足元にあって、踏みしめるのは地面。 そして、目の前にあるのは凍った池…。 そこは歩けるはずのない場所で、厚く張ってるように見えても、もしかしたら足を踏み入れた瞬間、水の中かもしれない。なのに、じっと氷を見つめてるとほんの少しだけ、歩いてみたい気分になってきて、そーっと片足だけを水面に伸ばしてみたけど…、 足先が氷に触れる前に、何者かの手にぐいっと後ろに引かれた。 「何、やってんの?」 そう言った久保ちゃんの声は、いつもより少し高くて早口で…。 寒いせいじゃなく、驚いてるからだと気づいた俺は、地面にしりもちを突いた状態で、後ろ頭を掻きながら悪りぃとあやまった。 すると、久保ちゃんは小さく息を吐いて、俺の方に右手を差し出す。 だけど、俺は差し出された右手を取らずに、少し土のついたズボンを軽く叩きながら自力で立ち上がった。 「氷が張ってたからさ。なんとなく、暇つぶしに…、ちょっとな」 「暇つぶしはいいけど、それで落ちたらシャレになんないっしょ?」 「だから、足先だけだってっ」 「ふーん、足先だけ、ね。そう思ったり言ったりして落ちたヒトって、今まで何人くらいいるのかなぁ」 「う…っ、そんなん知らねぇけど、もうしねぇよ」 「うんうん、わかればよろしい」 「悪いのは俺だけど、なんかムカツク〜」 「後で焼いもとか、何か買ってあげるから」 「・・・・って、もしかして俺って食べモノやっとけば、機嫌良くなるみたいに思われてる?」 「え、違うの?」 「〜〜〜っ、違わねぇけどっ! 今だけ限定で!」 石焼き〜いも〜、ほっかほか〜〜♪ 焼いも屋の声をバックミュージックに言った一言はなぜか抜群の効果で、ぷっと吹き出した久保ちゃんが、俺の前で声を殺して笑ってる。だから、更にムッとした俺は久保ちゃんの頭を軽く叩いてから、俺らのいる公園に来た焼いも屋にダッシュした。 届け物のバイトで久保ちゃんが待ち合わせ場所に行ってる間、俺はココで暇つぶししてたワケだけど、真冬の公園ってマジ寒すぎっ。池があるのも関係してんのかもしんねぇけど、吹き荒ぶ風に俺自身も池みたいに凍っちまう寸前だった。 だから、買った焼いもを手にした瞬間、思わず口元に笑みが浮かぶ。 あぁ、あったかいって何かいいよなぁ〜って、しみじみ思った。 だけど、あったかい焼いもを手に戻ると、久保ちゃんが一人で凍った池を冷たい風に吹かれながら見つめてて…。ホントはどっか風の吹かないトコに移動しながら食おうかと思ったけど、なんとなく…、俺もまた凍った池を眺めた。 眺めながら久保ちゃんの分の焼いもを渡して、自分の分を皮を剥いて頬張る。 すると、手だけじゃなくてカラダも少しだけ、あったかくなった。 「・・・・バイト、上手く行ったのか?」 モグモグと焼いもを食いながら、俺がそう尋ねる。 そしたら、久保ちゃんは焼いもを食べずに握りしめながら、氷の張った池を見つめてた目をわずかに細めた。 「まぁ、いつも通り…かな?」 「それにしちゃ浮かねぇカオじゃん」 「それはさ、たぶん寒いからだと思うけど?」 「だったら、持ってねぇで焼きいもでも食えば?」 「ん〜、どっちかっていうと焼いもより缶コーヒーな気分?」 「この公園、なんかやたら広いし近くに自販機ねぇし、贅沢言うなよ。つか、気分ってなんだよ、気分って」 そんな話をしながら、焼いもを食べ終えた俺は一緒に池を眺める。 すると、いつの間にか小石を拾ってた久保ちゃんが、池に向かってソレを投げた。 水の上を跳ねそうな勢いで投げられた石は、水じゃなく氷に当たり跳ね転がる。軽いせいで水の中に落ちなかったけど、投げられた石は氷の上で、ポツンと取り残されたみたいになった。 たぶん氷が溶けるまで、あのまま何だろうな…って思って石を眺めてたら…、 久保ちゃんが少し大きめな石を拾い上げて…、投げて…、 そしたら、思ったよりもずっと薄かった氷が割れて、石は二つとも水の中に落ちて消えた。 「もしも、地面を歩いてるつもりで、氷の上を歩いてたら…。いつかこんな風に気づけば、水の中ってコトもあるのかもね…」 久保ちゃんはそんな風に言いながら、じっと石の落ちた辺りを見つめる。 だけど、後に続く言葉はなくて…、バイトで何があったのかも話さない。 そういうのはいつものコトだけど、冷たい風に吹かれながら、静かに池を見つめる久保ちゃんはまるで…、氷の上でも歩てるみたいな目をしてて…、 でも、一つじゃなくて二つで落ちていった石と違って、久保ちゃんは一人きりで氷の上に居た。落ちるかもしれない氷の上で一人て…、すぐに近くにいる俺の方へ手を伸ばそうともしない…。 だから・・・、一緒に落ちるようにじゃなくて…、 氷の上から地面の上へ引き上げるように、また石を投げようとする手を掴んで引いて…、自分の首に巻いてた白いマフラーの端をその手に握らせた。 「気づけば水の中…じゃなくてさ。落ちる瞬間も落ちた後も、ワラでも掴んで足掻けよ。その方が、石投げてるよかマシだろ」 「…って言われても、たぶん、掴んだらワラごと落ちるけど?」 「なら、ワラも一緒に足掻くに決まってんだろ」 「・・・・・・もしかして、コレってマフラーにしか見えないけど、ワラ?」 「ワラじゃなくて、命綱」 「けど、この命綱…、お前と俺にしか繋がってないような…」 「不服なのかよ?」 俺がそう聞くと、久保ちゃんの目が落ちて沈んだ水の底のような色を浮かべる。 だから、俺は白いマフラーの端を二つとも、久保ちゃんに握らせた。 そして、伸ばした両手を久保ちゃんの首をしめるように回し、正面から真っ直ぐに見つめる。もしも、この状態で氷の上を歩いたら、どっちが落ちるのが先なのか、首をしめるのはどっちが先なのかわかるはずもない。 だけど、そう…、どっちが落ちたとしても足掻いて足掻きまくるだけ。 そうしなきゃ、どっちも助からない。 一人だけじゃ…、助からない…。 そういうワラでマフラーだから、きっと引きたくなくても引く。 それをわからせるために、首に回した手に少し力を込めると…、 久保ちゃんは片手でマフラーを握りしめたまま、反対側の手に持ってた焼いもを俺の額に押し当てた。 「そーいや…、忘れてたけど、同じ船に乗ってたんだっけ?」 「てか、なに焼いも当ててんだよっ」 「あー…うん、こうするとカイロみたいで、あったかいかなぁって」 「用途間違ってんぞっつか、コレは食いモン」 「だったら、はい、あーん…」 「…って、誰がするかっ!!」 白いマフラーに繋がってるのは、二人だけ。 もろとも落ちれば、引き上げる手なんかない。 だけど、それでも俺はマフラーを首に巻いて、久保ちゃんはマフラーを握りしめて氷の池に背を向ける。そして、俺は首に回してた手に久保ちゃんの焼いもを握りしめ、久保ちゃんは乱暴に俺の頭を撫で口元に笑みを浮かべながら、吹き荒ぶ冷たい風に髪を乱し、コートをはためかせながら…、 氷の上を歩くように、二人きりで歩き出した。 「後悔は…、水の底で?」 「後悔なんて言葉は、俺様の辞書にはない」 「だぁね」 「・・・・・・二人でいる限りは、だけどなっ」 同時にしたクシャミに、笑い声が混じる。 相変わらず公園は凍えるほど寒かったけど、氷の上を歩きながらも…、 二人で歩く道はあたたかく…、どこまでもどこまでも続いてるように見えた。 |