水槽の中のちっちゃな赤い金魚。 それは買って来たのじゃなくて、祭りの夜店で俺が金魚釣りですくったヤツだった。 すぐに紙が破れてなかなかうまくいかなくて…。 だから赤い金魚がすくえた時なんかすっげぇうれしくて、久保ちゃんに水槽をねだって買ってもらった。 「久保ちゃん…」 「うん」 「・・・・・・・なんでだろ」 「さぁ、初めから弱ってたのかもね」 毎日、エサやってたし…、水もちゃんと水道じゃない水入れてたのに…。 買い物に行って帰ってみたら、赤い金魚は水の上にぷかぷか浮いてた。 水槽の中、泳いでなかったから…、ヘンだなぁとは思ってたけど…。 もう動かなくなってるとは思わなかった、全然。 だから…、もう動かないってことがスゴク不思議でたまんなかった。 朝、出かける前までちゃんと泳いでたのに…、なんでこんなになってんだろ? なんで金魚は、こんなにならなきゃなんなかったんだろ…。 「一緒に埋めに行く?」 「…うん」 久保ちゃんはそう言うと金魚をティッシュでくるんで、それを手にもって玄関を出る。 俺もそれに続いて出たけど…、久保ちゃんが持ってるのがあの金魚だってのがウソみたいな気がしてた。 けど、それがホントにホントなんだって…、わかったのは…。 マンションの近くの木の根元にちっちゃな穴掘って、そこに金魚をいれた時で…。 土の上に小さく落ちた、自分の涙を見た瞬間だったような気ぃする。 それがなんでかなんて…、ちっともわかんなかったけど…。 地面に落ちた…、たった二、三粒の涙の中に何かがあったのかもしれない。 「もしかして泣いてる?」 「…泣いてねぇよ」 「まつ毛が濡れてるけど?」 「うっせぇっ」 金魚に土をかけながら…、まだ金魚に名前をつけてなかったことに気づいた。 もう涙は出なかったけど・・・・・。 ちゃんと名前つければよかったって…、それだけ思った。 「久保ちゃん…」 「なに?」 「金魚の名前、なにがいいと思う?」 「・・・・・・・金ちゃんとか?」 「センスなさすぎっ」 「呼びやすいし、覚えやすくて良くない?」 「うー、確かに覚えやすいって言えばそうかもだけど…」 「…というわけで、金魚の金ちゃんで決定」 「勝手に決定すんなっ」 茶色い土をかけたら、すぐに金魚は見えなくなる。 けど、埋められてるのはただの金魚じゃなくて、金ちゃんっていう名前の金魚なった。 いまさらなんて思ったりもするけど、名前はないよりあった方がいいに決まってる…。 俺が金ちゃんにバイバイしようとすると、久保ちゃんが俺の頭をガシガシと乱暴に撫でた。 「なっ、なにすんだよっ」 「なんとなくだけど?」 「なんとなくですんなっ!」 「まっ、たまにはいいんでない?」 「よくねぇつーのっ」 涙が落ちた時…。 金魚くらいでって…、久保ちゃんに思われてんだろうなぁって思ったけど…。 金魚埋めた地面見てる久保ちゃん見てたら、そうじゃないってわかった。 だから…、それがなんかスゴクうれしかった。 「泣かないコトがいいなんて、強い証拠だなんて思わないから…」 マンションに戻りながら、久保ちゃんがつぶやくみたいにポツリとそう言った。 けど、久保ちゃんが言うみたいに、俺も泣いたからって自分が弱いなんて思ったりしてない。 たとえ涙が出なくっても…、哀しい時は泣くって思うから…。 自分でも気づかなくて…、気づけなくても…。 ココロが泣いてるって思うから…。 泣いてるココロの意味もワケも知らないで、それを弱いって思ったりしたくなかった。 「早く帰って晩飯食おうぜっ、腹へったっ」 「カレーしかないけど?」 「げぇ、またかよっ」 「いらない?」 「・・・・・・・・いるっ」 泣きたくなるほどの想いがあるなら、流せる涙があるなら…。 涙の流れるままに泣いたって、悪いわけなんかない。 弱いって、強いって…、そんなのが涙の流れるワケなんかじゃないから…。 流れる涙を嫌いたくなんかなかった。 |