はぁ、はぁはぁ・・・・・・。 さっきから、自分の早く鳴る鼓動と呼吸音がウルサイ。 けど、それを静かにさせるためには、走ってる足を止めなければならない。 だから、どんなにうるさくても耐えてガマンして、足を前へと踏み出す。 前へ前へと足を踏み出し…、けれど、行く当てもなく…、 近づいてくる角をどっちに曲がるかなんて、ただの勘と気分次第。 景色は流れるように過ぎて行き、冷たい風は頬を切り…、 時折、視線を後ろへと送り、額へと伸ばした手で汗を拭った。 『ちょ…っ!! 久保ちゃんっ、コレってっ!!!』 『寝室へ走ってっ、窓から…っ!』 突然、マンションに鳴り響いた爆音。 それと一緒に始まった、真夜中の逃走劇。 走って走って暗闇を抜けても、また暗闇で…、 始まったばかりの逃走も夜明けも、終わりは未だ遠い。 所持金はポケットの中のサイフだけで、かろうじて懐に入ってるのは一丁の拳銃だけだった。けど、弾数少ないから撃てなくて、ただのお守り代わり。 そんなに油断してたつもりはないけど、やっぱり油断だったかな…と、走りながらの反省会は無数の足音に掻き消され。薄汚れた裏路地で蹴り上げた青いポリバケツは、ゴミを撒き散らしながら小気味いい音を立てた。 「くぼちゃん…っ、ナイスシュート!」 「そういうお前もね」 「缶蹴りじゃなくて、バケツ蹴り…、だなっ」 「鬼さん、こちら手の鳴る方へ?」 「それは目隠し鬼…っつか、呼んで…、どーすんだよっ」 「じゃ、暗闇で目隠しして・・・・、手の鳴らない方へ呼んでみる?」 「手を…、鳴らさないなら、どうやって呼ぶんだよ?」 「ソレは、見てのお楽しみ〜…」 「もったいつけてんじゃ…、ねぇってのっ!」 ただの勘と気分で曲がり、突き進み…、 辿りついた先は、天国か地獄か…。 見てのお楽しみは、行き止まりのショータイム。 壊れそうな心臓と苦しい呼吸音の限界点で、逆転する9回の裏のゲーム。 街灯も無く、昼間もシャッターの下りてる店の連なり、足元にまとわりつく新聞紙を跳ね除けた場所にある暗闇は、運良く雲に隠れた月の恩恵の賜物。 突然、隠れた月に、真の暗闇に慣れない目は瞳孔を開く。 けど、俺の目だけは暗闇の中に行き止まりを見出し、横を走る時任のカラダを抱くようにして横に飛んだ。 「うあぁぁーーっ!!!!」 「ぐ…っ!!!」 ガードレールも何もない、突然、切れた細い道の先。 ドブ川に飛び込んでいくのは夏の虫じゃなくて…、ヤクザのオジサン。 この川を囲むコンクリは高いのに、流れる汚水は飛び込んだオジサンのために足首程度。溺れなくて良かったねと呟いても、返ってくるのは呻き声だけ。 だから、月が隠れてる間に、俺は立ち上がり時任の手を引いて歩き出す。 また、パラパラとあちこちから聞こえてくる音に、俺はお守りを構えた。 「次に月が出たら、お花見でもしよっか?」 時期外れの月夜のお花見。 けれど、見るのは春の儚いピンク色の花じゃなくて…、 時期外れの彼岸花。 咲かせてあげるよと、構えたお守りに指をかける。 だけど、まだ出ぬ月の暗闇の中、かけた指の上に乗せられた温かな指に、同じようにお守りを握りしめてくる手に目を閉じると…、 落ちてくるのは沈黙で、落ちてゆくのはたぶんココロ。 止まらない急降下は、壊れそうな心臓を更に壊そうとして…、 ふいに重なる呼吸に、重なる鼓動に…、咲く花は胸の奥…。 胸をココロを犯して咲く花は、何色なんだろうかと…、 やっぱり、目の前で咲く花と同じ色をしてるんだろうかと…、 やがて、目隠しを取った月の光に照らされながら、俺はお守りを持つ手とは反対側の手を時任の心臓の上に置いた。 「ドキドキしてる…」 「久保ちゃんも…、だろ?」 「うん、ドキドキしてる」 「これから、花見だから?」 「いんや、お前だから…」 「俺、だから?」 「そ、お前だから、ドキドキして花が咲くんだ」 「花? それって・・・、赤い花なのか?」 「さぁ? 何色なのかは、お前が見てよ…」 ・・・・・・・いつか暗闇のベッドの上で。 ガゥンッ、ガゥンガゥン・・・・・・ッ!!!!!! 鳴り響くのは銃声か、慟哭か…。 咲いていくのは生か死か…、流れゆく血か涙か…。 二人で咲かせた花の色は、きっと罪の色に似てる。 月光の下、赤く赤い彼岸花に囲まれて…、硝煙に包まれながら…、 俺は空を見上げ目を細め、お守りを握りしめたまま、近くにある鼓動を…、 ・・・・・・・ほころび咲いていく花を抱きしめた。 |