『久保田君ってさ…。アンタに甘いよねっていうか、アンタが甘えすぎなんじゃないの?』 そんな風に言われたのは、今日じゃなくて昨日の出来事。 ゲーセンの片隅にいる久保ちゃんのトコに行こうとしてた俺に向かって、そんなコトを言ったのは知らないオンナだった。なのに、何もかも知ってるみたいに、あんなコト言われてムカッとした俺は、何か言い返そうとして振り返る。 けど、振り返った時にはオンナの姿は見えなくなってた。 だから、なんとなく…だけど、通りすがりに不意打ちで切られたみたいなカンジ。 俺は行き場を失ったムカムカを抱えながら、こっちを見てた久保ちゃんにドスドスと歩み寄って問い質してみる。けど、久保ちゃんは知らない…と、首をかしげた。 『確かに見てたけど、知らないカオだったし…、人違いじゃないの?』 『でも、久保田クンとかつったぞっ、あのオンナ』 『…って言われても、知らないものは知らないしねぇ?』 『〜〜っっ、もういいっ』 『もういいって、何が?』 『もういいっつったらっ、もういんだよ!』 ムカムカムカムカ…っ、思い出すだけでもムカムカするっ。 昨日のコトなのに、今日もムカムカが続いてて、朝メシの食パンも目玉焼きもムカつきすぎて味がしなかった。 せっかく、両方とも上手く焼けたのにっ、くそーっ! 甘いモノなんか食ってねぇのに、ムカムカしすぎて胸焼けしてくるしっ! なんで、あんな名前も知らないオンナのコトで、ムカムカしてなきゃなんねぇんだっ。 そう思いながら、寝転がったソファーの上で小腹が空いてきて、左手に持ってたスニッカーズのパッケージを開けたけど…、胸焼けのせいで食べる気が失せた。 「う〜…っ、コンビニ行った時、カロリーメイトにしときゃ良かった」 でも、あん時は胸焼けまでは起こしてなかったから、しょーがねぇし…。 つか、なんで知らないオンナの一言で、こんなにムカムカしなきゃなんねぇんだ。 けど、そう思ってんのに、なんか妙にオンナの言葉が胸に引っかかって取れない。 久保ちゃんが俺に甘くて、俺が久保ちゃんに甘えてるって…、さ…。 同居してるって言っても、実際は…、居候って言った方が正しいのもわかってるし…。そんなの言われなくてもわかってるっていうか、わかってるつもりだけど…、 知らないヤツに言われたくねぇーーっ!! それに久保ちゃんが俺に甘いって言われても…、良くわかんねぇし…、 甘いって言われて思い浮かべるのは、砂糖とか飴玉とか…、 手に持ってるスニッカーズとか、そういうモノだし。 でも、そんなコトを考えてっと、何もかも知ってるみたいに言うオンナの声が聞こえてくる気がして、なんか胸の奥がもっと焼け付くみたいにムカムカした。 そして、そんな時に限って、久保ちゃんが予想よりも早くバイトから帰ってきたりして…っ、俺はお帰りを言いながら、慌てて頭の中から考えてたコトを打ち消すっ。けど、それでもムズムズするのが消えなくて思わず、俺は食いたいって言ってた新発売のポッキーとそれを持ってる久保ちゃんから顔をそらせ、プイッとそっぽを向いた。 「アレ? これ食べたいって言ってたような気がしたけど…。もしかして、いらなかった?」 俺が顔をそらせると、久保ちゃんがそう…、ぼんやりと不思議そうに言う。 別に怒ってるカンジじゃなくて、ホントにあれ?ってカンジで…。 なんていうか、そんな久保ちゃんの声を聞いてっと、ノンキすぎっていうか、一人だけのほほんとししてんじゃねぇよって怒鳴りたくなるっ。 俺がこんっなにっ、ムカムカムカムカしてんのに…っ! 胸ヤケしそうなポッキーなんか食ってる場合じゃねぇってのっ! そう思いつつ、目を閉じてふて寝してみた。 そしたら、久保ちゃんが寝てるソファーの頭の上辺りに座って、スニッカーズを持ってる俺の手首を伸ばした手でぐいっと持ち上げた。 「開けてるのに、なんで?」 「開けた瞬間、食いたくなくなった」 「ふーん、飽きたとか?」 「・・・・・・・そうじゃねぇけど」 開けたスニッカーズを食ってねぇのは、飽きたんじゃない。 ただ、ムカムカしすぎて胸ヤケしただけだ。 でも、それをなんとなく、久保ちゃんに言いたくなくて答えずに黙る。すると、久保ちゃんは持ち上げた手を更に持ち上げて…、スニッカーズを食った。 「なっ、なに食ってんだよ!」 「だって、お前いらないんでしょ? だから、小腹空いたし貰おうかと思って…」 「そーいうのは食う前に言えっ。ホラ、食うなら渡すから手ぇ離せよっ」 「・・・・・・・もぐもぐ」 「ちょ…っ、ナニ勢い良く食ってんだっ! 俺の指まで食う気かっ!?」 「・・・もぐもぐ、もぐもぐ」 「おっ、お前はジョーズか…っ!!!」 指に向かって食い進んでくる久保ちゃんを見てると、なんとなく、ずっと前に深夜にやってた海を泳いでるサメが襲ってくる映画を思い出して、そう叫ぶ。それから、スニッカーズから手を放そうとしたけど、手首からすべるように移動してきた久保ちゃんの手が、がっちりと上から握ってきてて放せないっっ。 しかもっ、その手を剥がそうとして伸ばした手も、そうしようとした瞬間に上からガッチリと握りこまれて…っ、なぜか俺と久保ちゃんが交互に上に重ねるようにして、両手でスニッカーズを握りしめてる状態っ。 うわー…、コレがマイクだったらデュエットできそう…。 とか、そういうんじゃなくてっ!!!そうしてる内に久保ちゃんの口が、モグモグとスニッカーズを食いながら指まで移動してきてるのが問題だった! もしかしたら冗談かと思ったのに、冗談だと信じたかったのに…っっ、 俺の指がっっ、俺の指がマジで久保ちゃんの口の中にーーーっ!! 「ぎゃーっ、食われるうぅぅっっ!!!」 久保ちゃんザメに指を齧られ、食われるのを想像した俺は襲ってくる痛みに耐えるためにぎゅーっっと目を閉じるっ。だけど、齧られたはずの指は全然痛くなくて…、アレ?と思って目を開けようとしたら、ベツの場所に食いつかれた。 「んぅ…っ、なにすん…っっ!!!」 いきなり予想してなかった場所を、久保ちゃんに食われて…、 一瞬、頭の中が真っ白になる。 いきなりだったから、上手く息ができなくて苦しくて…、 離れた瞬間に、大きく食われた部分を開くと…、今度は中を食い荒らしそうとして入り込んできて、食われながら俺の中に甘さが広がっていく…。 スニッカーズなんか少しも食ってないのに…、甘くて甘すぎて…、 でも、胸ヤケしてたはずの胸は、なぜかドキドキしてるだけで焼けたりはしなかった。焼けたりしないでドキドキし続けて、食われるたびに食われた場所から響く音がやけに耳につく。その音を聞いてると今度はカラダが熱くなってくる気がして、またぎゅっと目を閉じ…、すると、俺に甘さをうつしながら離れたものが、今度は俺の目蓋に落ちてきた。 「く、く、久保ちゃん…っっ、今のっ!!」 「ねぇ、機嫌直った?」 「…って、最初からベツに機嫌悪くねぇしっ! つーか、さっきのってキ、キス…っ!」 「うん」 「な、なっ、なんで!?」 「ん〜、たぶんヤキモチ焼いてくれたから?」 「やっ、ヤキモチってっ、そんなんじゃねぇよっ! ただ、何も知らねぇのに知ってるみたいに言われたから、ムカついてるだけに決まってんだろっっ! 甘いとかなんとかっつって…っ、ホントにあのオンナのコト知らないのかよ?」 「知らないよ」 「む…、昔、付き合ってたりとかっっ」 「してないよ」 「・・・・・・・さ、さっきみたいなコト、したりとか」 「してない…と思う」 今の今まで、甘いって言われたコトにムカついてると思ってた。 けど、久保ちゃんが…、『してない』じゃなくて『してない…と思う』って言った瞬間、俺は自分が違うコトでムカついてたのに気づいて…っ、 それが久保ちゃんが言ってたのとピッタリ当たってたってわかったら、なんか顔から火が吹き出そうになる。だから、それを見られたくなくて両手を強引に奪い返そうとしたけど、めずらしくスゴク楽しそうな久保ちゃんに…、また捕らえられて…、 俺は真っ赤になったカオを見られるハメになった。 「まるで、リンゴみたいだぁね」 「・・・・・こっ、コレはただ暑いだけに決まってんだろっ」 「ふーん、なら脱ごうか?」 「は?」 「暑いなら、服脱いだ方がいいよね」 「なっ、なんで、そんな発想になんだよっ!?」 「脱がせてあげよっか?」 「脱がせなくていいっっ!!」 「好きだよ、時任」 「う、うるせぇ…っ!て、・・・・・・・今なんて?」 「うん、だから…、好きです、付き合ってください」 久保ちゃんがまるで天気の話しをするみたいに、あんまり、スルっとサラっと言うから、幻聴か、幻覚に違いないって思った。 絶対、幻聴か幻覚だって思ったっ。 でも、気づいた時には混乱してたせいか、俺もスルッとサラッと返事をしてて…、 自分で自分に驚いた時には、もう手遅れなカンジで久保ちゃんに甘い…とか言われながら食われてた。 でも、俺に甘い久保ちゃんと、久保ちゃんに甘い俺と…、 ホントに甘いのはどっちなのか…、どっちが甘えてるのか…、 溺れるような甘さだけをカンジてる、今の俺にはわからなかった…。 |