・・・・・・どんな風に痛みますか?
 
 
 いつだったか、もう昔のコトで忘れたけど…、
 鵠さんに知り合う前、行った病院で医者にそう聞かれた。
 ズキズキ痛むのか、それとも、もっと締め付けられるような感覚の痛みなのかと…。
 だから、激しい頭痛と高熱で朦朧としながらも、コレはどんな痛みなんだろうかと考えて…。でも、ズキズキするような気もするし、何かに締め付けられような気もするし、考えれば考えるほど、良くわからない。
 だけど、そんな俺の手は無意識に痛む頭ではなく、右胸を抑えていて…、
 それに気づいた医者にそこが痛いのかと聞かれたが、俺は天井を見上げながら首を傾げるだけだった。

 『痛くはないけど、動いてるから不思議だなぁってね…、なんとなく…』
 
 俺がそう言うと、医者は淡々とした口調で生きてるんだから、動いてて当たり前だろうと答える。そして、そんな事よりもどんな風に痛むのか、早く答えなさいと言った。
 けど、そう問われれば問われるほど、痛みがわからなくなり…、
 結局、俺は・・・、痛いのは気のせいだったと答えた。
 相変わらず、手で胸だけを押さえながら…。
 すると、医者はイライラしたように小さく息を吐き、カルテに何かを書き込んだ後、解熱剤を投与する旨を俺ではなく、仕方なく俺を運んできたホゴシャと呼ばれる人間に伝えた。

 ・・・・・どんな風に痛みますか?

 そうして、やがて誰も居なくなった病室で繰り返し繰り返し、そのコトばかりを考えていたのを…、なぜか今になって思い出す。それはたぶん、俺が立っているドアの向こう側で、時任が痛む右手を抱えているせいかもしれない。
 どんな風に痛むかなんて、聞いたコトはないけど…、
 もしも、そう聞かれたら、時任はなんて答えるだろうかと考えながら、俺は開かないドアに額を押し付けた。

 「聞いた所で…、痛みなんてわかるはずもないのに、ね」

 痛みの速さも、痛みの強さも…、測る単位なんてありはしない。たとえ、その単位を自分の身に置き換えたとしても、痛覚が同じ強さの痛みを俺に伝えるとは限らない。
 けれど、あの日のように手で押さえた胸に…、走るモノ…。
 それは確かに痛みだった。
 しかも、胸を押さえれば押さえるほど、あの日と違って痛みは強くなる。
 すると、また頭の中で医者の言葉が繰り返し、繰り返し俺に問いかけてきて…、
 なのに、俺はあの日のように気のせいだと、首を横に振るコトが出来なかった。
 怪我もしていない、熱が出ているワケでもないのに痛む胸は、吸いすぎたタバコのせいでガンでも患ってしまったのか止まない。けれど、俺と入れ替わりに時任の方は痛みが治まったのか、ドアノブを回し中から出てきた。
 だから、俺は押し付けていた額を離して、ゆっくりと下がりると、ドアの向かいの壁に背中を預ける。すると、時任は伸ばした手で俺に頭に触れると、痛いの痛いの飛んでいけー…っと、どこかで聞いたようなオマジナイを言った。

 「…って、何で? そういうカオしてた?」
 「ん〜、そういうワケじゃねぇけど、何となく?」
 「じゃ、俺も…」
 「…って、何で? そういうカオしてたか?」
 「うーん、そういうワケじゃないけど、何となくね?」

 同じ問いかけと、同じ答え。
 それを言い合って笑うと、少しだけ痛みが遠のいた気がした。
 だから、感じた痛みは気のせいだったと、あの日のように思うコトにした。
 どんな風に痛むのかってだけじゃなく、原因までわからない痛みだからこそ、そうした方が都合がいい。深く考えない方が、こんな痛みはすぐに忘れるコトができる。
 けれど、時任が背を向けて歩き出した瞬間、なぜか再発した痛みが胸を刺し…、俺は思わず縋りつくように伸ばした手で、時任を後ろから抱きしめた。

 「・・・・・・久保ちゃん?」

 少し驚いたような時任の声が俺を呼ぶ。
 なのに、俺は後ろから抱きしめるだけで、その声に答えない。
 黙って抱きしめながら、右手で時任の胸を押さえ…、
 伝わってくる鼓動に、自分と同じように鳴り続ける鼓動に、時任の右手と同じように治らない痛みを感じていた。

 「好きだよ…、時任…」

 突然の告白に、時任の肩が小さく揺れる。
 そして、鼓膜を震わせる自分の告白に、俺の胸は痛みを訴える。
 痛い、痛い、痛い…、痛み…。
 甘さなんて穏やかさなんて微塵もない、恋情。
 胸の鼓動が止まらない限り、痛み続ける、恋しさ…。
 胸を押さえても押さえても、去り行く背中に追いすがり抱きしめても、この痛みは治らない。そうなって初めて…、そうなってしまっていたと気づいて初めて、俺は脳裏に響く、あの日の言葉に返事を返し、医者に痛みを告げた。


 ・・・・・・・・・・アイシテ、イマス。

 
 強引に振り向かせて、キスしてもキスしても治らない。
 抱きしめて、ソファーに華奢なカラダを押し付けても治らない。今まで忘れてきた痛みとは違って…、まるで、痛みを忘れないよう刻み付けた赤い痕跡は…、
 同じ痛みを訴えた時任の言葉で、更に赤く染まって…、
 その言葉は胸の鼓動が止まっても、止まらないほどに痛く…、胸に響いた。


                            『不治』 2009.8.17更新

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