「6月6日はロールケーキの日…って、そう書いてあるし、マジでか?」 そう俺が一人呟いた現在の時刻は、およそ午後三時くらい。 ちゃんと昼メシは食ったけど、ちょっち小腹減る時間帯ってヤツで、やってたゲームを放り投げてウチの前にあるコンビニへ直行。そんでもって、なんかウマそーなのねぇかなぁって、店内をブラブラしてたら、デザートんトコに新発売のロールケーキを発見した直後だった。 新発売好きな誰かさんのせいで、すぐにこういうのを目がいっちまうんだよな。 そんでもって、一人で来てんのにウマそうだし新発売じゃんって思わず、なぁ…となんとか何も無い空間に向かって話しかけちまったのは、ぜぇぇぇったい!俺だけのヒミツだ。 ハッと気づいて周囲を見回してみたけど、誰も見てないし聞いてなかったしっ。 ふぅ…、けど、マジでヤバかったよなっっ。 隣に誰かいたら、俺ってヘンなヤツ確定じゃん! あぶねぇあぶねぇっと、額の流れてもいない汗を拭いつつ、改めて値札に書かれた文字を見ると、やっぱロールケーキ日って書いてあった。 「ま、ロールケーキの日だからってワケじゃねぇけど、ウマそうだし買って帰っかな…」 だけど、そう思ったのもつかの間、俺が手を伸ばすよりも早く先に伸びてきた手がっ、四つあったロールケーキの内の三つをさらっていきやがったぁぁぁっ! 俺のロールケーキにナニしやがんだっ、このコンチクショウ! ロールケーキの日っていうのは、たった今から俺様のためにあんだよっ!…てのはウソだけど、そんなカンジにどんなにココロん中でに叫んでも後の祭り。連れ去られたロールケーキは、二度と戻って来ない。 「……一つだと、久保ちゃんのがねぇじゃん」 そう言いながら残された一つを前に、うーんと唸る。 久保ちゃんはバイトに出かけてて、今はいねぇけどさ。 ウマそうだし新発売だし、なぁんか一つだけってのは悩むんだよなぁ。 だけど、たぶん売り切れても夕方くらいの便で、また入ってくるだろうし…、 どうせ今日も帰ってくんのは早くても夜中とかだろうし…、 まっ、しゃあねぇ、また夕方ごろ買いにくっかってコトで、ちょっち悩んだけど、そうだ、そうしようって問題は無事解決。そうと決まれば、先に味見味見っと…ってなカンジで、ロールケーキを一つ掴んでレジに向かった。 だーけーどっ!マンションに帰ってリビングに入ると…、 そこに…、そこには…っっ!!!! くぼちゃんがいたぁぁぁぁぁっ!!!!!!! 「あ、いないと思ったら、やっぱコンビニ行ってたんだ?」 「お、おう、ちょっち小腹空いてさっていうか、そう言う久保ちゃんは、いつ帰ったんだよ?」 「ん〜、ついさっき。今日は思ったより、早くバイト片付いたから」 「そっか…、ふーん…」 マズイっっ、油断しまくっててコンビニ袋見られたっっ! じゃなくってっ、正直にホントのコト言えばいいだけだろ! 夕方には、た、たぶんだけど、また入るかもだし。そん時に買ってくりゃいいだけじゃんかっていうか、俺が買ったんだしっ、俺が食って何が悪いってんだっていうかっ。 なんで、ロールケーキ一つで、こんな動揺してんだよっっ、俺! 「なーんかさ、雰囲気的にだけど。今、俺が帰ってきたら都合が悪かったような?」 「そ、そ、そ、そんなワケねぇだろっっ!」 「・・・・・・・」 「く、久保ちゃんが帰って来たら都合悪いとかっ、そんなコトあるワケねぇじゃんっ!」 「・・・・・・・」 「ち、違うって言ってんだろっっ!」 「…って、思いっきり動揺しつつ言われても、ねぇ?」 そう久保ちゃんに言われて、コンビニ袋を握る俺の手に汗が滲む。なんだかワケわかんねぇけど、思いっきり悪い方向にイってるような気がすんのはなんでだろう。 おそるべしっ、ロールケーキの日! くるくる巻いてあんのは伊達じゃねぇぇ! って、自分でそうココロん中で叫んでても意味わかんねえけど、久保ちゃんの目がちょっちすわってるみたいな気ぃすんのは気のせいじゃない…、よな? そんでもって、目ぇすわらせたまま、こっちに近づいてくんのも気のせい……、じゃないぃぃぃっ! ぎゃあぁぁぁーーーっ! 「ねぇ…、なんで隠したの?」 「か、隠すって何を?」 「手に持ってたコンビニ袋…、今、背中に隠したよね?」 「そ、それはベツに意味はねぇっていうか、反射的にっていうか。中に入ってんの、ただのロールケーキだしっ。ほらっ、見ろよコレ!」 このままだとマズいっ、なんかわかんねぇけどマズいっっ! ぐるぐる巻いてんのはロールケーキだけど、今、俺と久保ちゃんの間に何かがぐるぐる渦巻きかけた気がして、慌てて隠した袋を出して広げて中身を見せる。けど、久保ちゃんは中身を見ずに、さっさと元居たリビングのソファーに戻ってった。 「…って、おいっっ!見せたんだから見てけよ!」 「あぁ、うん…。けど、見る前に中身はロールケーキって、お前言ったし」 「言ったけど、中身は違うかもしんねぇじゃんっ」 「違うの?」 「ち、違わねぇけど…」 「じゃ、問題無いデショ?」 中身は俺が言った通りのロールケーキ。 だけど、俺は問題無いって言った久保ちゃんに、うがぁぁっと叫んで暴れ出したいような衝動に駆られるっっ。確かに中に入ってんのは俺が言った通りのモンでウソじゃねぇし、ウソをつく必要もねぇんだけどっ、問題はソコじゃねぇっつーのっっ!! 「だーかーらっ、問題は無いんじゃなくて、大アリでっ。確かに中身はロールケーキだけど、一本じゃなくて切ったヤツで、しかも一つしか入ってねぇんだって!」 自分で何熱くなってんだか意味不明だけど、予期せぬ久保ちゃんのリビング出現で、喉の奥に詰まってたカンジの言葉を吐き出す。そして、うっしゃーっ言ってやったぞ!…ってな具合にコンビ袋を握った手を、久保ちゃんの方に向かって突き出した。 でも、そんな俺を眺めてた久保ちゃんは、ん〜?と小さく首を傾げただけで反応はいまいち。なんか俺ばっか熱くなってて、また叫び出したい気分になってきたぁぁっ! 「……言っとくけど、久保ちゃんのはねぇぞ」 「うん」 「ほんっとーにねぇぞ?」 「うん」 「一口くれって言ってもやんねぇぞ」 「うん、いいよ。欲しければ、自分で買って来るし」 「・・・・・・・っ」 ぐあぁぁぁっっ、マジでなんなんだっ、このキモチっっ! 久保ちゃんは自分で買ってくるっつってるし、それでいいじゃんっ!一人で食っちまえよって俺の中で誰かが囁いてるような気がすっけど、何か一人で食うのがイヤでたまんなくてっ。 ホントは二つ買ってきたかったのにって、なんかモヤモヤしちまってっっ! くそぉぉぉって突き出した拳を下におろした俺は、ロールケーキを前にある決意をした。 その決意を果たすために、まずキッチンにある棚から皿を二枚出す。そして、俺の中でぐるぐるしてんのか、それとも俺と久保ちゃんの間でぐるぐるしてんのかわかんねぇモンを、ブッた切るようにロールケーキを包丁を真っ二つに切ってやった! ふふん…、ざまぁみろ。 一つを真っ二つにしたせいで小さくなっちまったけど、満足満足ってカンジに腰に両手を当てて胸を張る。そうしてから、真っ二つなロールケーキを乗せた皿にフォークを乗せて、メシ食ってるテーブルに運んだ。 テーブルに置いた二つの皿を見て、やっぱこうでなきゃなってうなづいた俺は自分の席についてフォークを握りしめる。すると、ソファーにいる久保ちゃんがこっち見たから、こっち来いよって軽く手招きした。 「一口もくれないんじゃなかったっけ?」 俺に手招かれてテーブルんとこに来た久保ちゃんは、そう言って小さく笑って真っ二つのロールケーキを指差す。 た、確かにそう言ったのは事実で思わず、うっと言葉に詰まっちまったけど、ぐるぐるをせっかく真っ二つに…って、まぁ、実際に真っ二つにしたのはロールケーキなんだけどさ。 もうぐるぐるすんのは嫌だし、カオを見られたくなくてそっぽは向いちまったけど、さっきコンビニであったコトを正直に久保ちゃんに話した。 「あのさ…、何でなのかはわかんねぇけど、今日はロールケーキの日だって、コンビニ行ったら書いてあってさ」 「あぁ、それでコレ」 「うん、まぁそれもあるけど、ウマそうだったからってのもあるし…、新発売だったし。でも、俺が買う前に先に買われちまって、一つしか残ってなくてさ」 「もしかしなくても、俺の分も買ってきてくれるつもりだった?」 「……新発売だし、仕方ねぇからな」 俺がそう言いながら、握りしめてたフォークをロールケーキに突き刺すと…、 一度離れたはずの久保ちゃんの手が、俺の頭をガシガシと乱暴に撫でる。 それから、いつも座ってる自分の席に座って、俺と同じようにフォークを手に取った。 「ま、とりあえず浮気じゃなかったみたいだし?俺的には半分で充分だけど? 」 「…って、半分で良いかどうかはともかくとして、う、浮気ってっっ!」 「浮気はジョウダン」 「ぶっ!」 「だけど、知らないヒトから、モノは貰わないように」 「俺は小学生のガキかよっ」 ロールケーキは白い生クリームがいっぱい入ってるし、ぐるぐる巻いてあるスポンジもしっとりしててウマい。だから、真っ二つのしたコトは後悔してねぇけど、ちょっちこれだけじゃ物足りねぇ。 つーわけで最初っからそのつもりだったし、夕方になったら買いに行くか…、 とか考えてっと、すでにロールケーキを食い終えた久保ちゃんと目が合った。 「そーいや、ちょうどタバコ切れてたし…」 「だったら、夕方で良いなら、俺が買ってくっけど?」 「夕方ってコトは、もしかしてロールケーキのついでだったり?」 「とか言ってるってコトは、久保ちゃんも?」 「俺はタバコのついで。ウマかったし、半分じゃ物足りないなぁって」 「右に同じ…けど、晩飯食うし一個は多いかも」 「なら、今度も半分?」 久保ちゃんにそう言われて、ん?…と最後の一口を食べつつ首をかしげる。 今、半分食って、また買ってきて半分食って、ソレって何かヘンだよな? けど、何かヘンだけど、楽しいカンジだったりもして…、 また、こんな風にロールケーキ半分にして向かい合って食ってる俺ら想像したら、思わずぶって吹き出しちまった。 「なに笑ってんの?」 「ぶくく…っ、だってさ」 「うん?」 「二回も買ってきて、二回とも半分とかってさ。なんか変だけど、俺ららしいかもって」 ぐるぐるしてたロールケーキの一つ目は真っ二つで、すでに俺らの腹の中。 そして、二つ目のぐるぐるも真っ二つで、きっと俺らの腹の中。 だったら、さっきみたいにロールケーキだけじゃなくて、他にぐるぐるしてるモンとかあったら、真っ二つにして二人で食っちまったらいいんじゃねぇかって…、 そしたら、こんな風に…さ、ずっと向かい合ってられんじゃねぇかって気がして…、 だけど、何もかもが全部真っ二つに出来るようなモンじゃないってのも、ちゃんとわかってる。俺は俺で久保ちゃんは久保ちゃんだから、ぐるぐるしてても真っ二つに出来なくて、一人で飲み込んじまうコトだってあるんだ。 そう思ってみた俺の右手には、黒い皮手袋。 だけど、それでも俺は…、俺の言葉にうんそうねと微笑みながらうなづいてくれた久保ちゃんと、これからもずっとずっとテーブルを囲んでたい。それに楽しいコトも哀しいコトも、つらいコトも痛いコトもぜんぶ真っ二つってワケじゃなくても…、 こっそり端を齧るくらいは一緒に居れば出来るだろって…、そう思うから…。 「そんじゃ、夕方は入荷した頃にコンビニ行きだな」 「それって、どっちかじゃなくて二人で?」 「当然!」 「だぁね」 本日は6月6日。 6がぐるぐる巻いてるみたいに見えるから、ロールケーキの日。 なのに、俺らは真っ二つにする予定のロールケーキを買いに行く。 それは、やっぱなんかヘンだったけど、久保ちゃんをこっそり齧ろうとしてる俺と、俺をこっそり齧ってくれてる気のする久保ちゃんとっては、限りなくフツーで俺ららしいコトだった。 |
『6月6日』 2013.6.15 短編TOP |