「何かうれしいことでもあった?」

 冷蔵庫から取り出した牛乳飲んでると、突然、久保ちゃんがそんなコトを聞いてくる。だから、牛乳をゴクゴクとパック飲みながら、何かあったっけ?と考えてみた。
 朝っていうか、もう昼だったけど…、
 起きてから今まであったコトとか、したコトとか思い出してみて…、
 それから、うれしいこと…、うれしいこと…とブツブツ言いつつ探してみる。
 けど、起きてから行った場所はコンビニしかねぇし、今日の晩メシは聞くまでもなく…、今、久保ちゃんが作ってるカレーっぽいしぃぃっ!
 何かあったかって聞かれるほど、うれしいことなんてねぇよな…と、そこまで考えた俺は何もないと首を横に振ろうとした。
 でも、牛乳パックを冷蔵庫に戻し、鍋で野菜を炒めてる久保ちゃんの横顔を見た瞬間、俺はぷ…っと軽く噴出し、そうするのをやめる。すると、久保ちゃんが鍋に炒めた野菜を煮込むための水を入れつつ、ん〜?と糸のように細い目を俺に向けた。

 「何、一人で思い出し笑いしてんの?」

 噴出した俺に、久保ちゃんがそんな風に聞いてくる。
 だけど、べつに思い出し笑いなんかしてなかった俺は、水の入れられた鍋と久保ちゃんの顔を交互に見た。

 「うれしそうなのは、俺じゃなくて久保ちゃんだろ?」

 そう言った俺は、伸ばした人差し指で久保ちゃんの頬をプニっと軽く押す。
 すると、久保ちゃんはさっきの俺みたいに、うれしいコト…ねぇ?とか言いつつ、鍋のフタを閉じてから考え始めた。
 けど、鍋からグツグツという音が聞こえ始めても、わからなかったらしくて…、小さく首を傾げてから、俺がしたみたいに人差し指を伸ばして俺の頬をプニッと軽く押す。それから、コトコトト時間をかけて柔らかく煮込むために、コンロの火を弱めた。

 「ベツに何も心当たりないんだけど、そんなにうれしそうなカオしてた?」
 
 首をかしげたままで久保ちゃんがそう言うから、俺はウンウンとうなづく。
 だけど、俺も同じだったから、久保ちゃんと同じように首をかしげた。

 「俺もベツに心当たりねぇけど、そんなにうれしそうなカオしてたか?」

 首をかしげたままで俺がそう言うと、久保ちゃんはウンとうなづいたけど…、
 二人で鍋の前で首をかしげてるって…、なんかヘンすぎるっっ。
 つーか、二人とも自覚ナシでうれしそうって、どういうコトだよっ。
 マジでワケわかんねぇしっ!
 そんなカンジで、俺と久保ちゃんはキッチンで俺らの身に起こってる最大の謎について考える。気のせい…って言いたいトコだけど、確かに久保ちゃんはうれしそうだった。
 そして、久保ちゃんも俺が確かにうれしそうだったと言う。
 うーん…と俺が唸って考えてると、ん〜…と久保ちゃんが唸りながら考える。
 だけど、ふと…、唸る久保ちゃんのカオを見た瞬間、久保ちゃんのはわからねぇけど、俺の謎は解けた気がして、あ…っ!と声をあげる。すると、なぜか久保ちゃんも何かを思いついたように、左の手のひらを右手の拳でポンっと打った。

 「久保ちゃんがうれしそうだったから、たぶん俺も…っ」
 「お前がうれしそうだったから、たぶん俺もって…、アレ?」
 
 二人同時に二人で同じコト言って、二人でキョトンとする。そして、二人でお互いのカオ見て沈黙して、二人で吹き零れかけた鍋を見て慌てた。

 「うわっ、もっと火ぃ弱めろって!」
 「その前にフタでしょ」
 「…っと思うなら!」
 「もう取った。時任、火」
 「もう弱めたっ」
 「セーフ?」
 「ギリギリっだけどなっ」
 「さすが時任クン、ナイスフォロー」
 「当然っ!」

 吹き零れかけた鍋は、久保ちゃんがフタ取って、俺が火ぃ弱めてセーフ。二人でふー…っと軽く息を吐いて、吹き零れる心配のなくなった鍋に背を向けた。
 このまま、柔らかくなるまで煮込んで、カレー粉入れれば出来上がり。
 それまで、テレビでも見るかとリビングに移動しながら、俺はさっきまで二人で考えてたコトを思い出し、ソファーにドカッと座ってから久保ちゃんを見る。すると、俺の隣に座った久保ちゃんも、のほほんと俺の方を見た。

 「…で、結局、うれしそうだったのはどっちなんだよ? 俺は久保ちゃんがうれしそうだったから、な、なんとなくだけど…、そういうカンジになったっぽいのに、久保ちゃんも同じだったら、どっちが最初にうれしそうだったのかわかんねぇじゃんっ」
 「ん〜…、そう言われても俺も同じだし…」
 「・・・・ホントだろうな?」
 「そういうお前こそ、どうなのよ?」
 「ホントに決まってんだろ」
 「じゃ、俺もホント」
 
 ハッキリ言って、キリが無い。
 お互いに同じコト言ってて、だけどウソじゃねぇって言うし…、
 俺もウソじゃねぇし…、たぶん…。
 だけど、俺がうー…と唸りながら、また考えてると、久保ちゃんがその思考を止めるように俺の頭を軽くポンっと叩いた。

 「ま、うれしそうだったら、どっちでもいんでない?」
 「…って、なんで?」
 「どっちが最初でも、どっちもうれしそうなら…、問題なくバカップルだし?」
 「だ、だ、誰と誰がバカップルだ…っつか、ますますワケわかんねぇしっ!!」
 「あ…、カオが真っ赤」
 「〜〜〜っ!! 俺が赤いなら、久保ちゃんも赤くなれっ!!俺がうれしそうで、久保ちゃんもうれしそうになったなら、コレだって同じだろっ!!!」
 「うーん…、時任が赤くなるようなコトしてくれたらね?」
 「あ、赤くなるようなコトって、なんだよっっ」
 「そうねぇ、耳元で愛を囁くとか、チューするとか…」
 「しねぇっ!!ぜっったいにしねぇっ!!!!」
 「時任君のケチ」

 「とか言いつつ、耳に息吹きかけんじゃねぇーっ!!!」

 そんなカンジで、謎は謎のまま…。
 カレーは粉を入れて、美味しく煮込まれて出来上がり。
 だけど、いつものテーブルで久保ちゃんとカレーを食いながら、俺は久保ちゃんを見て笑ってたし…、久保ちゃんも俺を見て微笑んでいた。
 だから、謎は謎のままだけど…、きっと…、

 ・・・・・・・・それでいいんだと思う。

                            『謎』 2008.10.28更新

                        短編TOP