好きは好きで…、好きは好き。 そんなワケのわからないセリフを口に出してではなく、脳内で呟き…、 さっきから、じっと眺めているのは、時任が好きだと言っていたスナック菓子。 冬季限定とかで、チョコの部分がホワイトなのが特徴なんだけど…、 昨日、コレをぱくぱくとウマそうに食ってた時任に、単なる気まぐれだったのか、あんまりウマそうに食ってたからなのか…、 実は、ふと聞いてみたコトがあった。 『ソレ、そんなに好き?』 『うん、すっげぇウマい』 『じゃあさ、俺のコト好き?』 『・・・・うん、まぁ』 『ふーん』 時任が食ってたスナック菓子みたいに、軽い会話と軽い返事。うん、の次のまぁに多少引っかかりをカンジながらも、その時は特に気にしなかった。 けど、今、スナック菓子を前に座ってると、アレ…、もしかして俺ってコレと同程度? なーんて、今更ながらに思ったりしてる自分がいる。 袋の中に手を入れて、ひょいと人差し指と親指で菓子を摘み上げて口に入れ、甘いホワイトチョコを噛みしめると、確かに時任が好きだと言うだけあってウマかった。 「ちゃんと歯磨かないと、虫歯になりそうだけど…」 ニカっと笑った時任の口元から覗く白い歯を思い浮かべながら、ぼんやりとそう言いつつ、また菓子を摘んで食べる。そうしながら、もしもコレがこの前食べた新製品のプリンだったりして、同じ質問を時任にされたら同じコトを答えるだろうなぁ…と、机に肩肘をついた。 嫌いじゃないなら、好きか普通か…、出てくる答えはそれくらい。 考えてもわからない、知らないモノやヒトなら、何とも思ってない…とか? けれど、好きと答えた次の瞬間に、どういう種類の好きなのかと問われたら…、 うーん…、答えられないなぁと、また菓子を口の中に入れて噛んだ。 そもそも、好きに種類があるという事自体が、良くわからないような? 好きは好きで、嫌いは嫌いで…、それ以外に何があるのか…、 時任とプリンの違いは、ヒトかモノかってトコだけど…、 そういうコトを本人に言ったら、たぶん怒るだろうし…。 それに自分が同じコトを言われた時のコトを思い浮かべると、多少…、引っかかりをカンジたり、何か思ったりしなくもない。目の前のスナック菓子と同じじゃ、まぁ、俺じゃなくても引っかかるだろうけど…、ね。 それに引っかかるか引っかからないかよりも、スナック菓子を食べながら、こういうコト考えてるのって…、なんとなーくだけど、無意味とか不毛だったり? ん〜…、なんだかねぇと呟き、ホワイトチョコのついた指先を軽くなめる。 すると、玄関の方から音がして、ゲーセンかどこかに遊びに行って帰ってきた時任がリビングに入ってきた。 「おかえり」 「う〜…、マジ寒いぃ〜」 「コーヒー入れるけど、飲む?」 「牛乳入りなら飲む」 「はいはい」 口の中が甘くなりすぎて、何か飲み物が欲しくなってたから、丁度良い。そう思って時任の返事を聞いてから、粉を出してセットし、コーヒーメーカに電源を入れた。 すると、時任は着てたジャンパーを脱いでソファーにかけると、カーペットに寝転がり買ってきた雑誌を読み始める。いつものように雑誌を下に置いて腹這いになり、足を軽くブラブラさせながら…。 時任はゲーム好きだけど、マンガも同じくらい好きで、今、読んでる雑誌は毎週発売されるのを楽しみにしてる。いわゆる少年マンガってヤツで、俺があまり進んで読もうとは思わないシロモノ。 ベツに嫌いとか読めないってワケじゃないけど、基本的にマンガっていうより物語的なモノはほとんど読まない。それは構成とか展開とか背景のリアルさに関心するコトはあっても、今、時任が読みながら一人で百面相してるみたいなコトはないから、あまり手が伸びないっていうか…、まぁ、そんなカンジ。 たとえば、さっきまで食べてたスナック菓子は、確かに甘くておいしいはずなんだけど…、俺に味覚がないから、そうカンジないってだけ。 味覚がないから、噛んでも噛んでも砂…。 そんなコトを思いながら、コーヒーメーカーの中で落ちていく茶色い液体を眺める。 そして、茶色い液体が落ち終わると二つのマグカップに入れ、その一方に沸かしていた牛乳を注ぎ込んだ。 「ブラックとミルク入りの違いはわかるんだけどねぇ…」 軽く肩をすくめて、一人、そう呟く。 それから、雑誌を読んでる時任の所へ牛乳入りのコーヒーを配達した。 けど、読むのに夢中になってるのか、声をかけても俺の手から、なかなかマグカップを受け取ろうとはしない。だから、反対側の手に持っていた自分の分を飲みながら、なんとなく上から雑誌を読んでる時任の後頭部を眺める。 すると、雑誌のページに視線を向けたまま、時任が俺に質問をしてきた。 「あのさぁ…、友達の好きと、なんつーか付き合ってるとかなカンジの好きってさ、どう違うんだ? そもそも好きって何種類あんだよ?」 「・・・・・・・・・・・。」 「なぁ、聞いてんのか?」 「・・・うん、まぁ、聞いてはいるけど」 「だったら、黙ってねぇで、何か答えてくれたっていいじゃん」 「…って、言われてもねぇ?」 聞いてはいるけど…、答えは知らない。 そもそも、スナック菓子で悩んでたワケじゃなくても、考えてたのは事実だし…、 その答えは未だ出ていない。 それに、スナック菓子よりも、種類について悩む時任の方が俺よりマシ…なんだろうしね、たぶん…。少なくともマンガ読んで百面相できる時任は、俺よりわかってる。 だから、俺は質問については何も答えずにブラックを飲み、こっちを向いた時任の顔の前に牛乳入りを差し出した。 「ま、とりあえず、せっかく入れたんだし飲みなよ」 「あぁ、うん…、さんきゅ」 そうは言ったけど、俺はこれでこの疑問に終止符を打ったつもりだった。 時任のも自分の中のものも、これ以上、考えるつもりはなかった。 答えの出ない疑問を考え続けるなんて、無駄なだけ。 なのに、時任は俺の渡した牛乳入りを飲みながら、まだ考えてる。 だから、俺は小さく息を吐くと、一般的な答えってヤツを口にしようとした。 言葉として知っているだけで何も理解なんてしていなくても、一般的な答えを言えば、大概の場合はそれで納得してくれる。なぜだろう…、良くわからないけど、答えの出ない疑問を考え続ける時任の思考を止めたかった。 悩むのも考えるのも、時任の勝手…なのにね。 俺が考えるのをやめたのも、勝手だったように…。 けれど、そう思うとなぜかスナック菓子が気にかかり、視線をそちらへと向ける。すると、また読んでたマンガのページに視線を落としていた時任の、うーん…と唸る声が聞こえてきた。 「・・・・・・・・・マジわっかんねぇ」 しばらく唸った後で、ポツリと呟いた時任の一言が…、 その悩んでたなんて思えない調子の声が、なぜかツボに入ったらしくて、俺は思わず軽く噴出し…、ソレに気づいた時任に軽く睨まれる。だけど、睨まれても入ったツボはなかなか外れてくれなくて、俺を睨む顔を見て小さく声を立てて笑うと、さっきまでプラプラしてた足でゲシッと蹴られた。 「どーせっ、久保ちゃんなんかオンナと山ほど、付き合ったコトあったりしてっ、こんなの考えなんてもわかんだろ…っ。けど、だからってバカにして笑わなくてもいいじゃんか…っ!」 時任がそう叫んでる間も、ゲシゲシと足を蹴られる。 でも、ゲシゲシっと蹴られて、俺は立ってて時任は寝転がってるワケだから、避けるコトは簡単。それでも避けないのはマゾだからじゃないけど、「久保ちゃんの遊び人っ、エロ親父っ、色欲魔ーっ!」なんて心なしか赤くなったカオで、蹴る時任を見てると避ける気は起きなかった。 蹴られて痛くないワケじゃないんだけど、そんな時任を見てるのは悪い気分じゃない。だけど、時任が色欲魔…なんて言葉を言うから、気になって誰に習ったのかって聞くと、予想通りに某フリー記者の名前を言った。 ふーん…、滝さんね。 オンナが山ほどとか、そういうのも滝さんの仕業なんだろうなぁ。 時任がどこまで理解して、言葉使ってるのかは疑問だけど…。 「今度、素敵な教育してくれた、お礼…しなきゃね」 「教育? 礼?」 「こっちのハナシ」 「…って、さっきからなんか久保ちゃんばっかわかっててムカツクっ!」 「そんなコトないよ」 「だったら、久保ちゃんがわかってるコト教えろよっ」 ・・・・・俺の知ってるコト、じゃなくてわかってるコト。 時任にそう言われて、少しだけ考え込む。 知ってるコトならあるけど、わかってるコトは時任の質問に関して言うなら…、無い。時任には遊び人なんて言われてても、誰ともそんな風に付き合ったコトも付き合いたいと思ったコトもなかった。 だから、そんな行動や行為に付随する感情もわからない。 わかるのは、そう…、たぶんスナック菓子のウマさだけ…。 ブラックを飲んでも舌が覚えてるホワイトチョコの甘さを思い出しながら、俺はこっちを真っ直ぐに見つめてる時任の瞳を見つめ返す。そして、ウソも適当な答えも許さないと言っている瞳に向かって、ブラックを一口飲んでから、わからない…と答えた。 「わかってるコトなんて、何もないよ」 「何もってコトはねぇだろ?」 「どうして、そう思う?」 「だって…、なんつーか、いっつも久保ちゃんは俺の知らないコト知ってるし、俺のわかんないコトだって、わかってたりするし…さ…」 「俺の知ってるコトなら、時任にだってわかるよ。新聞読んだり本を読んだり、そうすれば、もしかしたら俺より物知りになるかも?」 「う〜…、新聞とか本とか活字はカンベン」 「言うと思った」 「悪かったなっ」 「悪くないよ、時任らしくて」 「バカにしてるだろ?」 「バカしてないよ、ただ褒めてるだけ」 「やっぱっ、バカにしてんじゃんっ」 何が気に入らなかったのか、時任は怒ってはないみたいだけど、完全に拗ねてしまった。さっきまでこちらに向けていた視線をプイッとそらせて、口を尖らせている。 その仕草は小さな子供のようで、とても可愛く見えて…、 尖らせた唇はいつもよりも赤く…、俺の目に映った。 それがなぜなのか良くわからなくて、数回瞬きしてからテーブルの方へと移動し、飲み終えたマグカップをその上に置く。すると、視界に甘いスナック菓子が入った。 「ねぇ…、時任」 スナック菓子を一つだけ口の中に放り込み噛み砕き、視線を落としたまま、時任に呼びかける。すると、その声はわずかに擦れていて、ほんの少しだけ…、驚いた。 なぜなのか、良くわからない。 擦れに気づいたと途端に感じた乾きに、首をかしげる。 そうしながら、再び時任を見ると、時任の方もこちらを見ていた。 「どうかしたのか?」 時任は不思議そうにこちらを見ながら、俺の呼びかけに答える。 どうしたんだろうって、きょとんとした幼い表情をして…。 そんな時任の表情を見つめながら、元の位置まで移動した俺は、じっと上から時任を見下ろす。すると、上からの視線に時任は今度はムッとした表情で、また唇を尖らせた。 いつもよりも赤い唇を尖らせて、俺を睨み見つめて…、 そんな瞳に捕らわれたように、ゆっくりと視線を上から降ろし…、 立っていた足を折り、床に膝をつく。 そして、伸ばした右手で時任の頬に触れた。 「さっきの質問、わかってるコトは何もないけど…。知ってるコトなら、少しだけ…」 「少しだけ?」 「そう、本や新聞じゃ学習できないコト」 「それって、どういう?」 「うん、だから…、教えてあげるよ。わかってるコトは何もないから、知ってるコトだけ…ね」 「久保ちゃん?」 「気持ち良いコトだけ、教えてあげるから…」 ・・・・・・好きという感情について考え悩むコト。 それは、つらくて切なくて切ないコト。 感覚的にはわからなくても、感じたい感情とは思えない。だから、もう片方の手も伸ばして頬を包み込み、尖った唇に気持ち良いコトだけ…、教えようとした。 赤い唇を人差し指で優しく撫でて、その上に唇を重ねて…、 舌に残るホワイトチョコの…、甘さだけを教えようとしていた。 だけど、唇が触れかけた瞬間、パーンっと室内に高い音が鳴り響き。 俺の頬に赤い跡がついた。 「・・・・・・時任?」 俺の頬に赤い跡を…、手形をつけた時任は、なぜか唇を押さえて荒い息を吐いている。そんな時任の表情は怒っているようにも、何かを哀しんでいるようにも見えて…、 それは俺にはわからない…、とても不可解な表情だった。 けれど、そんな表情をした時任が放った一言に、叫んだ言葉に俺の心臓は壊れそうなほど大きく脈打ち、苦しさと痛みを伝えてくる。時任が俺に向かって言った言葉は、なぜか…、打たれた頬の何倍も痛かった。 「俺は久保ちゃんと違って好きなヤツとしかっ! 好きになったヤツとしかっ、こういうコトしねぇんだよっっ!!」 ・・・・・・・好きになったヒトとキスをする。 さっき友達とそれ以上と…、そんなコトを質問してたはずなのに…、 時任はちゃんと自分の心で感情でわかってるって…、俺の頬に赤い跡がついてるのはそういうコト。俺は打たれた頬を撫でた手を伸ばすと、時任の肩が軽く揺れるのを見て苦笑しながら、そっと優しく頭を撫でた。 「やっぱり、遊び人でエロ親父で色欲魔の俺より、お前の方がわかってるよ」 「・・・・・・ソレ認めのか?」 「…って、何が?」 「遊び人でエロ親父で色欲魔」 「さぁ、聞かれても、自分でも良くわからないし?」 「・・・・・・っ」 「うん、だけど…、俺は時任と違ってスナック菓子くらい好きだったら、ああいうコトできるから…、たぶんね」 「マジ最低」 「うん、俺って最低だから…、こんなヤツにキスされちゃダメよ?」 俺の言葉を聞いた瞬間、時任の手が頭を撫でていた手を払い落す。だけど、そんな時任の手を見ながら、心のどこかで丁度いい機会だったって思ってる自分がいた。 時任の唇がいつもより赤く見えたのは、きっと危険信号…。 だから、いつか好きなヒトとキスする時のために、最低なケダモノの俺にキスされないように、時任はもっと警戒しなきゃね、ダメだから…。 そう思いながら、俺は立ち上がって睨む時任と少し距離を取る。 だけど、スナック菓子の置かれた机の方に歩き出そうとすると、俺のズボンの裾を時任が引っ張った。 「どうかしたの?」 少し前に時任が問いかけてきたように、俺も様子のおかしい時任に問いかける。 すると、時任は俺のズボンの裾を放さず、らしくなく俯いて顔を上げない。 さっきまで俺を睨んでたはずなのに、今は床を睨んでいた。 「・・・・・・・・スナック菓子と」 「スナック菓子?」 「久保ちゃんはスナック菓子と俺と、どっちが好きなんだ?」 「・・・・・・・・・え?」 「え、じゃなくて、早く質問の答え言えよ」 「・・・・・・・・・」 「黙ってねぇでっ、スナック菓子と同じくらい好きだから俺とキスしようとしたのかっ、スナック菓子よりも好きだから俺とキスしようとしたのか、答えろっつってんだよっ!!!」 今度は頬を打つ音ではなく、時任の叫び声がリビングに響き渡る。 その声に言葉に驚き、目を見開いた俺は立ったまま上から…、 ズボンの裾を強く硬く握りしめた時任の手と、ほんのりと赤く染まった耳を見た。 すると、手もカラダも何も触れてないのに、裾を握りしめた時任の手から熱がじわじわと這い上がってくるのをカンジて…、俺の肩が揺れる。 スナック菓子と同じくらい、俺を好きな時任。 スナック菓子よりも…、俺を好きな時任。 なぜか胸に引っかかってたモノと同じ時任の質問に…、俺は時任に触れるコトもできずに、ただ、ただその場に立ち尽くして…、 だけど、這い上がってくる熱をカンジでハッキリとわかったから、ゆっくりと淀みの無い声で時任の質問に答えた。 「辛くても苦くても…、スナック菓子より好きだからキスしたかった…」 まだ、わからないコトは山ほどだけど…、ソレだけはわかる。 たぶん…、わかりたくなかったけど、わかってしまった。 そして一度わかってしまうと訂正も修正も効かなくて、やっと、こっちを向いた時任の潤んだ瞳に…、俺は同じ質問をした。 「時任はスナック菓子より俺が好き? それともスナック菓子と同じくらい俺が好き?」 改めて考えてみなくても…、スナック菓子と比べるなんて最低だ。 だけど、最低な俺はスナック菓子の甘さしか知らない。 だから、知ってるモノと比べてしまった。 なのに、時任は怒りもしないで、笑って質問に答えてくれた。 「そんなの聞かなくてもわかんだろっ。辛くても苦くても、セッタの味しかしなくても…、久保ちゃんの方が好きに決まってんじゃんっ! だから、教育してやるっ!」 「教育?」 「好きってどういうコトのか教育しながら、俺も学習すっから…」 「カラダで?」 「ココロで…。だから、スナック菓子とはキスすんな。スナック菓子よか俺のコト好きなら…、したら許さねぇから…っ」 時任にそう言われた瞬間、俺はうなづく事ができなくて…、けれど何かに落ちるように床に膝をつく。そして、時任の真っ赤に染まった頬を見ながら、相変わらず赤い唇を見ながら…、 俺はスナック菓子くらい好きでも…、キスできなくなった自分を…、 すでに、もう他の誰ともキスできなくなってしまってる自分を感じた。 |