「久保ちゃ…、久保ちゃん…」

 名前を呼んでる声が段々と大きくなって、その声に意識を呼び起こされる。
 なにかあったのかと思って目を開けてみたら、すぐ目の前に不安そうに瞳を揺らせている時任の顔があった。

 「…怖い夢でも見た?」

 俺がそう言って頭を撫でてやると、時任はなぜかムッとしている。
 怒ってるみたいだったけど、それがなぜなのかはわからなかった。
 さっきまで寝てたし…、時任が怒るようなコト何もしてないと思うけど?
 ・・・・・・・なんかやったっけ?
 
 「久保ちゃん」
 「ん?」
 「ぼーっとして、なに考えてんだよっ」
 「…時任怒らせるようなコトなにかしたかなぁって、考えてるだけだけど?」

 時任が聞いてきたからホントのこと言ったのに、時任は俺の頭を軽く叩く。
 手加減してるからそんなに痛くなかったけど…。
 う〜ん、なんだかねぇ?
 どうしようかなぁって思ってると、今度は時任が叩いたトコを撫でてきた。

 「なんか、アメとムチを食らったってカンジ」
 「アホなこと言ってんじゃねぇってのっ」
 
 そんな風に言い合いながら、子供みたいに時任に頭を撫でられてると、いつもとは逆の立場のせいか妙なカンジがしてくる。
 だからなのか、下から見上げた時任の顔が急に大人びて見えた。
 その顔見てると、なんとなくちょっとだけ認識を改めてみたりする。
 何も変わらない気がしてたけど、変わってくものもあるんだなぁって…。
 時任も…たぶん俺も…、少しずつ変わってオトナってヤツになってくのかもしれない。
 
 オトナが何なのかなんて、そんなのは知らないけど…。

 「なぁ、久保ちゃん」
 「なに?」
 「なんの夢見てたんだよ?」
 「ユメ?」
 「うなされてたじゃんか…、苦しそうな顔してたし…」
 「何も覚えてないけど?」
 「…全然?」
 「うん」
 
 時任が言うには、俺はユメを見てうなされてたらしかった。
 けど、そう言われても何も覚えてなかったし、見たってカンジもしない。
 覚えていないというよりもユメを見たこと自体を忘れてたから…。
 だからホントに何もわからなかった。

 「記憶に残らないし、覚えててもすぐに忘れるのに、なんでユメ見るんだろうね?」
 「そんなのわかるワケねぇだろっ」
 「…見る必要なんてないのに」
 「久保ちゃん?」
 「疲れたらユメ見ないらしいから協力してよ、時任」
 「ば、バカっ、なにすんだよ!」
 「夜は眠るだけじゃなくて、寝る時間でしょ?」
 「…眠るだけにしろっ」
 「その気にさせてあげるから」
 「させてくんなくていいっ!!」

 夢見ることを忘れても、夢見たことを忘れても…。
 それでも、忘れてしまったいつかの日を思い出すように、夜の暗闇が夢を見せる。
 覚えていなくて、記憶にすら残らない夢だけど…。
 それを繰り返して見るうちに、たぶんいつしか、オトナになってしまうのかもしれない。
 越えた夜の数だけの…、たくさんの夢を抱えて…。
 
 けれど、今はまだ夢をみたくなかった。
 君といるこの時に、この時間に立ち止まって…。
 
 ココで君を抱きしめていたかったから…、ずっとそうしていたかったから…。

                            『夢』 2002.8.31更新

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