今日も暑いなぁなんて思って空を見上げると、夏雲が鮮やかな青い色の中に浮かんでいた。
 季節の変わり目なんてのは結構あいまいではっきりしてないから、夏になったコトを知るのはニュースとかじゃなくてこんな瞬間だったりする。
 当たり前に過ぎてく季節だけど、やっぱ変わるとついついもう夏だってそう口に出して言ってしまうから不思議。
 夏なんて暑いだけ。
 けど、だから夏って言うんだよなぁって、呟いてみたりする。
 いつものバイトの帰り道、いつものようにマンションに向かって歩きながら、俺は片手にビニール袋持って歩いてた。
 俺が買うのは一人分じゃなくて二人分だから、その分だけ重いんだけど、その重さがなんとなくもう一人の存在をカンジさせてくれる。
 もしかしたら俺は、その重さがあるからこうやってマンションに向かって歩いてるのかもしれない。
 
 時任があの部屋で待ってくれてるから…。

 待ってくれてるヒトがいなきゃ帰れないってワケじゃないけど、なぜか時任だけはトクベツだった。
 なんでかって、考えるヒマなんかまるでないくらいトクベツ。
 だから、時任のいるあの部屋は俺にとってトクベツな場所になった。

 「そういえば、アイスが切れてたっけ…」

 そんなコトを言いながらむっとする熱気が立ち昇ってる道を歩いてると、その途中にやけに綺麗な黄色が見えた。
 その黄色は、焼けるような陽射しの影で揺れている。
 眩しい黄色に思わず目を細めると、
 「いらっしゃいませ、どれにいたしましょうか?」
と、言う声が横から聞こえてきた。
 花屋の店先に置いてあるヒマワリの前で俺が立ち止まっていたから、店員が出て来たらしい。
 ホントは買うつもりなんてなかったケド、今日があんまり暑くて、スゴク空が青かったから、俺は思わず黄色いヒマワリを指差した。

 「このヒマワリください」



 黄色い黄色いヒマワリを持ってマンションに戻ると、時任がかなり涼しそうな格好で玄関のドアを開けてくれた。
 「おかえり、久保ちゃん」
 「ただいま」
 低い温度でクーラーかけてるのに薄着してると風邪引くって言っても、時任は暑いの一点張り。
 俺より体温高いからかもしれないけど、風邪引いてほしくないから着ててほしい。
 タンクトップと短パン。
 夏らしいし、カワイイっていうのはいいんだけどね。
 「久保ちゃん、なんでヒマワリなんか持ってんの?」
 リビングに移動すると、時任が左手に抱えてるヒマワリを指差してそう言った。
 俺が花を持ってるのがかなり意外らしくて、時任の目がちょっと驚いたカンジになってる。
 確かに花を買うなんて、自分でも不思議なんだケド。
 「帰る途中で売ってたから、なんとなくね」
 ホントになんとなく買ったからそう言うと、時任は猫が伸びするみたいな柔らかい動きで伸びをして、俺の方へ右手を差し出した。
 「飾るからかせっ」
 「はいはい」
 「けど、ウチに花瓶なんかあったか?」
 「う〜ん、なかったかも」
 「どうせなら、花瓶も買って来いってのっ」
 「バケツなら物入れの中にあるけど?」
 「バケツじゃかわいそうだろっ。せっかく咲いてんのに」
 時任は食器棚の中をガチャガチャとあさると、ドコかでもらった貰い物の大きいグラスを取り出して、その中に適当な長さに切ったヒマワリを生ける。
 最近売ってるヒマワリは、花の大きさがそんなに大きくないから、これくらいでも十分に入った。
 「ヒマワリってさ。スゴク夏ってカンジするよな?」
 「うん、もう夏だからね」
 グラスに飾った黄色いヒマワリは青い空の下にあるワケじゃなかったけど、やっぱり夏ってカンジがして、俺と時任は二人でじっとそのヒマワリを眺めてた。
 まるで、来ては過ぎていく季節を見送るように…。
 そうやってしばらくヒマワリを眺めてると、ベランダの方から何かチリリンという涼しそうな小さな音が聞こえてくる。
 不思議に思ってベランダの方に目をやると、時任がベランダに走っていって窓をガラッと開けた。
 「なんとなくさ、買って来ちまった」
 そう言って時任が指差したのは、空と似た色をした風鈴だった。
 風に揺られて鳴る音が、スゴク気持ち良く耳に届いてくる。
 俺は時任と同じようにベランダの窓際まで行くと、夏の高い空と風鈴を見てすぅっと息を吐いた。
 「外歩いてたら風鈴の音が聞こえてきて、夏だなぁって思ったらなんとなく…」
 「欲しくなった?」
 「うん」
 俺と同じように時任も今日、夏になったのを知ったらしい。
 二人とも同じ日に夏になったのをカンジてたみたいで、そういう偶然が…。
 同じ場所で同じ季節をカンジてるってコトが、どうしようもなく愛しかった。
 「キレイな音だね?」
 「たくさん音聞いて選んだんだから、当たり前だってのっ」
 風鈴の音と時任の声を聞きながら、さっき生けたヒマワリの方を振り返ると、なぜか椅子の下の辺りにビーチボールが転がってた。
 たぶん時任が物入れから出して来たに違いない。
 スゴク単純発想だけど、やっぱ夏っていえば海だよねぇ?

 「今度、海に行こっか?」

 俺がそう言うと、時任はグラスに生けてあるヒマワリみたいに笑う。
 その笑顔を見た瞬間が、今日の中で一番俺が夏を感じた瞬間だった。

 天気予報や暦も夏を告げるけど、俺らにとってはやっぱり今日からが夏なんだろう。

                            『夏』 2002.7.12更新

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