寒い時は出ないケド、こういう暑い日とかは夜になるとベランダに出てみたりする。昼は暑くて嫌だけど、夜は涼しくて気持ちいい。 空に星とか月とか出てんの見るのも好きだし、そういうの見る時はマンションの最上階でよかったなんて思ったりもする。 俺がいつもみたく夜空を見上げると、今日は月がまんまるかった。 あっ、コレってカンペキな満月だよなっ。 全然欠けてねぇしさ。 キレイじゃん、スゴク…。 「なぁ、久保ちゃん〜」 キレイな月を久保ちゃんに見せたくて、俺は部屋ん中にいる久保ちゃんを呼んだのに、なんでかしんねぇけど返事がない。 どうしてかって思ってベランダから部屋に戻ってみると、久保ちゃんが椅子に座ってぼ〜っと天井見上げてセッタ吹かしてた。 なんでなんにもしてねぇのに、返事してくんないんだろ? なんか、俺のコトなんか忘れたみたいな顔しちゃってさ。 何考えてんの? 久保ちゃん。 驚かすとかそういうんじゃないけど、そおっと久保ちゃんに近づいて、俺は後ろから久保ちゃんの背中に抱きついた。 そしたら久保ちゃんは、天井を見上げたまま、 「どしたの?」 って言った。 …俺が来たの知ってて。 それでも知らないフリするみたいに、なんで天井なんか見てんの? 「久保ちゃん」 「ん〜?」 「もし、俺がさ」 「うん」 「久保ちゃんのコト忘れたらどうする?」 久保ちゃんのコトためすみたいに俺がそう言ったら、久保ちゃんはセッタを灰皿でもみ消して、俺の腕に手を乗せてきた。 硬くて骨ばってて、冷たい…。 久保ちゃんの手は好きだけど、時々本当に冷たいって思うコトがある。 今もちょうどそんなカンジ…。 そういう時は、俺の体温まで低くなって冷たくなって行くような気ぃする。 「時任は俺のコト忘れたいの?」 「…忘れたくない」 「だったらなんでそんなこと言うの?」 「だってさ」 「だって?」 「忘れないなんて保証、どこにもないじゃんっ。俺は一回、全部忘れちゃったワケだし、これから先とかに、同じことないって言えないし…」 「時任」 「そしたらさ。昨日のコトも今こうやってんのも、今までのコトも全部忘れんだぜ、きっと。そんで、全部全部なかったコトになってさ。何にも無くなる…」 なんでそんなこと言っちゃったのかわかんないケド、それ言ったら、胸ん中に穴が開いたみたいで、そこから何かがこぼれ出したみたいなカンジした。 冷たい冷たい何かが…。 その冷たさをカンジてると恐い。 ホントに何もかもなくなっちまいそうで…。 すごく怖いんだ、久保ちゃん。 「…時任」 しばらく久保ちゃんの背中にしがみ付いてると、久保ちゃんが俺のコト呼んだ。 だからいつもみたいに、「なに?」って返事したのに、その声が自分でもびっくりするくらい冷たかった。 どうしちまったんだろ?なんかおかしい。 早くなんでもないって言わなきゃいけないのに、声が出ない。 どうしようって俺が思ってると、久保ちゃんが腕を伸ばしてきて、俺の頭を撫でた。 「忘れてもいいし、思い出さなくてもいいよ、時任」 「・・・・・・」 「心配しなくてもいいから」 久保ちゃん、ソレって全部なくなってもいいって意味? そうなっても平気だって思ってんの? だったら…、だったらさ。 いなくなっても平気ってことだろ? そう思ったら、もっともっと胸ん中が冷たく重くなってきて、それがたまらなくて…。 俺は久保ちゃんから離れようとした。 けど、久保ちゃんは俺の腕をつかんで、離れさせてくんなかった。 いらないなら、ほっといてくれればいいのにって思ったケド、そう思った瞬間急に腕が引っ張られて、俺は久保ちゃんの腕の中に収まった。 「離れるなんて、そんなことはさせないよ」 「・・・・・」 「忘れても、思い出せなくなっても…。忘れた分だけ、思い出せない分だけ抱きしめててあげる。昨日のコト忘れても、昨日の分も今日抱きしめてあげるから」 「…久保ちゃん」 「だから、月になんて惑わされないで俺のコト見つめててよ、時任」 「じゃあさ」 「うん?」 「俺のコト忘れたりすんな。俺が久保ちゃんのコト忘れても、久保ちゃんは俺のコト忘れんなよ。そうじゃないとさ、ホントに全部なくなっちゃうじゃん…」 「わかった。約束するから」 「やぶんなよ、絶対」 「うん」 約束だから守らなくちゃとか、約束はやぶっちゃいけないとか。 そういうのを思った時点で、約束の意味なんかないのかもしんない。 その時のキモチと想いで指きりしたのに、ただの義務になっちゃった気がするから…。 けど、約束なんて忘れちゃっても、そうしたことをたとえ忘れても。 その時のキモチと想いがココロにあるなら、きっと約束は守られたりするじゃねぇかと思う。 約束は指じゃなくて、ココロでするもんだから…。 だから、ココロとココロで約束しよう? |