言うつもりじゃなかった言葉なのに、ソレが口から出た時って…。 次の瞬間にしまったって思ったりすんだけど、出た言葉は口の中には戻ってくんない。 そういう言葉は紙に油性のマジックで書いた字を、消しゴムでいくら何度も何度もこすっても消えないみたいに…。 どんなに消えてくれって願っても…、どうしても消えなかったりする。 そんな風に口から出た言葉が本音だって…、最初にそう言ったヤツを恨みたい気分になりながら、俺は朝帰りした久保ちゃんと向かい合ってた。 「…今、なんて言ったの?」 久保ちゃんは俺の言ったことがちゃんと聞こえてたはずなのに、そう聞き返してくる。 だからなんでもないって、そう言ってしまえばいいのかもしれなかったけど…。 じっと見つめてくる久保ちゃんの目が、そう言うことを許してくれてない気がした。 ジョウダンだって言っても…、たぶん久保ちゃんの耳に届いた言葉は消えてくれないから…。 まるで意地張ったみたいに、もう一度、油性マジックで書いてある言葉を言うしかなかった。 「久保ちゃんなんかっ、キライだっ!」 自分で言った言葉なのに、その言葉が耳に届くと胸の中がキリキリ痛い。 キライだって言葉が痛くてたまんなかった…。 朝帰りした久保ちゃんが、たぶん雀荘でバイトか何かしてたんだって知ってる。 けど、連絡も何もなかったから…、朝までずっとリビングで膝抱えて座ってた。 ドアのチャイムが鳴るのをずっと待ちながら…。 なのにヘーキな顔して「ただいま」なんて言って帰ってきた久保ちゃん見たら、スゴク腹が立って…、心配してた分だけ哀しくて…。 それを久保ちゃんに言うつもりだったのに、口から出た言葉は「キライ」だけだった。 言いたいのはそんな言葉じゃなくて…、もっともっと言いたいことあったのに…。 どうしてそんな言葉しか出て来なかったんだろ…。 キライじゃなくて…、もっともっと色んな言葉があるはずなのに…。 「俺のことキライ?」 「・・・・・・さっきからそう言ってんじゃんっ」 「ふーん…」 「ふーん…って、なんだよっ!」 どうしようなんて思いながら、久保ちゃんのこと怒鳴って…。 キライって言って…、言いワケも聞いてやんなかった。 けどホントはそうじゃなくて…、そんなんじゃなくて…。 だだ心配してたって…、それだけ伝えたかっただけだったのに言えなかった。 「どこ行くんだよっ、久保ちゃんっ!!」 連絡もナシに朝帰りしたのを責めてばっかいる俺に愛想つかしたみたいに、久保ちゃんはそれきり何も言わずにまた部屋から出てった。 昨日は徹夜してるばずだから、かなり眠いはずなのに…。 どこに行くともなにも言わずに出てく久保ちゃんの腕に手を伸ばしかけたけど、振り払われるのが怖くて触れなかった。 キライって言った分だけ、キライって言われそうで…。 自分でキライって言ったクセに…、キライって言われるのが嫌だなんてバカみたいだけど…。 でも、ホントにそれだけは久保ちゃんに言われたくなかった。 自分勝手でワガママだけどそう思ってたから…、久保ちゃんの後を追いかけらない。 久保ちゃんの居ない部屋で、いくら消えない言葉をココロん中でゴシゴシこすってもしょうがないのに…、そんなのイミないのに…。 久保ちゃんが帰ってくるまでそうしてたみたいに、うずくまって膝を抱えてた。 「久保ちゃん…」 暖房はタイマーが気づかない内に切れてて…、部屋にいても寒いばっかで…。 ゴメンってあやまっても…、部屋のどこにも久保ちゃんはいない。 このまま久保ちゃんが帰って来なかったらどうしようなんて思いながら…、膝の上に顔を伏せた。 こんな風に寒いトコで一人で…、こんな風にしてると…。 手とか足とかだけじゃなくて…、もっともっと何かが冷えていくような気がした。 いっつも一緒にいて、一緒に暮らしてて…。 そんなに一杯じゃないけど…、好きだって何回も久保ちゃんに言ったのに…。 大好きだからそう言ってキスしたのに…、抱きしめて抱きしめられてたのに…。 たった一言のキライが…、全部消したみたいな気がした。 数え切れないくらいの好きを、たった一個のキライで…。 消えない言葉の油性マジックで…、黒く黒く塗りつぶしてしまったみたいに…。 どうしたら油性マジックが消えんのかって考えてたけど、俺は久保ちゃんじゃないからどうしたら消えんのかなんてわかんなかった。 キライだって言葉をうたがってなかったから…、たぶんきっと俺のキライを信じてる。 訂正したくて、何回も何回も好きって言ったって…、信じてくんなきゃムダで…。 でもやっぱり久保ちゃんが好きだから…、このままでいたくなかった。 立ち上がって寒さでかじかんでる手でドア開けて…、リビングから出て…。 どこに行ったのかわかんないけど、久保ちゃんを捜しに行こうって思った。 帰って来てくんないなら、捜しに行くしか…、見つかるまで捜すしかない。 俺は久保ちゃんが見つかるまで戻らないって決めて、玄関で靴履いて玄関を開けた。 「あれ、時任?」 「久保ちゃん…、なんで?」 捜しに行くつもりだったのに、玄関開けたら久保ちゃんが立ってた。 だからビックリして玄関で突っ立ってたら…、久保ちゃんが俺の前に小さな箱を差し出す。 その箱の横に書いてあったのは…、前に俺が食いたいって言ってたケーキのある店の名前だった。 「もしかして…、コレ買いに行ってたのか?」 「キライって言われたままじゃイヤだから、どうしたら好きになってくれるかって考えてたんだけど…。これくらいしか思いつかなかったから…」 「ケーキで釣られるか…、バカ…」 「うん、俺ってバカだから…、どうやったら時任に好きになってもらえるかわからない。けど、どうしても好きになってもらいたかったから買ってきた…」 「・・・・・・・ケーキなんかじゃ好きになんねぇよ」 「やっぱダメ?」 「久保ちゃんのコトすっげぇ好きなのに…、これ以上好きになったらそれだけでいっぱいになって、ココロが壊れるかもしんねぇから…、だからもうならない…」 「…時任」 ケーキ持ってる久保ちゃんに腕を伸ばして抱きついたら、俺よりも久保ちゃんの方が冷たくなってた。 だからもしかしたら…、ホントは偶然帰ってきたんじゃなくて…。 ケーキ持ったままずっとココに立ってたんじゃないかって…、そんな気がした。 バカだってあきれたみたいに言いながら…。 けど抱きついて触れてる部分から温かくなってきて…。 ・・・・・・それを感じてると泣きたくないのに涙が出てきた。 「…俺のために壊れてよ、時任」 そう言いながらケーキ持ったまま抱きしめてくる久保ちゃんの腕が、本当に大好きだった。 ・・・・・・・すごくすごく好きでたまらなかった。 油性マジックで書いたキライなのに…、久保ちゃんはちゃんと消そうとしてくれてて…。 それがどうしようもなく…、うれしかった…。 「嫌いって言葉の意味も…、なにもかも好きに変わるくらい好き…。スゴク好きだから…」 「…俺も好きだよ。何百回、嫌いって言われても離してあげられないくらい」 何回も何百回も、好きって好きだって言って…。 同じ数だけキスして抱きしめてても…、その想いを胸に抱いてても…。 たった一回の嫌いに…、すべてが押しつぶられて、塗りつぶされてしまうのかもしれない。 けど、それでも好きだと想ってるなら…。 何回、何百回でも塗りつぶされてしまった好きを…、嫌いが好きに変わるまで…。 その想いを君に向かって…、その想いが届くまで…、ずっとずっと叫び続けてたい。 消えないはずの油性マジックが…、消えてくれることを願いながら…。 |