伸ばした腕、伸ばした手のひら。 それが何も抱きしめられず、何も掴めずに空を切った時…、俺は走り出した。 ガムシャラに、ただひたすら走って、走って走って…っ、 抱きしめられなかったモノを、掴めなかったモノを追いかけるっ! 鼓膜に響く銃声と硝煙と、腕から流れ出す赤い血と…、 そんな状況だって頭はわかってるようで、たぶん何もわかっちゃいないっ。 そんな俺の耳には俺の腕に、手に掴まらないように…、 先に走り出した背中を、引き金を引く指を正しいと冷たいカタマリが叫びが響き、深く激しく胸を裂いていく…っ。 なのに、その叫びを否定するコトができなくて、赤く赤く染まっていく世界で押さえた右手は…、ニンゲンの手なんかじゃなかった。けれど、あぁ、だからなんだと納得するほど、赤く染まっていく世界に微笑みを投げかけられるほど、俺の細胞は、胸は…、ココロはバケモノなんかになれやしない。 でも、それでも世界は赤く染まっていくのを止めなくて…、 痛む右手が、忘れた罪を告げた。 「俺だって久保ちゃんだって、他の誰だって…っ! こんな簡単にっ、こんな風に死んでいいはずなんかないだろ…っっ!!!」 死ぬな…っ!!!殺すなぁぁぁ…っ!!!! 二つを同時に叫んだって、どこも少しも矛盾なんかしてないはずなのに、俺に向けられた背中が矛盾を伝えて、俺の背後に銃口を向ける。 なんて世界だっ、なんて矛盾だっ。 けど、久保ちゃんは引き金を引きながら、こんなのどこにでもある世界だと薄く微笑む。すると最後の一人が赤く沈み、足元でピシャリと跳ねたその色に、俺は膝を突き痛む右手を叩きつけた。 「ねぇ、時任…。正確に狙ったから、まだ、銃弾が二個残ってる」 「・・・・・」 「だから、お前が望むなら撃ち込んであげるよ。お前に一発、俺に一発…。それで世界は終るんだ…、俺らの世界は、ね」 「・・・・久保ちゃん」 「けど、俺らの世界が終っても何も変わらない。俺らの居ない世界が、ただ続いてくだけ…。朝になれば日が昇って、夜になれば日が沈む…」 「それだけは…、いつも変わらないんだな」 「そう、それだけがいつも変わらないよ。今のトコロはね」 「・・・・・・・」 最後の2発を込めた拳銃。 カチリとこめかみに当たてられた銃口…。 赤い世界に膝を突き、握りしめた拳でその赤を殴りつけ…、 けれど、そんな中で見上げた空は、青く綺麗に澄んでいた。 いつもと変わらず日が昇り日が沈む空は、俺らを見下ろすようにそこにあって…、吹いてくる風に頬を撫でられると無意識に歯を食いしばる。そして、こめかみに押し当てられた銃口を、それを握る久保ちゃんの手を上から包むように握りしめた。 「・・・震えてる」 「・・・・・・うん」 「俺もたぶん、震えてる…」 「怖いの?」 「久保ちゃんの指が引き金を引くのが…、怖い。久保ちゃんが銃口向けてんのは、ホントは俺じゃねぇから…」 「・・・・・」 「久保ちゃんは絶対に、俺に引き金は引けない。指に硝煙の匂いが染みこんで取れなくても、どんなに世界が赤く染まっても…、久保ちゃんは俺だけは絶対に殺せない。だから…、こんな世界に二人きりなんだろ、俺ら…」 包み込んでいた手を離し、今度は両手を…、両腕を伸ばして久保ちゃんのカラダを抱きしめる。そして、強く強く抱きしめながら見上げた空に目を細めて…、さっきは捕まえられなかった背中を優しく撫でると、久保ちゃんの手から拳銃が落ちる音がして…、 俺は同じように強く強く…、優しく久保ちゃんに抱きしめられた。 「こんな世界でも二人きりなら…、俺は引き金を引くのを止められない。赤い色がこんな水溜りじゃなく、やがて海になってしまっても…」 落ちてきた唇とキスは…、甘くはなくて…、 けれど、貪り食らいつくように繰り返して、睦言を囁くように舌をからめて…、 何度も何度も…、繋いで繋いでキスをして…、 ようやく、離した唇にどちらからともなく、名残り惜しそうに軽く音を立てて唇を押し付ける。そして、赤く染まった、まるで二人きりのような世界で、俺らは胸を…、鼓動を重ね合うように抱きしめ合って…、 澄み渡った青い空の下…、俺らは・・・・、 たった二人きりの・・・・・、バケモノになった。 |