マンションから出てたのが、何時くらいだったかなんて知らない。 でも、高くて黒いビル群の中に夕日が沈んでいくの見てたら、夕方ってコトくらいはわかる。 時計ないと正確な時間なんてわかんねぇけど、今は知る必要なんてないからべつにいい。 誰とも待ちあわせなんかしてねぇし、いつマンションに帰るなんて決まってもねぇし…。 だから時間なんていらねぇから…。 「ミキちゃん、帰るわよ〜」 「はーい」 公園でブランコにすわってたら、さっきから遊んでるコドモむかえにくるオトナが結構来てる。 それ見てっと、良くわかんねぇけどなんかヘンな気ぃした。 コドモって、むかえに来なきゃ帰らないんだなぁって…。 それって、むかえに来なきゃ帰れねぇってことなんじゃねぇの? とか、思ったりもする。 けどもしもさ、誰もむかえに来なかったらどうすんの? あの夕日が沈んじまっても、誰も来なかったら? プランコの鎖がキィッってさっきから鳴ってて、それがだんだん大きく聞こえるようになって来てんのは、コドモが帰って静かになってきたからだった。 一人いなくなって、二人いなくなって…。 夕日が街に沈んでく…。 何もかもが赤く染まって見えて、なのに夕日で出来た影はやけに黒かった。 特にココから見えてるビルとかは逆光になってて、何がなんなのかよくわかんねぇくらいに…。 そういうの見てっと、キレイ…なのか、さみしい…なのか、その両方をカンジてんのかわかんなかった。 自分が何を思って座ってんのかも…。 「・・・・・くぼちゃ…」 無意識にココにはいないヤツの名前呼びそうになって、それがすごくイヤでたまらなくて、そういう気持ちごまかすカンジで蹴ってブランコをゆらすと街も夕日もユラユラしてた。 まるで街全体がめまい起こしてるみたいに…。 「じゃあまたねっ」 最後にいた二人の内の一人が帰って、残りはあと一人。 もう結構暗くなってきてんのに、そいつだけはまだ砂場で山作ってた。 やっぱ、誰かむかえに来なきゃ帰れねぇのかな? そう思いながら山作ってるコドモ見てっと、後ろからいきなり声がした。 「そろそろ帰らない?」 ビックリしてブランコ止めて振り返ったら、そこに久保ちゃんが立ってた。 久保ちゃんはまだ残ってる夕日に赤く染まってて、それに眼鏡が反射してっからどんなカオしてんのかわからない。 だからなんかちょっとだけコワイ感じがして、すぐに前を向いた。 「帰りたきゃ、一人で帰ればいいじゃんっ」 そう言ったけど、ホントは帰ればいいなんて思ってない。 なのに思わず口走ってたから、とっさに久保ちゃんの方を振り返ろうとする。 そしたら振り向くより早く、肩にポンッと久保ちゃんが手を置いた。 「時任が帰らないなら、俺も帰らないから」 「コドモじゃねぇんだから、一人で帰れるっつーのっ」 「それはそうだけど、なんとなく一緒に帰りたいなぁって思ったダケ」 「・・・・・・・怒ってねぇのか?」 「怒るってなにを?」 「一晩中、ドアのカギ開けなかったら、フツー怒るだろ?」 「ん〜、そうねぇ」 「怒りたいなら怒れよっ!」 久保ちゃんの帰りがここんトコずっと遅かった。 明け方に帰ってくんのとかも、ぜんぜん珍しくないくらい。 だから、ソレ待ってんのがイヤになって、午前二時くらいに帰ってきた久保ちゃんを中に入れてやんなかった。 チャイムなっても毛布にもぐって、じっと耳を押さえて聞かないフリしてた。 朝んなってドア開けたら久保ちゃんがドアの横で眠りこけてて、それ見たらイヤんなった。 久保ちゃんじゃなくて自分のコトが…。 いつもそばにいてほしいなんて思って、どうしようもなくなってる自分が…。 「時任…」 「・・・・・・・」 「ゴメンね」 「…なんで悪くねぇのにあやまんだよっ」 「いつも待ってもらってるから」 「べつに待ってねぇよっ」 待ってないなんてウソだった。 けど、待ってるから早く帰って来いって言えない。 俺ばっか久保ちゃんのこと想ってるカンジがして、くやしいから…。 「早く帰れよっ!」 「イヤ」 「帰れっつってんだろっ!」 「時任」 「…俺はアイツが帰ったら帰る」 一緒に帰れない理由がほしくて、俺は砂場で山作ってるコドモを指さした。 もう夕日の余韻しか残ってない空の下で、コドモはまだ山を作ってる。 何回も作って、何回もこわして…。 山ばっか作ってた。 「まだオヤが来ねぇんだよ、アイツ」 「それで一緒に待つの?」 「べつにそんなんじゃねぇけど、帰り道知らねぇのかなって思ってさ」 「俺はたぶん知ってるんじゃないかって思うケド?」 「え?」 「いつも遊びに来てるなら、覚える気なくても覚えるっしょ? 家、そんなに離れてないと思うし、あれくらいの歳なら一人で帰れるんじゃないの?」 「だったら、なんで帰らねぇんだよ?」 「待ってるから」 「オヤが来んのを?」 「心配して探しに来てくれるのを、ね」 「自分で帰れんのに?」 「待っててくれて、心配してくれてるヒトのトコに帰りたいでしょ?」 そう言いながら、久保ちゃんがポケットから出したのはカギだった。 見覚えのある形の…。 「それって、ウチのカギ?」 「そう」 「…なんで使わねぇんだよっ!」 「時任が待っててくれないなら、帰る意味ないかなぁって」 「・・・・・・・」 「俺が帰るのは、部屋じゃなくて時任のいるトコだから…」 耳元で、ただいまって言う久保ちゃんの声が聞こえる。 その声聞いたら、まだちょっと残ってた夕日が目に染みて痛くなった。 ホントは…、俺は砂場で山作ってるアイツみたいに待ってたから。 久保ちゃんがさがしに来てくれんのを…。 俺が待ってるみたいに、久保ちゃんにも待ってて欲しかった。 いなくなったら心配して欲しかった。 必要だってそう言って欲しかったから、こんなトコで夕日眺めてた。 時間なんてわかんなかったけど、沈んでく夕日をタイムリミットにして…。 「…久保ちゃん」 「ん?」 「アイツのこと、誰か探しにくると思う?」 「さあ、どうだろうね?」 俺のこと久保ちゃんがむかえに来たみたいに、アイツも誰か来たらって思った。 一人で夕日が沈むのを見んのって、何かの終わりを見てるみたいでイヤだから…。 久保ちゃんと俺は二人でブランコに座って、消えかけた夕日の中でしばらく砂場を見てた。 すると、俺ら以外誰もいないはずの公園に大きな声が響く。 その声は砂場で山作ってるアイツのことを呼んでた。 「もうっ、早く帰りなさいって言ったでしょっ!!」 怒鳴りつけて怒ってたけど、なんとなく声聞いてると心配してるカンジする。 怒ってんのになんでかって思うけど、そのカンジはウソじゃないって思う。 手をつないでる影が、長く長く地面に伸びてたから…。 「帰ろうぜ、久保ちゃん」 「うん、一緒にね」 「…ちょい、そのままストップっ」 「なに?」 プランコから立とうとした久保ちゃんの背中に、飛びついて腕を首んトコにまわす。 そしたら久保ちゃんが、ちょっと前のめりになった。 「…もしかして、このまま帰るとか?」 「もしかしなくても、そうに決まってんじゃんっ」 「重いんですけど?」 「夕日が沈む前に早く帰ろうぜっ」 久保ちゃんの背中から夕日を眺めると、すでに空だけが赤く染まってるだけになってた。 ビルはもう完全に影みたいにしか見えない。 暗くなった公園に電灯がつくと白い光が地面を照らして、そこら中から夜の気配がし始める。 キィッって音がして振り返ってみると、誰も乗ってないブランコが小さく揺れてんのが見えた。 もう夕日の届かなくなった場所で…。 |