「・・・・・・・・コレって、事件なのかなぁ?


 なんとなーく、そう思った夕暮れ時のリビング。
 我が家の王子サマ、ご所望のガリガリ君の入ったスーパーの袋を手に、それらしく、俺は右手で顎を撫でつつ唸った。
 この現場…、つまりリビングに足を踏み入れたのは、ほんの三分前。
 しかも、玄関のドアの前で、チャイムを散々鳴らした後…なんだけどね。
 いつものように、カギ持ってるクセにって怒鳴られる予定が狂って、さすがに飽きれて開けてくんなくなったのかなぁとか思ってたのに誰もいないし。
 確か玄関にスニーカーがあったはずなのに、ヘンだなぁ…。
 リビングは寒いくらいの温度でエアコンは付いたまま、ゲーム機の前には毛布が脱皮状態で放置されてる。触ってみると、そこには王子サマ、もといウチの猫の体温が残ってた。
 うん、ココまでは猫が居ない以外に異常ナシ…かと思いきや、床の一部にダイイングメッセージ?とは限らないけど、そんなモノが自然に俺の視界に入る。自然に視界に入ったのに、不自然なソレは床に流れ出し模様を作っていた。

 ミルキーウェイ…?

 猫が置いていたと思われるコップが倒れ、中から白濁した液が流れ出している。
 きっと、猫が飲んでいたと思われる白濁。
 それが描く模様は、まさにミルキーウェイ…、天の川だった。
 けれど、とっくの昔に関係がありそうな七夕は終わってる。
 ってコトは、一体、何のメッセージなのかなぁ、コレ。
 やっぱ、ただコップ倒してこぼしただけ?…と思わなくもないけど、普通こぼしたら拭くよね。なのに、拭かずに放置って、なんのメッセージなのかプレイなのか…、
 俺はじーっと、こぼれ出した猫の…、時任の白濁を見つめる。
 すると、その時任の白濁が…、天の川以外の何かのカタチに…」

 「見えてくるわきゃねぇだろうっっ、このヘンタイ探偵が---っっ!!!!!!」

 「すぱこーん…。
 そんな勢いで頭に衝撃を覚えた俺は、ゆっくりと視線を時任の白濁から背後へと移す。すると、そこには若干顔色の悪い時任が、どこから現れたのか、しゃーっと毛を逆立てながらスリッパを握りしめて立っていた」
 「いちいちっ、状況解説すんなっ!つかっ、お前がいんのは、リビングじゃなくてトイレの前だろっっ!」
 「…って、さっきからヘンタイ探偵の棒読みが、全部、聞こえてんだよっ!!つか、白濁とか言わずに素直に牛乳って言えっ!!!すんげぇっっ、紛らわしいだろっっ!!」
 「紛らわしいって、何が?」
 「とぼけんなっっ!! さっき、思いっきり意識して、俺の…とか言ってたよな!?」
 「そーだったっけ?」
 「・・・もしかして、このクソ暑い日に、スーパーにしか売ってないガリガリ君頼んだの根に持っての犯行か?」
 「いやだなぁ、たとえケータイにかかってきた通話が、ガリガリ君買ってこい…だけでブチ切れても、根になんて持つはずないデショ?」

 「ウソつくなっっ、思いっきり持ってんじゃねぇかっっ!!!!!」

 実は今、俺が立ってるのは、時任が言った通りリビングじゃなくてトイレの前。
 …ってワケで、リビングの白濁を見たのは、トイレの来る前のハナシ。
 スニーカーあってリビングに居なくても、マンションの部屋が急に広くなったり迷路になったりするワケじゃなし、探す場所なんてのは限られてる。探偵じゃなくても、寝室開けてバスルーム開けて、トイレ見れば猫の捜索は終了。
 ドアをノックせずに前でしゃべってると、自然に出てきて捕獲…なはずが、開かれたドアは半開きで猫は完全には出て来ない。頭の中にリビングの状況を思い浮かべながら、俺はアレ…と小さく首をかしげた。

 「もしかしなくても、トイレに籠ってたのって腹痛? 正露丸いる?」
 「うぅ…、正露丸なら、さっき飲んだ」
 「拾い食い」
 「してねぇしっ、そんなんするかっ!!」
 「あっそう…」
 「くそっ、飲んでたのも賞味期限切れてねぇのになんでだっっ」
 「・・・・・・・」

 拾い食いはしてない…。
 そして、床に流れ出した白濁が描くのはミルキーウェイ。
 この状況からわかるコトは、時任がゲームしながら白いのを飲んでたってコト。
 けど、賞味期限は切れていない、それは傍にあったポテチもオナジ。
 なら、一体何が…?そこまで考えた俺は、ある出来事を思い出して左の手のひらを右手の拳でポンッと叩いた。

 「犯人はお前だ…っていうかアレだよね、たぶん」
 「アレ?」
 「白いの」
 「し、し、白いのとか言うなつってんだろっ!」
 「そう言われても、どう考えても犯人って黒じゃなくって白だし?…で、牛乳は確かに賞味期限は切れてなかったけどね。お前、昨日の夜に出しっぱなしにしてたデショ? 気づいて俺が冷蔵庫入れたけど、手遅れだったのかなぁ? ついでに飲んでれば良かったね…、アレも…。そしたら、腹痛になんてならなかったのに…」

 俺がそう言うと何かを思い出したのか、時任の顔が耳まで真っ赤になる。
 そんな時任の顔を眺めながら、事件?を解決したフリをした俺は賞味期限じゃなくて、買い忘れて切れちゃって、うっかりやっちゃって眠ってる間に気づかれずに処分しきれなかった事実を、白い犯人を笑みを浮かべて隠ぺいした。
 
 「腹痛が治ったら、ガリガリ君、好きなだけ何箱でも買ってあげる。おまけに欲しがってたゲームも、ね」
 「そんなにいらねぇっつーか、急にどうしたんだよ?」
 「腰、さすってあげよっか?」
 「痛いのは腰じゃなくて、腹…っだけど、そう言われるとちょっち腰が…」
 「好きだよ、時任」
 「ば、バカ…っ!!いきなり何言ってんだよっ!」
 「うん、バカだけど、好きだよ」
 「・・・・・っっ!」
 
 探偵気取りのミスディレクション…。
 白さに付け込んだ誤誘導、ミスリード。
 時任が真っ赤な顔でバカバカ言うのを聞きながら、やっぱ俺って探偵よりも犯人向きだなぁ…と笑う。そうして、再びトイレに籠ってしまった時任にゴメンね…と心の中で詫びながら、二度としないと拒絶されたくない俺は、リビングに戻ってミルキーウェイを片付けた後、キッチンの冷蔵庫の中から取り出した白濁を流し台ではなく…、

 自分の胃の中に流し込んで、完全犯罪を成し遂げた。
 
                                   『ミスディレクション』 2011.8.21

ま、また、つい出来心でっっ(; ̄Д ̄)すいません、すいませんっっ。
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