ソレを見つけたのは偶然だったけど…、
 べつに立ち止まるような、何かがあったワケじゃない。
 だけど、ソレの前を通りかかった俺は、なんとなく立ち止まって…。それから、たぶん俺が立ち止まったせいで、一緒に歩いてた久保ちゃんも立ち止まった。

 「なんか…、絵みたいだよな」

 立ち止まった原因を見ながら俺がそう言うと、久保ちゃんもそうだねって同意する。
 だって、ホントにマジで絵みたいだった。
 通りかかった住宅街っていうか、そういう場所に建ってるんだけど…、
 白い壁で青い屋根の、まるで絵本とかに出てきそうなカンジの家でさ。
 ガーデニングってヤツなのか、小さな門のところとか花がいっぱい飾ってあって。もっと近づかなきゃわかんねぇけど、たぶん庭もそんな感じっぽかった。
 その家の近所にも、そんなカンジに花が飾ってあるトコはある。
 でも、なんか…、そこの花だけ違ってた。
 見てると生き生きしてるっつーか、大事にしてるっていうか、そんなのが伝わってくる。絵みたいな家もなんか同じで、どんなヤツが住んでんのかなぁって、いつもは思わないようなコトまで思わず思っちまった。
 そしたら、どーせ立ち止まってても、キョウミなさそうな面してんだろうって思ってた久保ちゃんまで、どんなヒト、住んでんだろうねって似合わねぇコト言ったりすっから…、
 俺はなんか楽しいっていうか、おかしくなって、ぷっと小さく吹き出した。
 
 「さっきのって、笑いドコロ?」
 「わかんねぇけどっ、なんかツボったっっ」
 「なら、もっと押してあげよっか? ツボ」
 「って、んなモン、どうやって押すんだよっ」
 「ん? だから、こうやって…」
 「う、ぎゃー…って、なに脇腹押してんだよ!」
 「お前、ココ弱いでしょ」
 「さっき言ったのは、そういうツボとちがーうっ」

 笑いのツボじゃなくて、俺の脇腹を押した久保ちゃんの頭を軽くペシリと叩く。
 すると、俺らの気配に気づいたのかなんなのか、絵みたいな家の庭の方からワンワンって犬の鳴き声が聞こえてきて、俺は久保ちゃんと顔を見合わせた。
 
 「・・・犬とか一匹居そうだよな」
 「もしかしたら、猫も一匹居るかもよ?」
 「…って、なんで俺らキョウミ深々?」
 「さぁ、なんでだろうねぇ?」

 そんな話してると通りかかったヤツが、俺らを横目でじっと見ながら通り過ぎる。
 ソレを見た俺は、思ったより長く立ち止まっちまったコトにようやく気づいた。
 こんなトコで立ち止まって家を見ながら立ち話してたら、不審者と間違えられたりとかして…って、そんなトコになったら、マジでシャレになんねぇしっ。
 だから相変わらず、なぜかキョウミ深々だけど、俺が歩き始めると久保ちゃんもまた歩き出す。けど、小さな門の前を通り過ぎようとした時、絵に描いたような家からヒトが二人出てきて…。
 それが若い新婚夫婦とかじゃなくて、じぃさんとばぁさんだったのを見た俺らは、家を少し通り過ぎた位置で立ち止まって振り返った。
 そしたら、二人が手ぇ繋いで歩いてるのが見えて、俺はまた、あの家を見る。すると、白い壁で青い屋根で庭に犬がいて、大切に育ててる花がいっぱいあって…、そんな家が新婚夫婦よりもっと、ずっと手ぇ繋いで歩いてる二人にすごく似合ってる気がして…、
 久保ちゃんの方を見ると、久保ちゃんもさっきの俺と同じようにあの家を見てた。

 「もしかしたら、夢だったのかもね」
 「夢?」
 「いつかこういう家に住んでって…、二人で…。そういう長年の夢ってヤツ」
 「じゃあ、もしそうなら叶ったんだな、その夢」
 「だぁね」
 「そっか…、だからこんななのか…」
 「絵本に出てくるみたいな?」
 「それもあるけど…、なんつーか、そうじゃなくってさ」
 「うん?」

 「全部大事なんだなぁってさ…、なんかあったかいカンジ」

 ただ、家を見ただけで、住んでるじぃさんのコトもばぁさんのコトも知らない。
 だけど、家も花も犬も、ぜんぶから大切だってのが伝わってくる。
 なんでだろ…、わかんねぇけど、立ち止まっちまったのはだからかもしれない。久保ちゃんと一緒に再び歩き出しながら、俺は少し視線を上げて空を見た。
 
 「絵に出てくるみたいな家だったら、俺はお菓子の家とかがいいかも…。なんかウマソウだし…」

 空を見ながら俺がそう言うと、一瞬だけ間を置いて、久保ちゃんが小さく笑う。
 だから、俺も笑いたい気分になって、同じように小さく笑った。

 「うん、まぁいいけど、魔女のおばあさんじゃなくて、すぐにアリにたかられて食われちゃうかもよ?」
 「…ってっ、俺サマの夢をわずか三分で壊してんじゃねぇっ」
 「けど、家は頑丈な方がいいっしょ。雨にもマケズ、風にもマケズでレンガとか?」
 「お前は子ブタかっっ」
 「なら…、夢っぽくシンデレラ城とか?」
 「ネズミランドに行けよっっ」
 
 空は白い雲がぽっかりと浮かんでて、自分の口元にも笑みが浮かんでるのがわかる。久保ちゃんと話してるのは、あり得ないハナシばっかだったけど…、それでも俺も久保ちゃんも二人で暮らすコト前提ってトコが、なんかくすぐったくて楽しくって…、
 それから・・・・、すごくうれしかった・・・。
 今よりも先のコトなんてわからねぇし、想像もつかねぇけど…、
 あの白い家みたいな夢をずっと想い続けてたら、俺らもいつかあんな風に手ぇつないで歩いたりする日が来たりすんのかな…。
 ずーっと、ずー…っと描き続けてたら、あんな風にずっと二人で・・・・。
 そう思いながら、空に描く二人の家は想像で夢だけど、すごく大切だって…、
 何があっても何が起こっても失しちゃダメだって…、そんな気がした。
 だから、俺は空を目指すみたいに走り出す。
 走って走って、それから歩いてる久保ちゃんを振り返る。
 そして、まるで明日に繋がってるみたいに遠く…、遠くまで続いてる空を背に久保ちゃんに向かって…、俺の想い描く俺らの未来に向かって思い切りの笑顔を向けた。
 
 「二人で一緒に居るならさ。きっと、どんな家でも、あんな家になるだろ。犬が一匹、猫が一匹、居そうな家にさ」

 俺がそう言うと、久保ちゃんはいつも細い目をほんの少しだけ大きくして…、
 それから、俺と同じように遠くまで続いてる空を背に、かもねと笑う。
 そうして、俺らはまた二人で並んで、住んでるマンションへの道を歩き出し…、
 しばらくして、ようやく帰り着いたマンションを見上げて、あぁ、そう言えばマンションの壁って白いよね…と再び笑った。
 
                            『スイートホーム』 2010.7.22更新

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