夏が近くなると、一日中エアコンかかった部屋にいたりとかして、体の関節が痛くなったりとか時々しちまうんだよなぁ。
 冷房病にならないようにとかって、たまに久保ちゃんがエアコン止めようとすんだけど、やっぱ止められっと暑いからついついつけちまう。
 けど、エアコンガンガンかけながらゲームしてたら、夜になって一人でベランダに出てた久保ちゃんがベランダから俺のこと呼んだ。

 「ちょっとこっちにおいでよ、時任」
 「イヤだ」
 「なんで?」
 「暑いからっ」
 「そんなことないよ?」
 「・・・・・・・」
 「時任?」
 「・・・・・・」

 エアコン止めさせようとしてんだって思ってムシってたけど、そしたら久保ちゃんがベランダから戻ってきて、ゲームのリセットボタンを押しやがったっ!
 げっ、コレって一時間くらいセーブしてねぇじゃんかっ!!

 「なにすんだよっ!!」
 「ムシするからでしょ?」
 「うっ…、でもだからって消すことねぇじゃんっ」
 「ゲーム画面見てるよか、いいもの見せてあげるからさ」
 「いいものってなんだよ?」

 俺がそう聞くと、久保ちゃんはゆっくり微笑んでベランダに出て行った。
 なんなんだよっ、一体!
 良くわかんねぇケド…、行くしかねぇってカンジ。
 行かなきゃ引っ張って連れてかれるような気ぃするし…。

 「しょうもなかったら許さねぇからなっ」

 そう言いつつ俺がベランダに出ると、久保ちゃんが壁に寄りかかったまま何かを指差した。
 なんだろ?
 暗くて良く見えねぇし…。

 「そのままじっと見ててごらんよ」
 「このまま?」
 「うん、そのまま」

 なんて言われて、バカみたいにじいっと久保ちゃんが指差してた先見てたら、そこの部分がぽぉっと光った。
 その光は電気とかそういうのじゃなくて、なんか不思議なカンジ。
 小さな光が、ついたり消えたりをゆっくり繰り返してる。
 まるで何か信号を送るみたいに…。
 
 「なにコレ?」
 「蛍」
 「蛍って虫の?」
 「そう、その蛍」

 蛍ならテレビで見たことあるけど、確かもっといっぱい飛んでたような気ぃする。
 けど、この蛍は一匹だけだった。
 …もしかして、はぐれちまったのかなぁ、コイツ。

 「蛍って普通こんなトコにはいねぇよな」
 「なんでか知らないけど、どっかから飛んできたんだろうねぇ」
 「たった一匹で?」
 「たぶんね」

 俺と久保ちゃんはそんな風にぽつりぽつり会話しながら、蛍を見てた。
 下から聞こえる街の音をなんとなく聞きながら…。
 そうやってしばらく見てたけど、蛍が一匹で光ってんの見てたらなんか…。
 ちょっとだけ寂しいカンジがした。
 
 「キレイだけどさ」
 「うん?」
 「あと、もう一匹くらいいたらいいよな」
 「一匹でもじゅうぶんキレイだと思うけど?」
 「…たしかにそうかもしんないけど、二匹でいた方が寂しくねぇじゃん」

 俺がそう言うと、久保ちゃんは両手で包み込むみたいにして蛍を捕まえた。
 すると、ぽおっと久保ちゃんの手の中の蛍が光る。
 その光は、なんとなくあったかく見えた。

 「どうすんの?その蛍」
 「こうすんの」

 そう言って久保ちゃんがベランダの枠に腕を乗せて手のひらをゆっくり開くと、そこから蛍がふわっと飛び立つ。その様子があんまりキレイすぎたから、俺はなんとなく目の辺りが痛くなって蛍のコト見守るみたいに見てる久保ちゃんの背中に抱きついた。

 「どしたの?」
 「…別に」
 「蛍は一週間で死ぬからさ」
 「・・・・・・・」
 「その前に会えるといいね、もう一匹に」
 「うん」

 蛍はユラユラと飛んでたけど、やがて街の明かりに紛れて見えなくなった。
 俺と久保ちゃんはじっと蛍が消えた街の明かりをしばらくの間、じっと見つめていた。

                            『夕涼み』 2002.6.21更新

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