自分から手を伸ばしたことなんて一度もない。 けど、久保ちゃんはいつも手を伸ばして、俺の手を捕まえる。 そうしてぎゅっと手をにぎって二人で歩いたりしてると、いつもちょっとだけ不思議な感じがした。 「久保ちゃん、手ぇ出せっ」 「ん?」 「さっさと出せっ」 「ほい」 ソファーに寝転がってセッタ吹かしてた久保ちゃんの前にいきなり立って、そう言って俺は片手を前に突き出す。すると久保ちゃんは、ゆっくりと言った通りに手を出した。 久保ちゃんのごつごつしたカンジの男っぽい手。 その手をにぎるんじゃなくて、そっとその上に自分の手を重ねてみたら、俺の手よりもぜんぜん久保ちゃんの手の方がでかかった。べつにソレは始めっからわかってんだけど…。 「なに唸ってんの?考えごと?」 「べつにそんなんじゃねぇけど…」 「眉間に皺よってるのに?」 「よってねぇ…って、久保ちゃん?」 「やっぱり、俺の方が指長いなぁって思って」 「…むかつくっ」 久保ちゃんの指がゆっくりと折り曲がって、重ね合わせてた手が握ってる形になる。 このまま握り返そうかどうしようかってちょっと迷ったけど、ぐっと手を引っ張って久保ちゃんの手から自分の手を奪い返すことにした。 …けど、力入れてもぜんっぜん外れねぇっ! 「手ぇ離せっ!」 「う〜ん、どうしよっかなぁ?」 「離せっつってんだろっ!」 「そう言われると離したくなくなるんだよねぇ、不思議と」 「ヒトで遊んでんじゃねぇっ!」 「あれっ、わかっちゃった?」 「…とにかく手ぇ離せっ」 「せっかく手つないでるんだから、ついでに今から俺と遊ぶってのはどう?」 「なんのついでだっ!」 …久保ちゃんの遊びって、なんかあぶねぇような気ぃする。 目つきもあやしいし…、こ、このままだとヤバイかも…。 くっそぉっ、なんで手ぇはずれねぇんだよっ。 久保ちゃんのバカ力っ!! 「時任クン、一緒に遊ぼ?」 「ぎゃぁあっ、ヘンタイっ!!」 「ヘンタイはひどくない?」 「ヒトのジーパンに手ぇ突っ込もうとするヤツは、立派にヘンタイだっ!」 「じゃあさ、痴漢ゴッコでもする?」 「誰がするかっ!」 嫌がる俺に手を伸ばしてきたりしながら、久保ちゃんが笑ってる。 けど、笑ってんのは口元だけ…。 俺ってもしかして、完全に久保ちゃんに遊ばれてねぇ? くっそぉっ、むちゃくちゃムカツクっ!! 「くうぅっ、離せぇぇーっ!!」 「俺って結構握力あるんだよねぇ」 「バカ力すぎだっつーのっ!」 「そうでもないけど?」 「うー…」 やられてたまるかってカンジで、握られたままの手をぶんぶん振り回して暴れる。 そしたら久保ちゃんは、手を握ったままで俺の顔をのぞき込んできた。 キスとかされんのかって思ったけど…。 久保ちゃんはもうちょっとってカンジの距離で止まった。 「…で、なんで手合わせたりしたか教えてくんない? なんか理由あるっしょ?」 「べ、べつにたいしたことじゃねぇって…」 「おとなしく言わないと、ホントに痴漢ゴッコしちゃうよ?」 「うわぁっ、待てっ、ちゃんと言うっ!」 「そう? ちょっと残念」 「・・・・・・マジ顔で言うなっ」 久保ちゃんは知りたがってたけど、理由なんてあるようでなかった。 手ぇ合わせたりしたのはワケなんかなくて…。 ただ、いつもにぎった時ににぎり返してくれる手があることが、ちょっと不思議な気がしたからだった。手を伸ばしたら、届く位置に手があって…。 それって結構スゴイことかもって思ったから、いつもどんな手と手をつないでんのかなぁって思ったりした。 「それで、手を見た感想は?」 「久保ちゃんの手だって思った」 「それだけ?」 「そうっ、それだけっ」 どんな手と手をつないでるのかってのは重要じゃなくて、誰と手つないでるのかってのが大切で…。だから何に塗れていたとしても、久保ちゃんの手なら関係ない。 久保ちゃんの手だから、絶対に離したくない。 そんな風に思ってんのが俺だけじゃないって、にぎり返してくれる手が教えてくれてる。 想いの温度は体温に似てる気がして…。 だから、手から伝わってくる何かがあるのかもしんないって思った。 「・・・・・・マジで手ぇ離せっ」 「もうちょっと遊んでからね」 バキッ!! 君といつまでも、いつまでも、手をつないでいよう。 たとえ終わりの日が明日来ようとも…。 それだけでちゃんと前を向いて行けるから…。 だから自分から手を伸ばして…、君と手をつなごう。 |