型がつくくらい噛むと、久保ちゃんはさすがにちょっと顔をしかめる。けど指は噛まれたままにして、今度は俺の頬にキスしてきた。 そのキスがいつもよりも優しかったから、ちょっとだけ噛む力をゆるめる。 すると久保ちゃんは柔らかく微笑んで、ゆっくりと背中に片手を回して抱きしめてきた。 「痛いと夢から覚めた気がするから…、ちょっとだけそのままにしときたくなるのかもしれない」 「夢からって…、なんだよソレ？」 「ホントは死んでるのに生きてる夢を見てるって、そんなカンジの夢…。だからたぶん痛くなかったら、その瞬間に全部夢になったりするかもね」 「久保ちゃんは生きてるだろっ」 「でも、そんな保障はどこにもないっしょ？」 しゃべるために噛み付くのをやめたら、久保ちゃんの手には俺の歯型がくっきりついてた。 なのに久保ちゃんは相変わらずヘーキなカオしてて…。 痛いなんて少しも言わないで、全部夢かもしれないって俺を抱きしめてる。 こんなに心臓がドクドクいってるのに、生きてる夢を見てるなんて言いながら…。 赤い血が流れてるのを…、ケガしてるのを治そうともしないで…。 俺は胸を押して抱きしめてる腕から逃れると、部屋に音が響くくらい久保ちゃんを引っぱたいた。 「傷の痛さで生きてるのカンジるくらいなら、自分の心臓の音でも聞いとけよっ！」 頬が赤くなってる久保ちゃんをぐいっと引っ張ってソファーに押し付けると、ケガしてる方の手を俺の左胸に当てる。 そしたら久保ちゃんは、その手を心臓の音を探るように動かしてた。 だから俺も久保ちゃんの心臓に手を当ててみたら、毎日休むことなく動いてる心臓はやっぱり今もちゃんとドクドクしてて…。 生きてるのが夢だとか、実感ないとか…、そんなことを感じる間もなく今を刻んでた。 「・・・・俺らはちゃんと生きてるし、夢になんかなんねぇよ」 「心臓の鼓動が証明してくれてるから？」 「ちがう…、心臓は証明なんかしてなくて、動いてるってカンジてる自分が証明してる…。だから夢になんかすんなよ、久保ちゃん」 「・・・・・夢になってしまわないように、お前がココにいてくれるならね？ 俺は時任の心臓でしか実感も証明もできないから…」 「…久保ちゃん」 「でもたぶん…、鼓動だけがすべてを知ってるから約束はしなくていいよ…」 「うん…」 心臓の鼓動を確かめ合うように手を…、想いを伝えるために腕を伸ばして…。 抱きしめても身体をつなげていても…、見えない明日の保障も証明もつくれない。 けど…、刻んでいる心臓の鼓動だけが…。 指に滲んだ血よりも生きている証を刻んで…、今を証明してくれてた。 だから約束はしないで…、君とぎゅっと手だけを握っていよう。 明日が今日に変わっても…、一緒に目覚められるように…。 |