大丈夫だ…、きっと大丈夫…。 そう言い続けていると、本当に大丈夫みたいな気がしてくる。 そして、もっともっと言い続けてると、本当に大丈夫になってくる…。 だから、心の中で繰り返し繰り仕返し、いつも呪文のように唱え続けていた。 どんな時も大丈夫だと唱えて、カオに浮かべた笑顔で大丈夫をホントにする。 つらい顔や泣き顔をしてたら、呪文の効果がなくなるから…、 だから、大丈夫と笑顔はセットで、それさえあれば俺は立ち止まりかけてた足だって前に踏み出せるし、水溜りだって飛び越えられる。 だけど・・・、そう思っていたのに…、 ちょっとだけ、頬に触れた温かさに負けて…、ミスって笑顔を浮かべ損ねちまった俺は、すぐに大丈夫じゃなくなって…、 バシャリと…、情けない音を立てて水溜りの上に落ちた…。 でも、今日はホントに何もない日だった。 明け方までゲームしてたから、起きたのは昼過ぎくらいで…、 朝メシ込みの昼メシ食って、特に用事ないからって久保ちゃんと買い物がてらゲーセン行って、またしてもゲーム三昧。そんな俺に久保ちゃんがあきれたように、俺はニコチン中毒だけど、お前ってゲーム中毒だよね…とか言われちまってさ…、 だから、それがどうしたって開き直ると、なぜかぷっと吹き出して笑われた。 ウチに帰ってからは、コンビニで洗いざらい買ってきた新商品を二人で食いながら、ウマいとかマズいとか言い合ってたりして…、こんなのが晩メシなんて不健康だろって今度は二人で笑う。 そんで、夜はてきとーにテレビとか見て、風呂にも入って…、 今日はゲームしよっか、二徹はさすがにキツいから寝ようかとかソファーの上でゴロゴロしながら悩んだ。それも、やっぱいつものコトだった。 何もなくて…、平穏無事ってヤツで…、 久保ちゃんは鉄のカタマリなんか握らなくて、俺の右手も今日は痛まずにおとなしくしてる。なのに、先に寝るからってオヤスミって言いながら、伸びてきた久保ちゃんの手が…、頬に軽く触れた瞬間にポロッと涙が出た。 「あれ…、なんで?」 たくさんじゃなくて、ほんの少しだけ涙が出てビックリして…、 今まで、どんなコトがあっても泣いたコトなんかなかったのに、なんで何も無いのに泣かなきゃなんねぇんだって、自分で自分にツッコミを入れる。だけど、何でもない…大丈夫だって口では言ってんのに、カオは笑い損なって水溜りに落ちて…、 ほんの少しだったはずの涙が、たくさん頬を伝って落ちてった…。 「今日、何かあった?…それとも昨日?」 そう、久保ちゃんが聞いてくるけど、俺は首を横に振る。 だってさ、ホントに少しも哀しくなんかない、つらくなんかない。 その逆だったら、楽しかったり面白かったコトなら、いくらでも思い浮かぶのに…、 そんなばすない、絶対にない…っ。 だから、なんでなのかわからない…、自分でも良くわからない。 わからないから、首を横に振らないのはヤセガマンなんかじゃない。 だけど、涙が頬を伝うたびに、何かが胸に詰まって苦しくなってくる。 なんだろう? なんでだろう? 俺は大丈夫なのに…。 また、頬に触れてきた手のぬくもりが、次から次へと俺の瞳に涙を作り出して止まらない。だから、早く止まれっ、早く笑えと目を両手で強く押すと、その手を久保ちゃんの優しい手が包み込んだ。 「無理に止めなくても、きっと…、そのウチ止まるから…」 「そんなコト言って…さ、止まんなかったらどうすんだよ」 「止まるよ。明日は晴れだって、天気予報で言ってたし」 「ば…、ばか…、天気と一緒にすんなよ…っ」 「けど、きっと涙なんて、天気みたいなモンでしょ。だから、突然、降って来たって不思議じゃないし、涙の後には虹が出るかも?」 「出るかよ…、そんな…、もんっ」 いつも通りに、普通に答えたつもりなのに声まで詰まる。喉元で声が詰まって、無理に搾り出そうとすると嗚咽になりそうで言葉が途切れ途切れになる。 そんな情けない有様に、今度はホンキで泣きたくなって…、 だけど、涙はそんなコトで流れてるワケじゃない…。 だから、涙のワケはわからなくても、涙の原因かもしれない手を振り払った。 振り払って、また伸びてきた手を左手で叩き落した。 「・・・・・・・俺に触んな」 いつだったか、同じコトを久保ちゃんに言ったコトがある気がする。 出会ってまだ少しの頃…、そんな事を言って拒絶した。 誰にも触れられたくなくて、誰も壊したくなくて獣化した右手だけを抱きしめていた。なのに、一緒に居るウチにいつの間にか、こんな風に頬に触れられるようになって…、 頬に肩に触れても、それが自然に感じられるようになってたのに…、 今、また俺達は…、俺のせいで前には進まずに逆戻り…。 久保ちゃんは叩き落された手をおとなしく引いて、ゴメンねとあやまった。 「触れちゃダメなの忘れてたなんて、ホントどうかしてるよね…、俺もお前も…」 触れちゃダメなのは、俺のはずだった。 けど、まるで自分のコトみたいに言って、笑えないままでいる俺に背を向ける。そして、頭冷やして来るからとソファーにかけていたコートを羽織った。 まるで、闇のように黒いコートを羽織り、久保ちゃんは部屋を出ていく。 すると、俺の涙は急に出なくなってきて、止まりかけてきて…、 けど、今度は苦しかった胸が痛くなってきて…、 俺は転がっていたソファーから勢い良く起き上がると、目を押さえていた両手で後ろから久保ちゃんをぎゅっと強く抱きしめた。 「・・・・・触れちゃダメなんじゃなかった?」 「俺からは…、ダメだって言ってない」 「でも、また泣いてる」 「そんなの、こっち見てないのにわかるワケねぇだろ」 「わかるよ…」 「ウソつき」 「ホントにわかるよ。お前が泣くと背中が温かくなるから…」 俺の涙で背中を濡らしながら、優しい声で久保ちゃんがそう言う。 そして、前に回してた俺の手を、声と同じくらい優しく撫でる。 すると、また…、哀しくもないのに涙がポロポロと流れ落ちて…、 まるで、俺が泣かせてるみたいだと、久保ちゃんが小さく笑った。 「もしかしたら、この手を離したら…、涙、止まるかもしれないよ?」 「・・・・・・・さっき離れたら、止まりかけた」 「なら、どうして? こうしてると涙が止まらないのに?」 「そんなの、知るか」 「涙を止めたいなら、離れなよ」 俺はわけのわからない涙を止めたかった。 だから、ぎゅっと押さえて涙を止めようとした。 早く止まれっ、早く笑えって、泣いてる自分に今も思ってる…。 けど、久保ちゃんの背中を温かく濡らす涙が零れ落ちていくたびに、俺の胸の中まで温かく濡らしてくような気がして…、 それが、少しずつ少しずつ…、胸の奥にあった何かを溶かしていくような気がした。 「・・・・・久保ちゃん、俺さ」 「ん?」 「もしかしたら、ずっと…、泣きたくなかったけど、泣きたかったのかもしれない。哀しい時とか苦しい時とかじゃなくて…、たぶん…」 「たぶん?」 「何もない…、いつもみたいな日…。ただ、今日みたいな日が続いて明日があってさ。そんな何も変わらない日に、雨みたいな涙と一緒に…」 「・・・うん」 「久保ちゃんを、抱きしめたかったんだんだと思う…」 ・・・・・・・・たぶんきっと、誰よりも好きだから。 言葉にしなかった想いは、また涙に濡れて…、 久保ちゃんの背中も、そんな涙に濡れていく…。 そんな涙は…、まるでホントに雨みたいな涙で…、 突然に降り出して、すべてを濡らしていくような涙だった。 ・・・・温かく温かく降り落ちていく、想いのような涙だった。 そんな涙で自分と久保ちゃんを濡らしながら俺は、今度こそ、本物の虹の下で久保ちゃんと二人で…、いつの日もどんな時も笑えるような気がして…、 久保ちゃんの背中に…、今度は声に出して好きだと呟いた。 |