コンビニにアイスを買いに行ったら、アイスのコーナーに行く手前で妙なモンを見つけた。
 けど、コンビニってホントなんでも売ってるから、ココにあったらヘンとかってんじゃない。
 そういうんじゃなくて、ただ珍しいなぁって思っちまっただけ…。
 見つけたのはピンクのちっちゃなプラスチックの容器に入ってるしゃぼん玉のセットで、値段はアイスよかちょっと高いくらいだった。
 かなりガキくせぇとか思ったけど、なんとなくカゴに放り込んで…。
 それから、アイスとかポテチとか色々入れてレジに持ってった。

 「ありがとうございましたっ」

 ヒマだったからってのもある。
 けど、なんとなくしゃぼん玉したくなったのもホント。
 だからコンビニ袋持って、急いでマンションまで戻った。

 「あれ、いつの間に起きたの?」

 玄関開けて中に入ったら、ちょうど横の部屋から寝起きな顔した久保ちゃんが出てきた。
 寝る時間が何時とかって、そういうの決まってねぇから、俺も久保ちゃんも寝る時間はバラバラなカンジ。
 だから、一緒に寝る時以外は起きる時間も違ってる。
 昨日は久保ちゃんの方が遅寝だから、遅起き。
 かなり寝起き悪りぃから、やっぱボケた顔してんなぁ…、なんて思いながら買ってきたモノ片付けてっと、久保ちゃんが袋から俺様のアイスを強奪した。

 「返せっ! それは俺んだっ!」
 「まあ、そう硬いコト言わないでさ…」
 「寝起きにアイスなんか食うな、ハラ壊すぞっ」
 「心配してくれてアリガトね。けど、俺ってアイスで腹壊したことないし」
 「そーいう問題じゃねぇっ!」

 奪い返してやろうって思ったけど、久保ちゃんの方が背ぇ高いからムリだった。
 くっそぉっ、なんかかなりくやしいっつーか、ムカツクっ。
 今にぜってぇっ、久保ちゃんよか背ぇ高くなってやっからなっ!

 「今に復讐してやるっ!」
 「楽しみにしてるから、ガンバッテね」

 ドカッ!

 俺様のアイス食ってる久保ちゃんの背中に蹴り入れてから、俺は袋の中に残ってたしゃぼん玉のセットを持ってベランダに出た。
 うわっ、ココって四階だけど、なんか下から熱が上がってきてるカンジするっ。
 マジで暑っ…。

 「なにやってんの?」
 「…見りゃあわかるだろっ」
 「わかんないケド?」
 「そんなとっから見てわかるわけねぇじゃんっ」

 話しかけてくる久保ちゃんに返事しながら、パリパリっとパッケージ破ってピンクの容器を取り出して、ベランダの上にその容器を乗っけた。
 これで準備はオッケーだよな。
 あとは入ってるしゃぼん玉用の太いストローみたいなので液つけて吹くだけ…。
 それだけだけど、液にしっかりつけないとダメな気ぃするから、容器の底までしっかりストローをつけた。
 ちゃんと丸くしゃぼん玉がふくらむように…。
 そんなカンジでしゃぼん玉吹こうとしてたら、部屋の中はキンキンにクーラー効いてて涼しいのに、久保ちゃんもアイスかじりながら暑いベランダにわざわざ出てきた。

 「それって、しゃぼん玉?」
 「コンビニに売ってた」
 「ふーん」
 「ガキくせぇとか思ってんだろ?」
 「そんなコトないよ?」
 「笑ってるヤツの言うコトなんか信用できねぇっつーのっ」
 「笑ってるつもりないけど?」
 「口元が笑ってんじゃんっ!」
 「そうかなぁ?」
 「とぼけんなっ」

 なんとなく久保ちゃんに吹くの見られてんのが恥ずかしい気ぃしたけど、かまわずストローを口にくわえてふーっと吹く。
 そしたら、勢い良く小さいしゃぼん玉がいくつも出てきた。
 ちっちゃなシャボン玉ばっかり…。
 大きなのが出で来ると思ってたから、ちょっとだけガッカリした。
 
 「せっかくキレイにしゃぼん玉飛んだのに、浮かない顔だね?」
 「べつにそんなコトねぇけど、もうちょっとデカイのが良かった」
 「それは時任がゆっくり吹かないからっしょ?」
 「ちゃんとゆっくり吹いてるじゃんかっ」
 「なら、貸してみなよ。時任よりデカイの作ってあげるから」
 
 そう言いながら久保ちゃんは手に持ってたアイスを俺の口にくわえさせると、俺の手からストローを取る。アイスはちょっと溶けかけててヤバイ感じだったから、早く食べるために歯を立ててかじると、久保ちゃんの歯型の上に俺の歯型がついた。
 
 「このアイス、結構うまいかも…」
 「でしょ?」

 俺がコンビニで買ってきたアイスは、久保ちゃんに食われて半分くらいになってた。
 けど、ウマイことがわかったから今度も買うことに決定する。
 口の中に広がっていくアイスのバナナ味を味わってると、久保ちゃんはストローをくわえて息を吹き込んだ。
 ふーっと、優しくゆっくり…。
 そしたらしゃぼん玉はすぐに飛んだりせずに、ストローの先でちゃんと大きくなった。俺がやった時は全然なんなかったのに…。
 ちょっとだけムッとしたけど、ふわふわ飛んでるシャボン玉見てたらどうでも良くなった。
 久保ちゃんがキレイって言ってたみたいに、キレイだって思ったから。
 けど、じーっとしゃぼん玉見てたら、久保ちゃんが吹くのを止めてストローを口から離した。
 
 「時任もやってみる?」
 「久保ちゃんのがウマイからやんないっ」
 「さっきやったみたいにすれば、時任にもできるよ?」
 「…とか言って、メンドくなったんだろ?」
 
 久保ちゃんからストローを奪い返して、久保ちゃんのマネして吹いたら今度はちゃんとしゃぼん玉ができた。大きいのとか、小さいのとか…。
 そんなカンジで何個も何個も作ったけど、やっぱ全部消えてった。
 風に吹かれたり、何かに当たったりして…。
 運良く上に飛んでも、きっとすぐに消えちまうんだろうなって思ったら、なんとなく吹きたくなくなってきた。
 消えちまうなら意味ないなんて思わねぇけど、消えるの見てるとちょっとだけ…。
 さみしいって思うから…。

 「…もうやめる」
 「なんで?」
 「飽きた」
 「そんな顔してないのに?」
 「なんでわかんだよっ」
 「う〜ん、時任のコトならなんでもわかるから、かなぁ?」
 「だったら、なんでやめるのか当ててみろよっ」

 わかるなんて言っても、絶対ウソだって思ってた。
 絶対当たるはずなんかないって…。
 けど、久保ちゃんは当ててみろって言われて、ぜんぜん困った顔なんかしてなかった。

 「なんとなく、寂しいから?」

 久保ちゃんがそう答えた瞬間、心臓がドクンッと大きく鳴る。
 絶対わかんないって思ってたのに、簡単に当てられた。
 想ってるコトとか全部見透かされた気ぃしてギクッとしたけど、イヤじゃない。
 さみしいって思ってたり、感じたりしてるってこと…。
 そういうのって、しゃぼん玉みたいにすぐに消えちまうんだろうなって思うけど、それでもわかってくれてるヒトがいてくれたら…、なんかいいかもって思った。
 そう思ってるのも感じてるのもホントで…。
 だからそういう想いとか…、キモチとか…。
 何もかもが消えてしまっても、そう感じた何かが残るってそう思うから…。
 だからさ、俺が忘れても覚えててくれる? 久保ちゃん。
 そしたら全部がなくならないかもしんないだろ?

 「寂しいなら、寂しくなくなるまで抱きしめててあげるよ?」
 「…寂しいワケねぇだろっ」
 「さっき図星って顔してたし…」
 「うっせぇ、バカっ」

 バカって言いながら抱きしめられて、うるさいって怒鳴ったらキスされた。
 しゃぼん玉が消えたベランダで…。
 そしたら寂しいのがなくなったけど、かわりに別の寂しいが入ってくるカンジがした。
 抱きしめてくる腕とキスしてくる唇から…。
 それは俺のじゃなくて、久保ちゃんの寂しいってキモチだった。
 
 「久保ちゃん…」
 「ん?」
 「寂しいなら、寂しくなくなるまでこうしててやるよっ」
 「…そんな顔してた?」
 「久保ちゃんのコトなら、俺がなんでもわかってんのっ」
 「そういえば、そうだったっけ?」
 「そうに決まってんだろっ」

 消えていく想いや気持ち…。
 こうして抱きしめあってたコトやキスしてたコト…。
 何もかもが過去になったとしても、それでもココロの片隅に何か残っていたら。
 すべてが消えたりするんじゃないような気がする。
 それはきっと一人じゃないって証明で、一緒にいたっていう事実で…。
 ココにいたこと…、一緒にいたことの、唯一の証拠になるようなそんな気がした。

 大好きなヒトと一緒にいたことの、ありきたりだけど大切な日々がちゃんとあったってことの証明写真みたいに…。
 

                            『しゃぼん玉』 2002.8.27更新

                        短編TOP