「久保ちゃん」 「ん〜?」 「やっぱ、なんでもない」 「そう」 さっきから、久保ちゃんが昨日買ってきた本を読んでる。 こういう時は本に集中しちゃってるから、ホントはあんま話しかけたくない。 久保ちゃんの頭の中から俺の存在が消えてるカンジするから…。 けど、別に俺のコト忘れてるんじゃないってそんなのわかってるケド、気のない返事されるとちょっと何かが引っかかった。 「その本おもしれぇの?」 「うん」 「ふーん」 短い会話を時々しながら、俺はさっきから久保ちゃんのコトじ〜っと見てる。 ただなんとなく、じ〜っと…。 けど、こういうコトしてる自分はキライ。 ほんの少しだけそらされてしまった視線が許せないなんて思ってる、ワガママでどうしようもない自分がキライ。 こんなにキライだって思ってんのに、なのに視線をそらせねぇなんて。 たぶん、ただのバカ…。 「時任」 「なに?」 「どしたの?」 「…別にっ」 久保ちゃんと俺の距離はこんなに近くて、こんなに遠い。 手を伸ばせば届くのに、手を伸ばすと届かない。 そんな奇妙なカンジがして…。 時々どうしようもなく、胸が痛くなる。 こんなのはただの錯覚だって、言い切れないのはなんでだろう? 「何考えてるの?」 「別に何も」 「何もないってカンジじゃないけど?」 「気のせいだろっ」 時任がさっきから、じっと俺のコト見てる。 何か考え事してるのは、ボウッとしている顔を見れば一目瞭然だった。 時任は俺のコト見てるようで見てない。 視界にはうつっていても、瞳にはうつっていないような気がした。 「気のせいなら、なんでそんな顔してんの?」 「フツーの顔じゃんっ」 「なんか痛そうに見えるけど?」 「・・・・・・・」 時任は俺が感じられない何かをいつも感じ取ってる。 だから俺は、そういうのが感じられない分だけ時任を感じてるんだと思う。 無意識に時任の瞳が見る先だけを追ってる自分。 それを自然だと感じてる自分に苦笑してたりするけど、それをやめられるはずなんかなかった。 それが俺にとっての全部だったから…。 「こっちにおいでよ、時任」 「イヤだ」 「どしても?」 「イヤ」 イヤだって言われても、拒まれても、俺は時任に向かって手を伸ばし続けるしかない。 たとえココロが想いが、なにもかもがすれ違っていても…。 その瞳に俺がうつっていなくても…。 俺は時任が座っている場所まで歩いて行くと、嫌がって暴れる時任を強引に抱きしめた。 どこにも行かないように、どこへも行けないように。 そしたら時任は、暴れるのをやめて俺の背中に手を回してきた。 「久保ちゃん」 「なに?」 「俺がいなくなったらどうすんの?」 「別にどうもしないよ?」 久保ちゃんが腕を伸ばして抱きしめてくれてるのに、なんか寒い。 あんまり寒いから、そばに落ちてる毛布の方がいいもなんて思ったりする。 けど、そう思うと胸の奥がズキンと痛んだ。 「…俺も久保ちゃんがいなくなっても、どうもしねぇから」 ほとんどなくなりかけてる気力をかき集めて、震えながら強がりなんて言ってみる。 けど、ますますココロと身体が冷たくなっただけだった。 俺、もしかしたら凍え死ぬかも…。 寒さをごまかすために毛布を拾おうかなんて思ってると、久保ちゃんがキスしてきた。キスする気分じゃなかったからそっぽを向くと、久保ちゃんの唇が俺の髪に触れる。 なんとなく、唇が触れた部分から痛みが襲ってくるような気がした。 「時任が俺を置いて、ここからいなくなっても…」 「・・・・・・・」 「どこまででも追いかけてくから」 「…久保ちゃん」 「逃げていいよ?」 逃げていいよって言われても、逃げられるはずなんかなかった。 もう手遅れなくらい捕まってるから。 自分から捕まってしまったから…。 「久保ちゃんが逃げたら、俺がどこまででも追いかけてくから…。だから覚悟しろよっ」 腕を伸ばし合って、抱きしめ合って、キスし合って。 捕まってしまったのはどっちかなんて、そんなのはわかんないけど…。 もう絶対に離れられないことだけが確かだった。 |