・・・・・・ポタリ、・・・・・ポタリ。

 じーっと天井見つめながら、さっきから落としてんのは水…、じゃなくて目薬。
 だけど、上から落とした目薬は、目標を外して目尻の辺りの落ちる。
 そして、その前は眉間の辺り、その前の前は目蓋の辺りだった。
 ううう…、なぜだっ、なんで入らねぇんだよっ。
 さっきから、何度もやってんのに…っ!
 
 「つーか、上から落ちてくんのに、目をつぶらないとかムリだろっっ」

 朝、起きたら目が赤くなってて、それを治してぇのは山々だけどっ、
 くそーっ、入らねぇっ、イライラするっ!
 ムカつくーーっ!!!
 つかっ、なんで上から落とすんだっ。
 もっと、他に方法とかねぇのかよっ!!

 「だぁあぁっ、もうっ!! やーめたっっ!!」
 
 赤くなった目のまま、俺はそう言って目薬を軽く投げる。
 そして、バタンとリビングのソファーに後ろ向きに倒れた。
 目薬しないとすぐにはムリかもだけど、ほっときゃ治るだろっ。
 けど、投げた目薬は、着地予想地点だったテーブルじゃなくて、いつの間にか近くに来てた久保ちゃんの手にキャッチされた。

 「目薬は投げるモノじゃなくて、差すモノなんだけどなぁ」
 「そ、そんなの言われなくても、知ってるに決まってんだろ」
 「あ…、もしかして目が充血してる?」
 「そーだけど、すぐ治る」
 「目薬も差さずに?」
 「もう差した」
 「いつ?」
 「さっきっ」
 「ホントに?」
 「ホントっ!」

 思わず、そう答えちまったけど、ウソは言ってない。
 目薬が目に入らなかっただけで、差すのはちゃんと差したし!
 それに、目薬を自分じゃできないなんて、久保ちゃんに言いたくないっ。
 言ったら絶対にからかわれるに決まってるしっ、この天才な俺様が目薬をさせないなんて、あり得ねぇしっ!!
 そう想ってると久保ちゃんが目薬片手に、細い目でじーっと俺の方を見る。
 そして、まるで俺のココロを読んだような一言を言った。

 「・・・・目薬、さしてあげよっか?」
 「だーかーらっ、とっくに差したって!」
 「じゃ、もう一回?」
 「なんで?」
 「さぁ?」
 「却下っ」
 「どうして?」
 「どうしてもっっ!」

 俺に目薬を差したい久保ちゃんと、久保ちゃんに目薬を差されたくない俺。
 短いワケのわかんねぇ、やりとりを繰り返して…、
 隙をついて目薬を構えた久保ちゃんを避けるように、俺はソファーの背に顔を向け、久保ちゃんのいるテレビのある方向に背を向けた。
 べっつに目が赤くったって、そんなのすぐに治るし…っ、
 だから、目薬なんかさせなくったって、べっつに困んねぇしっ!
 けど・・・・・・・、なんか・・・・・・っ、

 「ううぅぅ〜〜〜っ」

 たかが目薬なんだけど、差せないとなると…、なんか気になる。
 目が赤いだけじゃなくて、少し痛いような気もしてきて…、
 俺は近くにあったクッションを手で引寄せて、ギュッと抱きしめて丸くなる。
 すると、いつの間にかソファーのトコまで来てた久保ちゃんの手が、背を向けて丸くなってる俺の肩を掴む。そして、ぐいっと強引に引っ張って、横向いてた俺の顔を上向きにした。
 だから、何すんだって文句言おうとしたけど、久保ちゃんのカオが今まで見たコトないくらい真剣で…、驚いた俺は思わず開きかけた口を閉じる。すると、久保ちゃんは驚いてる俺に向かって、妙なコトを口走った。

 「実は・・・・・、なんだけど」

 久保ちゃんが何か言った…けど、なんでか良く聞こえない。
 だから、俺はな、何?と、驚いた表情のままで聞き返す。
 すると、久保ちゃんは真剣なカオのまま、同じコトを繰り返し言った。

 「実は・・・・・、妊娠三ヶ月なんだけど?」
 「・・・・・・・・は?」
 「だから、妊娠三ヶ月」
 「へ?」
 「実は妊娠してて、今、三ヶ月って言ってるんだけど?」
 「・・・・・ウソだろ?」
 「ホント」
 「ウソだよな?」
 「だから、ホント」

 「…ってっ、でえぇぇぇーーーっ!!!!!!!」

 久保ちゃんに妙なコトを、真剣なカオで真剣に言われ…っ、
 あり得ないとわかっていながら、パニックの陥るっっ!!
 しかも、妙な想像が頭ん中をグルグルまわって止まらないっ!
 でも、そんな想像をしてると、驚いて見開いた俺の目に…、何か冷たいモノがポトリと落ちてきた。

 「・・・・・・・・・・・あ?」
 「うーん、やっぱ驚いた時が一番目が開いて、目薬差しやすいよねぇ。予想以上に驚いてくれたおかげで、見事成功〜」
 「・・・・・・・・てコトは、今のはウソ?」
 「だから、ホントだって」

 「じゃ、じゃあ久保ちゃんが妊娠三ヶ月ってのは…、ホント…っ」

 そう言った瞬間、差された目薬が目尻から伝って流れ落ちる。
 その感触を頬に感じながら、俺はなんとなく…、ことわざを思い出した。
 目薬が落ちてきたのは久保ちゃんの手からだったけど、そーいや、二階から目薬ってことわざがあったような…、なかったよな…。
 も、もしかしたら、コレがそういうヤツなのか…っと、呆然としながら思ってると…、
 久保ちゃんがなぜか俺の頬を見て、元から細い目を更に細めた後、のほほんとした様子で自分の腹を眺めた。
 
 「・・・・・そんな風に見える?」
 「見えねぇに決まってんだろっ」
 「だよねぇ、俺もそう思うし?」
 「はぁ? けど、さっきホントだって…っ」
 「そうそう、だから俺じゃなくてさ、俺らのマンションの三軒先の向かい側にある平田さんちの犬。今、妊娠三ヶ月…ってのは間違いで、二ヶ月だって…」
 「・・・・・・はあぁぁぁ!?」
 「かわいいコ、生まれるといいよね」

 「って、紛らわしいんだよっ、てめぇはっっ!!!!!」

 ・・・・・とか叫んでると、今度はさっきとは反対側の目に目薬が落ちてきてっ!
 驚いたり怒ったりしてる間に、久保ちゃんに両目とも目薬を差されちまった俺は、フルフルと握りしめた拳を震わせながら、目薬を差す練習をするコトをココロに誓ったっ!!
 
 「久保ちゃんっ」
 「ん〜?」
 「いつか二階から目薬落としてやるから、覚えてろよ!!」
 「ふーん、二階から目薬、ね。じゃ、俺は三階から落とそっかな?」
 「なら、俺は四階っ!!」
 「うーん、だったら二つ飛んで六階」
 「何でいきなり飛ぶんだよっ!! 四階の次は五階だろっ!!」
 「えー…、ベツに飛んでもいいじゃない」
 「良くねぇよっっ!!六階は俺様のモンだっ!つーか…、何の話してたんだっけ、俺ら?」
 「さぁ?」

 五階だ、六階だと言い合ってる内に、何の話をしてたのかわかんなくなって…、俺はパチパチと目をしばたく。すると、目薬を差したせいか目が痛くなくなった気がして、目薬片手に俺を見下ろしてる久保ちゃんを見上げた。
 そしたら、久保ちゃんは微笑みながら、俺の目尻に流れてる涙じゃなくて、目薬を伸ばした人差し指でゆっくりと拭う。その仕草が触れた感触が、あんまり優しかったから…、また、ちょっとだけ驚いて目を見開いた。
 
 「くぼ…、ちゃん?」
 
 じっと久保ちゃんを見つめながら、名前を呼んでみると…、
 久保ちゃんは伸ばしてた人差し指を、目薬の流れた後を辿るように動かした。

 「お前、二階から目薬ってコトワザ知ってる?」
 「知ってるから、さっき使ってたんだろ」
 「うん、それはそうなんだろうけどね。たぶんお前が思ってる意味違うと思うけど? 二階から目薬って…、まぁ、そんなトコから目薬落ちてきたら驚くだろうけど、そういう意味じゃないし?」
 「・・・・・・・・・へ?」
 「でも…、ある意味合っていなくもないかもね? そのコトワザ」
 「合ってるって、何に?」
 「・・・・・・・・それはヒミツ。教えてもわからないだろうし、教えない」
 「なんだよっ、ソレっ!」
 
 「知りたいなら調べなよ…。ホントにその意味を知りたいなら、自分で…、ね?」

 そんなカンジで俺の目は、目薬のおかげか赤いのも痛いのも治って…、
 その三日後には、平田さんちの犬のコドモが生まれた。
 そんでもって、それより後に二階から目薬のことわざを調べて…、
 それから、俺がどうしたかは…、
 今日の俺みたいに、驚いたカオしてた久保ちゃんだけが…、

 ・・・・・・知ってるのかもしれない。

                            『二階から目薬』 2008.11.5更新

二階から目薬… 遠まわしでじれったくイライラすることや、
           ものごとが思うようにいかないこと…。

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