ピロロロ…、ピロロロ…。 さっきから、久保ちゃんの携帯が鳴ってる。 けど、久保ちゃんは朝から出かけてっから、ココにはいない。 つまりこのケイタイを忘れて出かけてんだけど、忘れても気にしてねぇよな、たぶん。 だから届けたりしねぇし、届けるつもりもねぇんだけど…。 ピロロロ…。 鳴ってるケイタイの音が気になってる。 俺がかけたりとかしてねぇのに、鳴ってるケイタイの音が…。 久保ちゃんのケイタイの番号知ってんのは俺だけじゃないってわかってる。 だってさ、そんなの当たり前じゃんかっ。 けど、いつも久保ちゃんのケイタイが鳴ると、相手が誰かって思っちまう。 聞き耳とか立ててる自分が情けねぇし、そういうくっだんねぇこと気にしてる自分も嫌だけど、容赦なく鳴ってる久保ちゃんを呼び出す音が嫌いだった。 ピロロロ…、ピロロロ…。 鳴り止まない音。 なんとなくムカついたきたから、久保ちゃんのだけど出ることに決める。 かけてきたのは、男か女か…。 俺の知ってるヤツか知らないヤツか…。 そんなコト考えたりしながら、ケイタイを手に取った。 「出たのが女で俺の知らないヤツだったら、ケイタイぶっ壊してやるっ!」 そう言ったのは冗談でもシャレでもなくて、ホンキだった。 ホンキでぶっ壊してやろうと思ってた。 けど、通話ボタンを押すと、低い声が耳に聞こえてくる。 『もしもし、時任?』 電話をかけてきてたのは知らない女なんかじゃなくて、久保ちゃんだった。 なんとなく拍子抜けしてガックリ肩を落すと、久保ちゃんが電話の向こうでクスッと笑う。 何もかも見透かされてるみたいな気ぃして、すぐに返事を返せなかった。 『どしたの? 気分でも悪い?』 「…べ、べつになんでもねぇよ」 『ならいいけど』 「それはそうと、なんか用事か?」 『そ、用事。俺のケイタイをココまで持ってきてくんない?』 「ココって?」 『雀荘』 「べつに一日くらいなくてもこまんねえだろ?」 『こまるから言ってんだけど?』 「なんで? 緊急の時の連絡とか、色々困るからか?」 『まぁ、それはあるかもだけど、俺が言ってるのは別なコト』 「他に何があんだよ?」 『聞きたいと思った時に、時任の声が聞けないから』 「はぁ?」 『時任専用だから、そのケイタイ』 「…そんなんだったら、持ってる意味ねぇだろ」 『とにかく、ケイタイ持ってココまでおいでね?』 「えっ、あっ、久保ちゃん?」 まだ何か言いたかったのに、久保ちゃんは強引に電話を切った。 どうせ誰かからかかってくる予定があるからに決まってる。 そう思って、悪いと思いつつもケイタイのアドレスを開いた。 いらないアドレスを消してやるつもりで…。 けど、アドレスには名前が一つしか入ってない。 時任。 入ってんのは俺の名前だけだった。 そういう入れ方されてると、なんとなく色んな意味を…。 バカみたいに想ったり考えたりしちまう。 軽く頭振ってそれを追い出すと、俺は久保ちゃんのケイタイを届けるために外に出た。 「ったく、しょうがねぇなぁ」 そんな風に言ったりしてても、別に届けるのがメンドいってワケじゃない。 久保ちゃんが俺のコト待ってるから…。 だから行かなきゃって思える。 久保ちゃんのそばに… 小さなコトで不安になって、小さなコトでうれしくなる。 両方を感じたから、プラスとマイナスでゼロなカンジだけど、それは本当のゼロじゃなくて、その両方がココロの中で、行ったり来たりして揺れ動いてた。 久保ちゃんのケイタイに入ってる俺の名前。 結局消したのは見知らぬ女とかじゃなくて、自分の名前だった。 消しても消しても、このケイタイに名前が入ってることを…。 そんなバカなことを、つまらないことを想ったり願ったりしちまったから。 次の日、こっそり久保ちゃんのケイタイみたら、アドレスに一件入ってた。 そこに俺の名前はなかったけど、かわりに妙なのが入力されてる。 ウチの猫。 …見慣れた電話番号にかけたら、ウチの猫ってのにかかるらしい。 なんかムカツクから、俺のケイタイにも妙なのを入力した。 バカ犬。 けど、なんとなくしっくりこねぇから、しばらくしてまた入力しなおした。 …これは誰にも見せてやらねぇケド。 |