・・・・・時は止まらずに過ぎていく。 けど、時は目に見えない。 なのに、目に見えないのに名づけられたソレは、けれど確実にあって…、 時計というモノを通して計らなくても、例えば日が昇っては落ちていくのを見るように、波が打ち寄せては引いていくのを眺めるように…、 吹き渡る風が髪を撫でていくのを感じるように、いつも誰もが感じている。 意識してても意識していなくても、誰もが止まらないコトを知っている。 だから、俺も当然のように知っていた。 誰から聞いたのか、どこで知ったのかわからないままに…、いつの間にか。 どうしてと疑問すら持たずに、そうだとわかっていた。 「いつもはコタツで丸くなってそうなネコなのに、ねぇ?」 そう呟いた俺の視線の先で、時任が波と遊んでる。 遊んでるって言っても冬だから、寄せてくる波を追いかけたり逃げたりを繰り返してるだけ。冷たい潮風に吹かれながら、もうどれくらいになるだろう…、そうしてる。 そして、俺はセッタくわえて、コートのポケットに両手突っ込みながら、そんな時任を飽きもせずに眺めていた。 ゆっくりと確実に、海に水没していく夕日とその色に染まった海と時任を…。 ココは海だ…、二人で暮らしてるマンションじゃない。 行く予定のなかった海に、俺達はいる。 追われ、追われてたどりついた先が海なんて上出来…と笑ったのは、一体どっちだったのか。二人で踏みしめた砂が、笑うようにサクリサクリと音を立てた。 「うーっ、さっみぃぃっ」 「うん、寒いよね。冬だし海だし」 「だぁぁっ、当然っみたいに言うなよ。余計寒くなるじゃんっ」 「そう言われても、実際、当然なんだけどね」 「エアコンとかヒーターとは言わねぇけど、せめてギブミーホッカイロっ」 「ここらヘンってコンビニあったっけ…っていうか、自販機すら見えないような?」 「海は上出来だけどさ、せめて自販機のあるトコがいいっ」 「っていうか、乗ってきたバイクがエンストしたっきり、エンジンかからなくなったのがココ…、なんだけどね」 「なんか、無いってわかると飲みたくなるよな」 「何を?」 「コーンスープ」 「あー…、コーンが全部出なくて、思わず箸とか棒とかツッコミたくなるアレね。いっそ、パッカンみたいに全部開けたいし、そーいうの作ってくんない?」 「とかって、何で俺に言うんだよっ」 そんな会話を二人で交わす、寒い冬の海。目の前には空と海があって、沈みかけた太陽がたどり着いた場所を、俺らを世界を照らしてる。 闇雲にバイクで走ってたどりついたソコには、コンビニも自販機も何もなくて…、 360度見渡しても、街もビルも家も建物らしきモノは何も見えない。 車もヒトも、何も通りかからない。俺ら以外の誰かの存在を示すモノと言えば、所々に点在する砂浜に漂着した、もしくは捨てられたゴミくらいだ。 だから、ホントならバイク押してガソリンスタンドまで…、 バイク捨てて、どこか民家とか店とかある場所まで…、 沈みかけた夕日を見たら、そういう選択をした方が良いに決まってる。 だけど、俺らは砂浜の砂をサクリサクリと踏んだ。 そして、時任は海へと歩き出した。 死ぬほど、寒いの苦手なクセに…。 そう思わないではないけど、寒い、寒いって言いながらも、楽しそうな時任を見てると…、まぁいいかとセッタをくわえる気になった。 もう誰も追って来ないみたいだし、ベツに急ぐ理由もナシ。ケータイはマンションで留守番中で、バイクも壊れてるけど、セッタとライターはしっかりポケットの中。 さすが俺って、俺サマ時任サマを真似て自画自賛しながら、のんびりセッタをふかす。だけど、のんびり待つ気でそうしたはずなのに、俺はいつの間にか待つコトをやめていた。 ココは冬の海で風も冷たく寒いはずなのに、波と遊ぶ時任を眺めてるうちに、立ち去りたい気分よりも、もう少し眺めていたい気分が大きくなり…、 ため息ではない息を灰色の煙と一緒に長く…、長く吐き出した。 「昇らない太陽も、沈まない太陽も無い…て、当たり前のセリフ吐いて、ナニやってんだか」 いきなり銃弾が飛んできて、すぐ目の前を通り過ぎた時も、時任の手を引っ掴んで走り出した時も、そして、盗んだバイクぶっとばして、追いかけてくるご立派な外車に口笛吹いた時も緊張は微塵も無かったし、そんなモノしてる間もなかったはず…、 なんだけど、息を吐き出すと同時に脱力して、なぜか笑いが込み上げてきた。 ホント、なにやってんだかなぁって、時任を見つめて目を細めた。 そうして、ただひたすら時任を眺め見つめて、夕日が海に沈んでいく…。 のんびりとしているようで、あっという間に過ぎていく時間の中。俺は目に映るすべてのモノが瞼の裏に焼き付いていくような、そんな奇妙な感覚を…、錯覚を覚えた。 きっと、この風景は忘れない…。 なぜだろう…、そんな気がして…。 立ち去るより、ココに居たいのは、きっと波を追い追われる時任を眺めていたいからかもしれないと、ようやく気づいた頃には、夕日は完全に海に水没して、その残り火が水平線をうっすらと柔らかな赤で染めていた。 わずかに残る一線。 それが消えてしまうのも、たぶん、あっという間。 楽しそうに波と遊ぶ時任を見つめるのも、そんな時任とこの海を眺めるのも…、 きっと…、あと少し…。 日が落ちて今より寒くなれば、さすがにココにはいられなくなる。 すると、そう思った瞬間に砂を踏みしめたまま、立ち止まっていた足が自然と波打ち際へと進み歩み、伸ばした腕が冷えた時任のカラダを後ろから抱きしめ包み込んでいた。 「もうじき…、日が沈むよ」 俺がそう言うと時任は水平線に視線をやりながら、そうだな…って言う。 波と遊ぶのジャマしたから、何すんだって少しは抵抗されるかと思ったけど、寒かったせいか腕の中でおとなしくしていた。 俺の腕の中でおとなしく暖を取りながら、わずかに残る一線を見つめる。そして、ポツリと囁くように呟くように…、もうちょっとだけさ、待ってくれればいいのになと言った。 だから、俺はうんとうなづき、うん、そうだね…と言った。 ただ、いつものように沈んでいくだけの夕日、わずかに残る一線…。 それに向けた時任のコトバも、俺の返事もきっと惜しんでいた。 とてもキレイな夕日を、ソレを映しながら打ち寄せる波を…、 波と遊び踏みしめる砂の音を…、今日を今を…、 流れ止まるコトの無い時を、確かに惜しんでいた。 「電池切れで時計止まっても時は過ぎるし、カレンダーをめくらなくったって日付だって変わる。それは当たり前に知ってるけど…、ね」 今度は俺がポツリと囁くように呟き、時任がうんとうなづく。けど、それきり俺も時任も何も言わずに、夕日の一線が消えるまで…、じっと海を眺めていた。 俺は何かを引き止めるように時任を抱きしめながら、時任は何かを見逃すまいとするかのように、じっと海を空をその狭間を見つめながら…。 時が過ぎるのを待つのでもなく、時が過ぎるのに任せるのでもなく…、 時を惜しんで…、冬の海の砂浜をサクリと踏んでいた。 二人でサクリサクリと踏んでいた。 そうして、抱きしめてるウチに、温めてるつもりが温められてるのに気づいた頃。 夕日の名残りを少しも残さず、夜へと変貌した空の下でも…、 ずっと、砂を踏みながら惜しみ続けている自分にも気づいて…、 あぁ、なんだと…、俺は深く長く息を吐いた…。 「もしかしたら、止まらない時が無いみたいに、惜しまない時も・・・、無いのかもね」 時はいくら惜しんでも、ただ過ぎていくだけ…。 けれど、惜しんで初めて時計で計らず、昇り落ちていく日や寄せては引いていく波を眺めなくても、時が流れていくのを感じるようになった。 ただ、君が傍にいる…、それだけでどんな時もいかないでと惜しみ…、 時を君と同じカタチにする。 風が揺らす君の髪、瞬きをする目蓋、見つめる瞳…、俺の名を呼ぶ唇。 過ぎていく時を惜しんで、惜しみ続ける時の中で、いつも君を想わない時はない。 君を想い…、時を惜しみ…、 だから、流れ過ぎていく時を閉じ込めるように、君を強く抱きしめて…、 傍に居るよ…、ずっと居るよと君の耳に囁いて…、 すると、なぜかココロの奥で…、傍に居て、ずっと居てと呟く誰かの声がした。 「・・・・・・もうちょっとだけ、ね」 「うん、もうちょっとだけな」 惜しめば惜しむほど、目蓋の裏に、ココロに焼き付く時は…、 君と同じカタチで…、 だから、君が居なければ、きっと時は止まってしまうんだろう…。 そう想いながら、俺は夜空を流れる星が横切った瞬間…、 時任せ、君次第な…、君の名前を呼んだ。 ・・・・・・・・・・時任。 |