暑いと冷たいモノが恋しくなる。
 そして、寒いとあったかいモノが恋しくなる。
 自動販売機のホットとクールの割合とか、コンビニで売ってる麺類とか…、
 そういうのを色々と思い出すと、きっと誰もがそうなんだろうなって思うけど…、
 今、冷たい風が吹き荒ぶ場所で、走り出した俺が向かう先にあるのは冷たい背中。
 走り出し腕を伸ばす先にあるのは、冷たくて寒そうな背中だった。

 「あんっの…、バカっ」

 そんな呟きは、吹いてくる風の音に掻き消され…、
 急に寒くなったせいで赤くなる前に枯れちまった葉が、灰色の11月の空を舞う。
 いつからソコに立ってたのか、なんで…、霧雨の中、あんな場所にいるのか知らないけど、背中を見つけた瞬間、俺は走り出していた。
 雨も風も空も…、何もかもが寒く冷たくて…、
 おまけに吐く息は少し白くて、伸ばした手は少し冷たい…。
 でも、それでも俺はぬくもりを求めずに、刺すような冷たさに身を震わせて…、
 冷たい背中を後ろから抱きしめた。

 「カサも差さずに、こんなトコで何やってんだよ」

 冷たい背中に熱を奪われながら、俺がそう言う。
 すると、さっきからじっと地面を見つめている冷たい背中をした久保ちゃんは、今、俺が居るコトに始めて気づいたみたいに、小さく俺の名を呼んで、わずかに肩を揺らした。

 「そう言うお前こそカサも差さずに、こんなトコで何やってんの?」
 「久保ちゃんのコト、探しに来たに決まってんだろ」
 「・・・・って、なんで?」
 「ゲーセン帰りに葛西のおっさんに会ったんだけど、そしたら、ココらヘンを歩いてるの見かけたって…」
 「あぁ、そういうコト」
 「うん」

 「だったら、別にすぐに帰るし、探しに来なくても良かったのに…」

 そう呟いた久保ちゃんの声は淡々としてて、その声がまた俺の熱を奪う。
 けど、今度はカラダからじゃなくて、ココロから熱を奪われたような気がして…、
 冷たい背中を抱きしめる腕から、ほんの少しだけ力が抜けかける。
 でも、それでもやっぱり…、俺は冷たい背中を抱きしめ続けた。
 すると、カラダは霧雨と久保ちゃんに熱を奪われていくけど…、
 それでも…、ずっと抱きしめていたい背中だった。

 「タバコの匂いがする」
 「・・・けど、それだけじゃないでしょ?」
 「うん」
 「じゃ、離れなよ」
 「イヤだ」
 「・・・・・・・濡れる」
 「もう濡れてんのに、そんなの今更…」
 「カゼ引いても知らないよ」
 「それはこっちのセリフだっつーの」

 背中越しに会話を続けて、そしたら…、少しずつ少しずつ…、
 淡々としてた久保ちゃんの声に、抑揚が出てきて…、
 ふと気づいたら、冷たい背中も少しあたたかくなってて…、
 そのコトにホッとして息をつきながら、俺は久保ちゃんが見つめてる場所を見る。
 けど、そこには雑草が生えてるだけで、特に何もなかった。
 ホントに何もないのに、久保ちゃんはじっと見つめてて…、
 だから、何でだって聞くと、久保ちゃんは視線を上げて空を見た。

 「猫が、死んだんだ…。ずっと昔の…、コトだけどね」

 久保ちゃんが言ったのは、それだけだった。
 その他には何も言わなかった。
 でも、たぶん…、言わなかったんじゃなくて言えなかったのかもしれない。
 セッタに混じる嗅いだコトのある匂いは、冷たい風や霧雨みたいに…、
 久保ちゃんの背中を冷たくするけど、それでも俺は離さないで抱きしめ続けて…、
 ほんのりと背中があたたかくなった頃に抱きしめてた腕を離すと、首に巻いてたマフラーを取って折りたたんで、久保ちゃんが見つめてた地面を覆うように置いた。

 「カサはないけど…、これなら少しはあったかいだろ」

 そう言ってポンポンと小さなコを寝かしつけるみたいにマフラーを軽く叩くように撫でて、俺は久保ちゃんの方を見る。すると、久保ちゃんは少し驚いたようなカオをした後…、何かに耐えるように開きかけた口を閉じ、きゅっと唇を引き結んだ。
 そして、俺に方に自分から腕を伸ばしてくる。
 何かを怖がってるみたいにゆっくりと、でも確実に俺の方に向かって…、
 だから、俺も久保ちゃんに向かって腕を伸ばして、俺は久保ちゃんを久保ちゃんは俺を抱きしめた。ぎゅっと抱きしめて抱きしめられながら、唇を引き結んだ久保ちゃんの背中だけじゃなくて何もかも抱きしめたくなかった…。
 久保ちゃんも、久保ちゃんが見つめてた先にいる猫も…、
 久保ちゃんと俺がいる場所も空も、世界も何もかも抱きしめて…、
 腹の底からココロの底から声を上げて、ただ、ただ叫びたくなった。
 俺がこういうキモチ…ってなんて言うんだろうって考えてたら、いつもののほほんとした表情に戻った久保ちゃんがマフラーみたいに俺の首に腕を巻きつける。それから、俺が置いたマフラーのある場所に向かって、そっと…、おやすみを言った。

 「きっと良く眠れるよ…。コイツの体温はコドモみたいにあったかくて、とても気持ちいいから…、ね? 俺の保障付き」
 「…って、コドモの体温で悪かったな」
 「褒めてんだけど?」
 「褒められてる気しねぇしっ」
 「やっぱり、寒い日は時任クンに限るやね」
 「寒い日だけかよっ」
 「なーんて、寒い日も暑い日も恋しいのは、お前だけだから…」
 「俺はおでんが恋しい」
 「なら、コンビニにでも寄って帰りますか?」
 「今夜はおでんに決定っ!」

 寒い日も…、暑い日も恋しい…。
 そんな久保ちゃんの言葉に、ホントは俺もって答えたかったけど…、
 素直に言えない俺は、おでんを恋しがってるフリして誤魔化して…、
 だけど、抱きしめた腕を離しても、伸ばす手の先には久保ちゃんがいる。
 どんなに風が冷たく吹き荒んでも…、雨が肩を濡らしても…、
 二人並んで歩く世界は、どこまでもどこまでも恋しく…、


 そして…、愛おしかった…。


                            『恋しさ』 2008.10.30更新

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