よしよし…、よしよし・・・・。 そんな風に撫でるのは、ひなたぼっこしてる猫じゃなくて…、 実は、ソファーの上で眠ってる時任。 バイトから帰ってきた時から、すでにこの状態で、いつから眠ってるのかは知らないけど、頭を撫でても起きる気配はない。だから、調子に乗って、また、よしよしと頭を撫で続けてたりする。 もしも、起きてたら猫扱いするなって怒るだろうけど…、 気持ち良さそうに眠ってる今は、俺の手を素直に受け入れてくれてるみたいだった。 ホント、これだけ撫でても起きないなんて…、 安心しきってるっていうか、なんていうか…、ね。 ココロの中でそう呟いて、はー…っと軽く息を吐く。 すると、なぜか全身の力まで抜けた気がして、立ったままだった姿勢からズルズルと床に座り込む。けど、相変わらず俺の手は時任に触れてて、今度は撫でたりはしてないけど、ソファーから零れ落ちてる右手を軽く握りしめた。 起こさないように気をつけながら、それでも時任の右手を握りしめて…、 俺は床に座り込んだ状態で、時任の眠ってるソファーに背をつける。 そして、時任の静かな寝息を聞きながら、ぼんやりと天井を見上げた。 「もしかして、安心しきってるのって俺の方だったり?」 ぼんやりと天井を見上げて、ぼんやりと呟いた言葉。 全身から力が抜けたような、気が抜けちゃったような…、マヌケな自分の声。 あぁ…、マヌケだなぁと自分のマヌケな声を聞きながら、そうマヌケに思って…、 また、ため息なのかアクビなのか、わからない息を吐き出そうとしたけど…、 そうしようとした瞬間、頭を優しい何かが撫でてきて、俺の吐きかけた息は止まった。 よしよし…、よしよし・・・・・・・・。 さっきの俺みたいに、後ろから頭を撫でられる。 よしよし…、よしよしってドーブツかコドモ扱いっぽいカンジだけど、マヌケに安心しきってる俺は、その手から逃れる気も起きなくて…、 力が抜けたついでに、床にゴロンと崩れ落ちるように寝転がった。 そしたら、そんなトコで寝るとカゼひくぞ…って、そんな声と共に時任がかけてた毛布が半分くらいソファーの上から落ちてくる。だけど、ソファーの上と下で毛布を半分なんて、何か妙な気がして、それが思わず肩が震えるほどおかしかった。 「何、笑ってんだ?」 「ん〜? 別になんでもないよ」 バイトから帰って来てから、初めて交わす会話はお互い眠そうで…、 ソファーの上と下とで交わす視線も、やっぱり眠そう…。 カラダから力が抜けて、気が抜けて…、ひたすらぼんやりする。 でも、完全に目を閉じる前にしたいコトがあって、俺は上から半分だけ落ちてきてる毛布をぐいっと引っ張った。 「ねぇ…、時任」 「なんだよ?」 「そこだと何もできないから…、落ちておいでよ」 「何も…って、なにする気だよ?」 「心中」 「誰が行くかっ」 引っ張った毛布は引き戻されて、またまた半分コ。 ムスっとしたカオした時任は、落ちてきてくれない。 ジョウダンだったのに…って言ったら、半分コが三分の一になりかけて…、 うーん…と軽く唸った俺は、今度は毛布じゃなくて時任の右手を引っ張った。 「ねぇ、そこだとキス・・・・・」 「上がって来い」 右手を引っ張り言った言葉をさえぎるように、ピシャリと時任の言葉がぼんやりとした俺の脳を打つ。そして、引っ張ったはずの右手にソファーの上まで引き上げられた。 けど、引き上げられた俺が、時任を下敷きにする事はなく…、 逆に力持ちな時任の右手にソファーに押し付けられ、逆に下敷きにされる。 そして、俺の胸に頭を乗せた時任は、半分コにしてた毛布を俺らの上にかけると、これでよし…っと満足そうに目を閉じた。 「・・・・・落ちるよか、この方がいい。あったかくて気持ちいいし…」 「コタツとかヒナタみたいに?」 「それも似てっけど、なんかそーいうんのじゃなくてさ。なんとなく、帰ってきた気がするっていうか、そういうカンジ…」 「出かけてもないのに?」 「出かけてなくても家ん中で何か欠けてっと…、なんつーか落ちつかねぇし、俺んちじゃないみたいな気ぃするから…」 「欠けてるって、落ち着かないって何が?」 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・お前のウチは、ココでしょ?」 「うん…、それはわかってっけど…」 時任の言いたいコトが、わかるようでわからない…。 俺が居なくても時任はウチで自由にしてくれていいし、確かに掃除とか食事の当番は決めたりしたけど、その他に決まり事は何も作ってなかったはずだ。 何か欠けてるとか言ってたけど、一体、ソレは何なのか…と…、 そう思い考えながら、また、時任の頭をよしよしと撫でる。 すると、時任が頭を撫でてた俺の手を掴んだ。 「また、俺のコト、似てるとかってネコ扱いしてんだろ?」 「だって、ホント、お前似てるし?」 「・・・・・・・似てねぇよ。それにネコみたいにきまぐれなのは、俺じゃなくて久保ちゃんの方だろっ」 「え?」 「ココはお前のウチとか言うクセに、褒めるみたいに頭撫でたりして…、なんで…っ」 褒めるみたいに頭を撫でて…、気まぐれに…。 そんな時任の言葉と声は、なぜかとても胸をしめつけてきて…、 ぽつりぽつりと言いワケみたいな言葉が、口から出かけては消え…、出かけては消える。頭を撫でてほっとしたように、全身から力が気まで抜けて…、その理由を深く考えたりはしなかったけど、もしかしたらしなかったんじゃなくて、したくなかったのかもしれない。 ウチに帰って来て…、時任が居るコトに期待してる自分に気づきたくなかったのかもしれない…。それが当たり前のようになってしまったら、きっともう…、ダメだからとブレーキを踏んでいたのかもしれない。 だけど、なんでって…、どうしてって胸にマーキングするように額を頬をすりつけられて動けなかった。上に乗っている重みを、気のせいだって払い除けられなかった。 「・・・・・・・重いよ」 俺がそう言っても、時任は聞いてくれない。 でも、きっと…、押しのけられるのに、そうしない俺も望んでなかった。 離れるコトも、重くない距離に戻るコトも…、望んでなかった…。 だけど、今よりも前から…、たぶん始めて重さを感じた時から…、 落ちてきて欲しいと望んでしまうくらい、もう手遅れだったんだと、頭を撫でようとした手で時任を抱きしめながら…、 そのぬくもりに、早く鳴る鼓動に現実を突きつけられた。 だから、俺は長い長い息を吐き出した後に、今まで言ったコトがなかった気がする言葉を…、時任に言った。 「・・・・・・・・・・ただいま」 時任はおかえりって言ってくれてたけど、いつも、うん…と返事するだけだった。 それで、ちゃんと返事をしたつもりだった。 だけど、時任には俺自身さえ気づいてなかったコトに気づいてたみたいで、初めての言葉を口にすると乗ってるカラダがピクリと揺れて、俺と同じように時任の口から細く…、長い息が吐き出された…。 「おかえり…、久保ちゃん…」 お互いの重さが一体どれくらいなのか、たぶん俺にも時任にもわかっていないんだろう。もしかしたら、ずっと…、わからないままなのかもしれない。 そう想うのは、あぁ、なんて重いんだろうって…、 時任の重さを胸に抱きながら、ぼんやりとそう想ったからかもしれなかった。 きっと、どこを探したって、何を見つけたって比べられない。 君より重いモノなんて、無いってコトだけは知ってるけど…、 君よりも重いモノなんて…、存在しないから・・・・、 僕は君が好きだから、誰よりも愛しているから…、 ・・・・・・・・その重さを永遠に知らない。 |