マンションの部屋にカギをかけて外に出たら、天気予報で言ってたみたいに曇りであまり天気は良くなかった。 けど雨が降りそうなんじゃなくて、ただ曇ってるカンジだからカサを持たないで出発する。 出発するっつってもべつに行く先が決まってるってワケじゃなくて、部屋にいてもなんか退屈だったから、ヒマつぶしにどっかに買い物にでも行くことにしたってだけ。 久保ちゃんは朝から出かけてて、いつ帰るかわかんねぇし…。 いっつも俺ばっか待ってんのもムカツクし…。 だから、たぶんまたカギ持って出てないと思うケド、一人で道歩きながらそんなの知るかって思った。 朝起きたら机の上に千円札だけ置いてあって、メモも何もなくて…。 これで昼メシ食えってことだろうけど、メモくらい残したってバチは当たんねぇっつーのっ。 俺が何も言わずに出かけんのは嫌がるクセに、自分はヘーキでやってるし…。 そんなヤツの言うことなんか聞いてやんねぇかんなっ、絶対っ。 自分がされてイヤなことはしねぇってのはキホンだろっ、キホンっ! そーゆーキホンってのが抜けてっから、それをわからせるつもりで携帯は持ってけど電源を切った。 ざまーみろってカンジで…。 けどいざ一人で出かけてみたら、すっげぇつまんなくてガッカリした。 久保ちゃんとはいつも一緒にいるみたいな感覚はやっぱあるけど、べつべつに出かけたりする場合だってちゃんとある。 だから今日だってせっかく一人で出かけて来てんだから、それなりに楽しくてもいいはずなのに…。ポケットの中にある電源切った携帯とか…、部屋のカギとか…、そんなのが気になって何もする気になんなかった。 さっきから気づくと携帯にぎりしめて電源のボタンに親指おいて…、バカみたいにそうやって何度も何度も同じことしてる。 だからすっげぇバッカみてぇだって自分でそう呟いてみたら、ちょっとだけさみしくなった。 あのままちゃんと待ってたら、こんなトコでさみしいなんて思ったりしてなくて、ただ帰ってきた久保ちゃんにおかえりって言うだけで良かったのに…。 そう思ったら最初の目的なんかどうでも良くなって…、早く帰ろうって思った。 歩いて来た道を振り返って、今度は走って…。 心配してるからとか…、カギなくて困ってるからとか…、そういうのもあったけど。 歩いて来た道を走り出すのは、久保ちゃんに会いたいからで…。 だからまるで雨が降り出した時みたいに急いで走り出そうとしたら、目の前に見慣れた後ろ姿が見えた。 「…久保ちゃん?」 距離が少し遠かったけど、気のせいなんて思ったりしない。 何があったって、それだけは間違ったりしねぇから…。 だから、見慣れた久保ちゃんの後ろ姿を追いかけてデパートに入った。 そしたらホントに久保ちゃんがいて、食器売ってる店の前で立ち止まってるのが見える。 けど、俺の方は久保ちゃんに気づいてっけど、まだ久保ちゃんは俺に気づいてなくて…。 それがなんとなく面白かったから、そおっと気づかれないように移動した。 そして物陰からじっと眺めると、久保ちゃんがマグカップを見てるのがわかる。 さっきから、久保ちゃんはグリーン系とブルー系のヤツをじっと見比べてて…。 それ見てたら、こないだ俺が洗う時に手をすべらせてマグカップを壊したのを思い出した。 「こっちのヤツと同じのもう一つあります?」 そう言って久保ちゃんが店員に指差したのは、俺がいいなぁって思ったブルーの方のマグカップだった。 もう一つってことは壊したのよりもう一つ多く買うってことで…。 だから、それがちょっとくすぐったくてうれしかった。 自分のシュミじゃなくて、俺がいいなぁって思った方を買ったってことも…。 それ見てたら今は久保ちゃんの隣りにいないけど…。 ちゃんとそこに…、久保ちゃんの中の俺がいる気がした。 朝起きたら千円札しか置いてなくて、だからそれがイヤだったのに…。 いない時も俺の居場所が久保ちゃんの隣りにあるなら、メモなんかなくても待ってようって…、そう思った。 だから久保ちゃんに見つからないように帰るために、マグカップ買ってる間にそっとそっとココから離れようとする。けど、そうしてる内にレジの前にいる久保ちゃんがポケットから携帯を取り出したのが見えた。 それに気づいて慌てて携帯の電源を入れると、俺は着信音が鳴り響く前に通話ボタンを押した。 「く、久保ちゃん…?」 『うん』 「な、なに?」 『買いもの終ったから、今から帰るって連絡』 「ふーん…、買いものって何買ったんだよ?」 『マグカップ』 「そういや、こないだ壊れたもんな」 『壊れたんじゃなくて、壊したんでしょ?』 「うっ…」 『他に欲しいモノある?』 「べつにない」 『そう? じゃあ今から帰ろっか?』 「帰ろっか…って、帰ればいいじゃん?」 今から帰るって言うならわかるけど、帰ろうっていうのはおかしい。 なんとなく言うことが妙だったからレジの方を見ると、いつ間にか久保ちゃんがレジからいなくなってた。 早く帰らないとヤバいと思って出口に向かって走り出そうとすると、俺の後ろから腕がぬっと伸びてきて肩に重くのしかかる。 その手には、見たことのある携帯がしっかり握られていた。 「時任」 「ぎゃぁぁっ、出たぁぁっ!」 「そんなに驚かなくても、ねぇ?」 「い、い、いつから気づいてたんだよっ!」 「携帯かけた時、近くで着信音が聞こえたから」 「マジで?」 「うん」 「けど、着信音って一瞬しか鳴ってねぇよな?」 「ま、細かいことは気にしないで帰るとしますか?」 「う〜、納得いかねぇ…」 「そんなに気になる?」 「気になるっ!」 「教えない」 「聞いといてそれはねぇだろっ」 「留守番してるはずなのに、なんでココにいるのか教えてくれたら教えてあげるよ?」 「げっ…」 結局、見つからないつもりが完璧に見つかってたけど…。 久保ちゃんを見つけられて、久保ちゃんが見つけてくれて良かったって思った。 こんなカンジに見つけたのは、ただの偶然かもしんないけど…。 そういうのがたぶん、一緒にいるってコトの始まりだから…。 だから、いつでもどこにいても偶然でもなんでもいいから、久保ちゃんを見つけたい。 携帯の呼び出し音みたいに呼び出しコールを鳴らし続けて…、久保ちゃんだけに届く音を鳴らしながら…。 初めて出会った、あの日のように…。 |