トントントン…。

 さっきから久保ちゃんが晩メシ作ってる音がする。
 前はわかんなかったケド、今はちゃんとわかんだよなぁ。
 あの材料で作んのがカレーだってコトがっ!!
 はぁぁぁ…。
 作ってもらってっからあんま文句は言えねぇけどさぁ。
 
 「久保ちゃん、あとどんくらいでできる?」
 「う〜ん、30分くらい?」
 「…ふーん」
 
 なんか腹減ってきた。
 カレーでもなんでもいいから、早く食いてぇ気分。
 けど、それにしてもホント久保ちゃんて黙々とつくるよなぁ、カレー。
 まあ、作って楽しいってモンじゃねぇだろうけどさ。
 あ、タマネギ切ってる。
 ・・・・・・・・・・・・・・・。

 「…なぁ」
 「ん〜?」
 「なんでタマネギ切ってんのに、涙でねぇの?」
 「切ったら出なきゃなんないってコトないでしょ?」
 「それはそうかもしんないけど…」

 確かにタマネギ切った全員が涙が出るってんじゃないだろうけど、ほんっとに平気な顔して切ってるからなんか不思議。
 もしかして、結構平気だったりとか?
 なんとなく興味本位で、久保ちゃんに近寄ってタマネギ切ってる手元を覗き込んで見る。
 
 うっ、うわっ…、目がっ!!!

 「く、久保ちゃんっ!目が痛てぇ〜〜!!!」
 「あ〜あ、何やってんだかねぇ」
 「うううっ…、涙が止まんねぇよ…」
 「しょうがないなぁ。ほらっ、しっかり手ぇ洗って、次に顔洗いなさい」

 バシャバシャ…、バシャ…。

 「…全然っ、ダメじゃんっ」

 久保ちゃんの言った通りにしたけど、全然治んない。
 痛くて痛くて、目ぇ開けてらんねぇっ!!
 やるんじゃなかった!!って、後悔しても遅いか…。

 「ちょっとだけでこんななのに、なんで久保ちゃんは平気なんだよっ!」
 「なんでだろうなぁ?」
 「…久保ちゃんも泣け」
 「そう言われてもねぇ」
 
 そーいえば、久保ちゃんの泣いたトコって見たことないよなぁ。
 アクビで涙溜めてんのは見たことあるけど。
 なんかちょっとだけ…、気になるかなぁ…。
 良くわかんないケド…。

 「料理する気あるなら、料理用の眼鏡買ってあげようか?」
 「料理用って?」
 「タマネギ切っても涙でないように、目を防護するヤツ」
 「絶対いらねぇ」
 「そう?残念」
 「そんなことよりさ。ちょっと聞いてみたいんだけど…」
 「なに?」
 「…久保ちゃんて泣いたことねぇの?」
 「なんで?」
 「あ、いや、なんとなく…」
 
 久保ちゃんは泣いたことがあるかどうかは答えてくんなかったけど、タマネギの次に切る予定のジャガイモをむきながら、

 「俺が泣くコトあるとしたら、たぶん泣かすのは時任だろうなぁ…」

って、呟くみたいに言った。
 なんで俺が久保ちゃん泣かすのかはわかんないけど。
 いつか久保ちゃんがしてくれたみたいに、今度は俺が久保ちゃんのコト抱きしめようって思う。

 泣くなって言うんじゃなくて、泣いていいからって…。

                            『タマネギ』 2002.6.13更新

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