ポテチをパリパリ食いながら時計を見ると、いつの間にか思ってたより時間がたってた。
 そのせいで目の前にポテチだけじゃなくて、チョコの空き箱も転がってる。
 二つとも俺様一人で食ってたけど…、それはもちろん久保ちゃんがココにいないせいだった。
 あんま気にしてなかったけど…、チョコの空き箱見てるとちょっち久保ちゃんのことが気になってくる。
 いつもは俺よか短いくらいだから…、すぐにリビングに戻ってくんだけど、今日はなんでかチョコとポテチ食っても戻って来なかった。
 でも洗濯してんのかもしんないし…、でもそうとは限らねぇし…。
 まさか…、眠ったりなんかしてねぇよなぁ…。
 でも久保ちゃんならわかんねぇかも…。
 今、40分すぎたくらいだから…、眠ってたら溺死するころだったり…。

 だあぁぁっ、気になってしょうがねぇっ!!!

 バタバタバタ…っ!!!!

 「久保ちゃーんっ、無事かっっ!!」

 ガチャッ!!

 「…って、あれ?」
 「べつに無事かって言われるほど、キケンなことした覚えないけど?」
 「こ、こんなトコでなにやってんだよっ!!」
 「髪切ってんの」
 「・・・・・・・・」
 「ん〜、ちょっとナナメになったかなぁ」


 バスルームにある洗面台の前で髪切ってたら、時任があわてたカンジで飛び込んできた。
 あまり勢い良く飛び込んできたから、そのせいで切ってた前髪がちょっとだけナナメになってる。
 そろそろ目が隠れるかもってレベルになったから、風呂に入ったついでに切ってたんだけど…。
 時任は俺が風呂で溺死でもしてるってカンチガイしたみたいで、俺がなにしてたのかってわかったら少し赤い顔してそっぽを向いた。
 風呂で溺死なんてのはさすがにしたくないけど…。
 鏡越しにそっぽ向いてる時任の横顔を見てたら、溺れてみてもいいかもって気がした。
 そんな風に想うのは考えるまでもなくコドモじみてるのに…。
 無事かって叫んでくれる声を聞いて…、必死な顔してくれてるのを見るとクセになりそうになる。
 少なくともその瞬間だけは本当に身もココロも…って、そんな風に思えるから…。
 
 でもそう想うことは…、きっとすごくキケンなことなんだろうね。

 「な、なに笑ってんだよっ!」
 「笑ってないよ?」
 「ウソぱっか言ってんじゃねぇっ、 こっちから鏡でカオ見えてんだからなっ!」
 「笑ってるんじゃなくて…。風呂で溺死したんじゃないかって心配してくれる時任クンは、やさしいなぁって思ってるだけなんだけど?」
 「俺はそんなコト思ってねぇっつーのっ!」
 「心配してくれてアリガトね」
 「うっせぇっ、バカっ!」

 
 とりあえず久保ちゃんが溺死してなかったのは良かったけど…。
 ううっ、なんかマヌケすぎる…。
 確かに風呂に入ったついでに髪切るのもありってカンジなんだけど、久保ちゃんが髪を切るトコ見たことなかったから気づかなかった。
 前に聞いた時に自分で切ってるって言ってたけど、なれた手つきで器用に髪を切りそろえてんの見てたらそれがホントなんだってわかる。けど、着てる服とかこうやって丁寧に切ってるトコ見ると、そういうのに無頓着ってカンジには思えなかった。
 
 「なぁ、久保ちゃん」
 「なに?」
 「なんで自分で切んの?」
 「切りに行くのがメンドいし、金もかかるから」
 「それだけ?」
 「うん」
 「もし、どこにも行かなくてココで切れて無料だったら?」
 「そんなのはあり得ないっしょ?」
 「わかんねぇだろ、そんなの。マジでそういうのだったらどうすんだよ?」
 「…うーん、そうねぇ。やっぱ自分で切るかもね」
 「散髪されんのがキライなんだろ?」
 「・・・・髪触られるのが、あまり好きじゃないってだけ」
 「ふーん…」

 触られるのが好きじゃないって言ったから、俺は手を伸ばして髪に触ってみた。
 そしたら好きじゃないはずなのに、久保ちゃんは髪を切り終わってもハサミ置いてじっとしてる。
 だからちょっと久保ちゃんの肩に手を置いて、背伸びして軽く頭を撫でた。
 いつも撫でられるばっかだから…、こんな風に久保ちゃんの頭を撫でるのは初めてかもしれない。初めて撫でる久保ちゃんの髪は思ってたよりも柔らかくて…。
 こうやって撫でてるとなんとなく、少しだけキモチも柔らかくなってく気がした。
 こういうキモチがなんなのかはわからねぇけど…。
 久保ちゃんが少し目を細めて優しく微笑んでくれてんのみたら…、なぜとかどうしてとかなにもなくて…。
 ただホントに久保ちゃんが好きだって…、それだけ思った。

 「撫でられんの好きじゃねぇのに、なんでじっとしてんだよ?」
 「それはねぇ…」
 「それは?」
 「撫でてくれてるのが時任だからって…、それだけで十分でしょ? どうせなら撫でるだけじゃなくて、他のコトもして欲しいけどね」
 「ほ、他のコトって?」

 「なんなのか当てられたら…、なんでも言うこと聞いてあげるよ?」


 自分以外の手が、髪に触れるのは好きじゃない…。
 伸びてきたジャマな髪でも、誰かの手で勝手にソレを変えられてしまうのも…。
 触れてくる手を拒絶してるつもりなんかないけど、撫でられるとその感触が髪に残るのがどうしても不快だった。
 撫でられた瞬間に残るその感触に、何があるのかはわからない。
 けどたぶん…、俺のいらないモノが残ってるから不快になるのかもしれなかった。
 いらないとかいるとかそんな風に考えたりなんて、そんなのは面倒だからしないけど…。
 きっと考えなくてもココロが選んでしまってるんだろう。

 ただ一人、時任の手だけを…。

 だから撫でてくる時任の手が、髪に残る感触が…。
 自分から触れてくれている時任の手が腕が…、愛しくてたまらなくなる。
 その手に自分の中の何かを変えられてしまうのだとしても…。
 触れてくる手を拒むなんて…、できるはずなどなかった。
 誰よりも好きだから、恋しているから…。
 たぶん触れてくるその手に、自分から望んでこんなにも変えられて…。
 こんなに身もココロも、その想いに染まってしまったのかもしれない。
 
 ずっと君だけに恋していられるように…、その想いを放さないように…。

                            『髪』 2002.11.18更新

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