外に出ると日差しがまぶしくて、思わず目を閉じたくなる。 けど、歩かないと帰れないから、ちゃんと目を開けてなきゃならない。 なのに突然、かけてた眼鏡が横から奪われた。 眼鏡かけてなかったら、目を閉じてるのと同じなのに…。 どうしようかと思って周りを見たけど、やっぱりぼんやりしてて何もわからない。 何かにぶつからない内に俺が立ち止まると、横から眼鏡取った犯人の声がした。 「ないとやっぱダメ?」 「うん」 「だよなぁ。このメガネすっげぇ度きついし…」 「ないと帰れないから返してくんない?」 眼鏡がなくちゃ帰れないのはホントで、ホンキでそう言ったんだけど、犯人は眼鏡を持ったまま歩き出した。俺を置いたまま…。 だからもしかして、このまま捨てられちゃうのかなぁなんて思ったりした。 可能性はなんだってゼロじゃないから、あり得ないなんて断言できない。 ふとした瞬間に、何もかもが変わってしまうことだってあったりする。 だから、眼鏡取った犯人が…。 犯人の時任がいなくなる可能性だって、ゼロってワケじゃない。 ぼんやりとした色くらいしか見えない視界を見てると、太陽の光がまぶしすぎたみたいに目眩がしてきて、その目眩を止めるために目を閉じると何も見えなくなる。 そうすると、暗くて何もない世界が視界一杯に広がった。 「久保ちゃんっ、久保ちゃんってばっ!」 「…なに?」 「なんで目ぇ閉じてんの?」 「眼鏡ないと見えてないのと同じだから」 「ほとんど何もわかんねぇのはわかるけど、だからって全部閉じるコトねぇだろ。ちょっとでも見えるなら見ろよ。そしたらなんか見えてくるかもしんねぇじゃん!」 「こんなに目眩するのに?」 「ここまで歩いて来いよ、久保ちゃん。そしたらメガネ返してやる!」 時任の声がちゃんと聞こえるってことは、そんなに遠くまで行ってないってことだった。 眼鏡は時任の所にある。 それを返してもらわないと、時任の所に行かないと帰れない。 そこまで歩いていくしか方法がないなら、歩いていくしかなかった。 また目眩が起こるのを覚悟して目を開けると、走ればすぐの距離にぼんやりとした影が見える。 それは周りにあるモノと同じように、輪郭なんてなくてただの滲んだ色だったけど、俺にはそれが何なのかわかった。 それだけはわかってしまった。 理由も理屈もなにもなかったけど、あれが時任だって確信した。 だから、それがわかったらすることは決まってる。 ただそこに向かって行けばいい。 そこに向かって走ればいい。 「久保ちゃんっ、あぶねぇから走んなっ!」 時任が走るなって言ったけど止まらなかった。 一度走り出したら、止まらないし止まれない。 まるで始めて恋した時のように…、今も恋し続けているココロのように…。 「ったく、ムチャすんなっての!」 「眼鏡取ったお前が悪いんでしょ?」 自力で来いって言ったくせに、時任は自分からこっちに向かって走ってきた。 だから出合ったのはちょうど中間地点。 時任は止まるタイミングがわからない俺のコト止めるために、ぎゅっと抱きついてくれてた。 それが必死にしがみついてるみたいなカンジだったから、ちょっとおかしくて、すごく愛しい気分になる。 そしたら、腕が自然に動いて時任のコト抱きしめてた。 時任が抱きついてくれてるみたいに、ぎゅっと…。 すべての可能性がゼロじゃないことを、再び思い出しながら…。 「…久保ちゃん」 「ん〜?」 「メガネ壊れたりとかしたら、その場でじっとして待ってろっ」 「なんで?」 「さっきみたいにムチャしたらケガするし、自力で帰れそうにねぇかから…。だから迎えに行ってやるっつってんの!」 「もしかして、ソレ確かめるためにやったワケ?」 「そうに決まってんだろっ!」 そう言って怒鳴りながら、俺の腕の中から脱出した時任が眼鏡を手に乗せてくれる。 けど、なんとなく受け取りたくなかったから、眼鏡を受け取らなかった。 今は何もかもが不確かな世界にいたかったから…。 この不確かな世界で、唯一確かな存在を感じていたかったから…、眼鏡を時任の手に押し付けてその肩に腕をまわす。 すると時任は、少しムッとしたみたいだったけど腕を振り落としたりはしなかった。 「何すんだよっ」 「せっかくだから、眼鏡が壊れた場合を想定して訓練しとかないとね?」 「…自力で歩け」 「そう言わないでさ、俺の分まで見ててよ」 「どこを?」 「ずっと前だけを…」 |