時計を見たら、もうちょっとで午後九時になるトコだった。 九時になるまであと5分…。 時計の針が午後九時を指した瞬間、俺には絶対しなくちゃならないコトがあった。 いつもはべつに時間になったら変えればいいだけの話なんだけど、今日だけは九時になった瞬間変えなきゃならない。 変えるのはテレビのチャンネルで、九時に始まるのは俺の見たい番組。 そう…、俺が時計を見ている理由は、見たい番組にチャンネルを変えるためだった。 「ぜっったい負けねぇからなっ!」 「もしかして、俺に勝つつもりだったりする?」 「ったりめぇだろっ」 「つまんないバラエティなんて見ないでさ、俺と一緒にドウブツ見ようよ?」 「動物はテレビなんかで見なくても、動物園で見ればいいじゃんかっ」 「今日、ネコ特集だし…」 「そこらヘンの野良猫と遊べば?」 「連れて帰りたくなるからダメ」 「あっそっ!」 俺が見たいのはバラエティ番組で、久保ちゃんが見たいのは動物ランドのネコ特集。 その二つが始まるのは、両方とも九時だった。 見たい番組がぶつかったりすると、いつもは久保ちゃんがゆずってくれる。 けどネコ特集だけはゆずってくんなかった…。 くっそぉっ、なんでこんなすっげぇネコ好きなんだよっ! ったく、いい年した男が動物ランドのネコ特集なんか見るなっつーのっ! 「時任…」 「な、なんだよっ」 「テレビ見るのあきらめなね?」 「誰があきらめるかっ!」 テレビの前に座ってる俺と久保ちゃん。 そしてその中間地点に置いてあるテレビのリモコン。 九時になって、最初にチャンネルを変えた方がチャンネル権をもらえる…。 けど、さっきから久保ちゃんがなんか余裕っぽいっ。 こーいう時は、ぜってぇなんか企んでるに決まってるっ。 「久保ちゃん…」 「なに?」 「ズルはなしだぞ?」 「もしかして、疑ってんの?」 「なんか企んでるっぽい顔してるし…」 「イヤだなぁ、いつもこんな顔してるっしょ?」 「…いつも企んでっからじゃねぇの?」 「そう?」 「・・・・・・・・マジ顔で返事すんなよっ」 そうしてる間にも、時計の針は九時に近づいてる。 二分前、一分前…、四十秒…、三十秒…、二十秒・・・・・・・・。 よしっ、今だっ!!! 「うわっ…!!」 俺はリモコンに手を伸ばしてチャンネルを変えようとした。 けど、俺の手はリモコンまで届かない…。 くっそぉっ!!! 「な、なにしてんだよっ、久保ちゃんっ!!」 「なにって時任を抱きしめてるだけだけど?」 「離せっ!!」 「離したらリモコン取っちゃうでしょ?」 「ズルすんなっ!!」 「相手を抱きしめちゃダメなんて言わなかったから、ズルじゃないよ?」 「やっぱ企んでやがったなっ!! くうっっ!!はーなーせぇっ!!」 むちゃくちゃ暴れて久保ちゃんから逃げようとした…。 けど、久保ちゃんの腕ががっちり俺の腰を固めてて動けないっ! このままじゃ、ぜってぇテレビなんか見れねぇじゃんかっ!! 「だぁぁっ、もう始まっちまった〜〜!」 「五分くらい過ぎたかも?」 「くっそぉっ!!…けど、このままだったら、俺だけじゃなくて久保ちゃんも見れねぇんじゃねぇの?」 「そうかもねぇ」 「だったらこの賭けって意味ねぇじゃんっ!」 「あるよ?」 「なんであんだよっ!」 「取り引きすればいいんだし…」 「はぁ?」 「時任がネコのかわりになってくれたら、好きなの見てもいいよ?」 「ね、ネコのかわりって何だよっ?」 「こんなカンジで、俺に抱っこされててくれればいいだけだから」 「うっ、うわっ、バカッ!」 「まあ、どっちにしろ。離してなんてあげないけどね?」 「くうっっ!!!」 「ずっとこのままなのと、おとなしく抱っこされてテレビ見るのとどっちがいい?」 「・・・・・・・・・テレビ」 まんまと久保ちゃんのワナにかかっちまって、恥ずかしいカッコでテレビ見るハメになった。 それにネコのかわりだから…、頭撫でられても文句言えねぇし…。 背中とか…腹とか・・・・・・って、なんで服の中に手が…。 「・・・・・・・・・なんで服の中に手ぇ入れてんの?」 「カワイイから撫でようかなって思って」 「あっ…、くすぐってぇからやめろって…!」 「ネコなんだから、何か言いたいことある時はニャ〜って言ってくれる?」 「誰が言うかぁっ!!!」 「ほら、暴れてないでおとなしくテレビでも見ててよ?」 「ね、ネコに…、んなコトすんのかよっ」 「ま、種類によるけどね?」 「や、やめ……」 「ネコはやっぱかわいがらなきゃ、でしょ?」 「俺はイヌの方が好きだぁぁぁぁっ!!!」 ・・・・・・・・結局、ぜんっぜんテレビなんか見れなかった。 ぜっったい仕返ししてやるから覚えてやがれっ!!! |