『・・・・・・・ゴメンね』 いつからだっただろう。 それとも、最初からだっただろうか…。 君のカオを見るたびに、ふと気づくと謝り方ばかりを考えてる気がする。 口には出さなくても、ココロの中で何度も謝ってる気がする。 だけど、何を謝るのかと聞かれれば、一つのコトのような気もするし、 何もかも…、すべてのような気もした。 ゴメンね…、ゴメンナサイ…。 ・・・・・どうか許して。 自分でもなぜなのか、ハッキリとわからずに謝り続けて…、 時々、なにヒトの顔、じーっと見てんだよ…とか、俺の顔に何かついてるか…とか聞かれたり言われたりしてしまう。だから、俺はいつも可愛いから見惚れてたとか、良い言いワケが思いつかなくて何となく…とか答えたりして…、 でも、それはまったくウソってワケでもないんだけど、そんなセリフを言った後もやっぱりゴメンって言いたくなって、口を塞ぐようにセッタをくわえるのが常だった。 「なぁ、久保ちゃん」 「ん〜?」 「さっき、何か言いかけただろ?」 「いんや、ベツに何も?」 「・・・・・なら、いいけどさ」 「うん」 君と一緒にいるコト、君と一緒にいる時間は…、いつもまるで…、 教会で懺悔でもしてるみたいだと思う。 けど、告白し懺悔するために、告解室に入りたいとは思わない。 たぶん、ただの口癖だと笑い飛ばせたら、少しはこんな気分も晴れるのかもしれないけど、そうしないのは自分で自分はだませないから…、 だから、俺はいつもまるで口癖のように、謝り続けるしかなかった。 ゴメンねって口に出して言わなくても、ココロで詫びて…、 同じベッドで眠った日には目を閉じた時任の寝顔にさえ、子守唄を歌うようにゴメンねときまぐれみたいに口ずさむ。それを、もしも眠ったはずの君が聞いて、どうかしたのかと気でもおかしくなったのかと聞いてきたら、俺はなんて答えたらいいのかわからない。 懺悔するワケがわからないみたいに、自分が正気かどうかなんてわかりはしないし、もしかしたら、最初から持ち合わせてないのかもしれないし…、 けれど、ただ…、君のそばに居たいとそれだけは強く思っていた。 どんな時も…、どんな事があってもそれだけは願っていた…。 「あのさぁ、目は口ほどにモノを言うとかってことわざ知ってるか?」 「…って、いきなり何?」 「なんとなくだけど、久保ちゃんが俺を見てる時って、いっつも何か言ってる」 「それって、口じゃなくて目で?」 「そ、目で口ほどに言ってんの」 「うーん、そう言われても、自分じゃ良くわからないんだけど…、ね?」 「そんでもって、言いたくないコトがあるといつも細っそい目を更に細くして、極め付けにセッタくわえる」 「・・・・・目は知らないけど、セッタはホントだから否定はしないよ」 「なら、セッタは没収」 ある日、唐突にそんな風に言ってきた俺と同じマンションの同じ部屋に住む君…、時任は、ホントに俺の口からセッタを奪い取って灰皿に押し付けた。 まだ、火も点けてなかったのに…ってぼやくと、軽く睨まれる。 何かちょっとだけ、怒ってるカンジ? 何も怒られるようなコトした覚えないけど、時任の手で灰皿に押し付けられたセッタは、ギュッと強く潰されて茶色いハッパをはみ出させている。俺がそれをじっと見つめてると、今度は机に置いてたセッタの箱をアンダースローでゴミ箱行きにした。 「ストライクっ!」 「・・・って、まだ中身あるんだけどねぇ」 「ソレ知ってっから、ゴミ箱に食ってもらってんの」 「あっそ」 セッタをゴミ箱に食わせた時任は、清々したとばかりにパンパンと叩いて手を払う。そして、そんな時任を眺めながら、俺は小さく息を吐いた。 こんな時の時任の視線は、いつも真っ直ぐで逃げられない。 目を合わせたら、それが最後ってカンジで…、逸らすコトを許してくれない。 口に出して言わなくても、真っ直ぐな視線がそう言っている。 だから、俺は澄んだ綺麗な瞳を、じっと見つめるしかなかった。 いつも見つめて…、時任が口を開くのを待つ…。 ただ、じっと待って見つめるだけ。 すると、時任は更にじーっと俺を見つめながら近づいてきて、ピタリと俺の額に自分の額をくっつけた。 「ホントはさ…、たくさん言いたいコトあるんだ。目が口ほどにモノ言ってるクセに、何も言わない久保ちゃんに…」 「・・・・・・・そう」 「けど、言おうとして言葉にしたら、伝えたいコトの何十分の一も伝わんないカンジで…、いつも上手く何も言えなくて…。そう思ったら、額くっつけた方が早ぇかなって…」 「そしたら、超能力者みたいに何か伝わるとか?」 「だったら、いいなぁってさ…」 「なら、伝えたくないコトまで、伝わるかもしれないって言ったら、今と同じコト言える?」 「・・・・・・・・」 「こんな風にして振動が伝わってくみたいに、何もかも伝わるなら…。もしかしたら、伝えたり伝わったりするだけじゃなくて…、知りたくないコトまでわかっちゃうかもしれないよ?」 俺がそう言うと、時任は額をくっつけたままで黙り込む。 だけど、それもほんのわずかな間だけで、近すぎるくらい近くなった距離から、澄んだ綺麗な瞳で俺を見つめながら、時任は閉じていた唇を開いた。 「それでも、伝えたいコトがぜんぶ伝わるなら…、いい。言葉にならないコトも、言葉にできないコトも、何もかもぜんぶ伝わるなら額だけじゃなくて、手のひらだって何だって合わせてやる」 「時任クンってば、大胆発言」 「なーんて言って、茶化して誤魔化すの。今日は通用しねぇから、観念しろ」 「大胆の次は強気?」 「・・・・・・実は強気じゃなくて、限界点ギリギリ」 「確かにね、耳まで真っ赤だし?」 大胆な行動と強気発言。 だけど、横目で見た耳も、正面にある頬も真っ赤に染まってる。 ホントに限界点ギリギリってカンジで、額は合わせてるのにカラダは少し引けてて…、逃げ出したいのに踏み止まって、俺に伝えたいコトがあるなんて言う。だから、何を伝えたいんだろうって考えながら目を閉じたら、冬のせいか少しだけカサついた…、だけど、柔らかい感触が唇をかすめて…、 額のぬくもりが消えた代わりに、急に右肩が重くなった。 ぎゅうぎゅうと締め付けるように伸びてきた両手が俺を抱きしめて、重くなった右肩に乗った頭が強くすり寄せられる。そして、次に・・・、ゆっくりと開きかけた俺の唇を、皮手袋のはまった二本の指が軽く押さえた。 「・・・・・ゴメンって言うな。久保ちゃんにゴメンって言われると、いつも…、こんな風にされてる気ぃすっから…」 唇を押さえられながら、そんな言葉が耳を打つ。 すると、他に何も入る隙間なんてないほど、近づき触れた胸から早く鳴る鼓動が伝わってきて…、俺は目を閉じたまま天を仰いだ。 早く鳴る鼓動は時任のモノなのか、俺のモノなのか…、 それすらもわからなくて、伝わり伝える鼓動に痛みを覚える。 痛みなんてカンジたくないのに、それでも俺は抱きしめてくる腕を触れてくる額を唇を拒めない。そして、そんな時に浮かんでくるのは、やっぱり二本の指に封じられてる言葉だけで…、まるで壊れた機械か何かみたいだと自嘲した。 「・・・・・・ゴメンね」 唇を押さえられながら、それでも口にした言葉…。 その言葉に時任の瞳が哀しく揺れるのを、俺は見てもいないのにカンジてる。 そして、ゆっくりと唇から離れていく指先を視界の端に捕らえながら、またゴメンねと呟いて…、見た目よりも柔らかな髪を慰めるように撫でた。 だけど、その瞬間に俺を見た時任の真っ直ぐな瞳は、確かに揺れてはいたけれど…、謝ってばかりいる俺に慰められてなんてくれなかった。 「ゴメンって言うくらいなら、好きって言えっ! そしたら、俺もバカって言う代わりに、同じコト言ってやる! このバカっ!!」 するりと俺の手から逃れ、部屋を出て行った時任の捨てセリフに…、 頭を撫でてた手は、そのカタチのまま固まり…、 真っ直ぐな瞳を見つめ返した状態で、視線まで出て行く背中を追わず止まり…、 遠ざかっていく足音が聞こえなくなってから、金縛りから解けたように、やっと動けるようになった俺は、ふーっと細く長く息を吐いてから…、右手で顔を覆った。 「ゴメンね・・・・、好きになって…。ゴメンね…、こんな想いしか抱けなくて…」 顔を視界を右手の暗闇で覆い尽くして呟いた言葉が、なぜかしっくりと胸に落ちてきて…、抱いた感情の痛みに唇を噛む。 ゴメン・・・、ゴメンね…。 謝罪の言葉に続くのは、いつもたぶん、そんな感情で言葉だった。 だけど、それに気づかないフリして、謝罪の言葉だけを繰り返し口にして…、 好き…なんて、たった二文字じゃ伝えきれない感情の波と痛みをやりすごして暗闇の中でセッタをふかす。同じ言葉が表す感情なのに、俺の抱く感情は痛みばかりが強くて温かくも優しくもなかった。 目は口ほどにモノを言うなんて言ったクセに、何もかも暴くように言い当てたクセに…、ヘンなトコばかり鈍くて…、怖いモノ知らずで…、 俺の唇を誘惑するように、二本の指で押さえたりする。 けれど、俺はゴメン…に続く言葉を言うつもりはなかった。 「何度も懺悔じゃなくて、告白するみたいにゴメンって言うから…、好きだなんて言わずにバカって言ってよ、時任…。そうしないと痛くて、お前のコト好きすぎて死にそうだから…」 ゴメン…に続く言葉も、そこにある感情も知りたくない。 その言葉を告げた瞬間に、失う痛みが襲ってくるから…、 視線を笑顔を…、身体を想いを存在を何もかもを失いたくない。そんな感情が有害な灰色の煙のように胸を犯していくから、何も聞きたくなかった。 赤く染まり汚れた手をしてるクセに…、君を抱きしめたくなるから…、 何も知りたくないし…、聞きたくなかった。 だから、こんな感情を時任に伝えたくなくて、知られたくなくて…、しばらくして部屋に戻って来た時任に微笑みかけながら…、 俺はまるで壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返し言った。 「・・・・ゴメンね、時任」 もしも、ホントに目は口ほどにモノを言うのならと、伸ばした手で目を塞ぎ…、自分に向かって伸ばされた腕を拒み。 そして誰よりも好きなヒトに、懺悔し告白する…。 でも、それでもなぜか…、ゴメンねと口にするたびに…、 好きだと叫んでいるような気がして、俺は痛む胸を強く押さえた。 ゴメンね…、ゴメンナサイ…。 それは謝罪の言葉で、それを口にしてると懺悔してるみたいで…。 だけど、俺にとって君に向かって言うそれは…、もしかしたら・・・、 最低で最悪の…、そして最大の愛の言葉なのかもしれなかった。 |