自分から手を伸ばし、頬に触れ髪に触れる。 そして、同じように自分から伸ばした腕で、君を始めて背中から抱きしめた時…、 最初に感じたのは、君のカラダが思うより、ずっと細かったってコト。 これでも前よりはふっくらとしてきたと思ってたのに、それでも全然だった。 まだ、全然細くて…、ゴツゴツと骨ばってて抱き心地が悪い。 だから、そう素直に思ったままを言うと、君はムスッとしながら…、 だったら、さっさと放せとかジャマだとか言った。 けれど、俺は抱き心地が悪いって言ったクセに腕を放さなかった。 細くて折れそうで壊れそうで…、 抱きしめるといっても、背中から回した手をゆるく前に交差させただけの抱擁なのに、俺はその腕を放せなかった。そして、俺に抱きしめられてる君も、その腕を振り解こうとはしなかった…。 それがたぶん恐る恐る伸ばした腕でした…、初めての抱擁。 今まで、何が怖くて伸ばせなかったのか、それさえもわからないままに…、 それでも、伸ばさずにいられなかった俺の腕は、一体、何を求めていたんだろう。 俺はその時、ただ…、緩く緩く君を背中から抱きしめながら、晩ゴハン作らなきゃ…とか、そんなコトを考えて…。それから、後ろから緩く抱きしめるコトしかできないクセに、君を太らせる方法ばかりを考えていた…。 ・・・・・・・・・・ちゃんと抱きしめるコトもできないクセに。 久保ちゃんが初めて背中から、俺に抱きついてきたのはいつだったのか…、 なんとなく覚えてるようで、実は全然覚えてない。 頭を撫でられたり、肩や背中を軽く叩かれたりするコトはあっても、そういうのはまったくなかったから、後ろから久保ちゃんの腕が回ってきた時は驚いた。 驚いて固まってると、伸びてきた手が俺の前で交差して…、 それから、俺の後ろ頭に久保ちゃんの額が軽く押し付けられて…、 ・・・・・・抱き心地が悪いって言われた。 勝手に抱きついといて、ざけんなよって思ったけど…、 久保ちゃんは放せってジャマだって言っても放さねぇし、なんとなくだけど…、ふざけてるカンジじゃなかったし…。後ろから抱きつかれてっから、どんなカオして抱きついてんのかわかんなくて、俺は緩く前で交差した腕を振り解けなかった。 すぐに解けるのに、なぜか解かなかった。 たぶんだけど…、それからだと思う…。 時々、久保ちゃんが前触れもなく、唐突に抱きしめてくるようになったのは…、 でも、それはいつも必ず後ろからで、腕は緩く前に回されるだけだった。 「少しだけ…、痩せた?」 テレビを見てると耳元で、そんな声がする。 だから、くすぐったくて首を縮めると、頭の上に顎が乗せられた。 こういうのはもう習慣っつーか慣れてはいるけど、くすぐったいモンはくすぐったいし、重いモンは重い。いつのように唐突に背中から抱きしめられた俺は、ブツブツ文句を言いながら、前で交差してる腕を軽くつねった。 「べっつに痩せても太ってもねぇ…つか、いちいちヒトの脂肪のチェックすんなよ。そんなコトしなくても、俺様はいつでもパーフェクトだっつーのっ」 「…って言ってるワリに、少しも抱き心地良くならないし」 「だーかーらっ、なんでソコにこだわんだよ、セクハラ親父」 「親父はないんでない?」 「じゃあ、チカン?」 「時任クンってばひどーい」 「ヒドイのはどっちだよっ。毎回毎回、自分で抱きついといて、抱き心地が悪いとかってさっ。そう思うなら、抱きついて来なきゃいいだろ」 そんな会話を久保ちゃんとしながら、前にも同じような会話をしたような気がして…、俺は左手の人差し指で眉間を押さえる。 そう言えば、この前はちょっと太ったって言われた…。 だったら、ちょっと太って痩せたならフツーじゃねぇか…とか思ったけど、口から出たのはため息だけ。でも、別に抱きつかれるのが嫌ってワケじゃなくて、そーいうのを気にしたり、抱きついてきたりする理由をちゃんと言ってくんねぇから…、 なんとなく、自分の両手をどうしていいのか、わからなくて…、 だから、たぶん…、ため息が出たりすんだと思う。 俺が仕返しだってふざけて抱きついたりした時は、久保ちゃんは背中どころか肩にも触ろうとしないし…。自分は抱きつくクセにそういう反応って、なんか不思議なカンジ。 なんか…、ホントわかんねぇよな…。 そんな風に考えてる間も、久保ちゃんが自分が居なくても、ちゃんとお菓子じゃなくてゴハンを食べて欲しいとか言ってたけど、俺は生返事を返すだけだった。 「カレー食べたくなかったら、コンビニ弁当でもいいから…」 「うん」 「コンビニ弁当が嫌なら、カップ麺でもいいし…」 「・・・・・うん」 「でも、お菓子はダメだから…」 「・・・・・・」 「ねぇ、もしかして聞いてなかったりする?」 「・・・・うん」 「・・・・・・・・」 俺は考え事をしながら、生返事を繰り返し…、 それから、しばらくして、ふと気づくと久保ちゃんは黙り込んでいた。 しまった…と思った時はすでに遅くて、俺の前に回ってた久保ちゃんの腕がゆっくりと解かれて離れていく。俺は落ちてきた沈黙と部屋に満ちた静寂に、ドクンと自分の心臓が大きく鳴るのを聞いた。 「久保ちゃん…、ごめ…っ」 「…って言われても、別にあやまられる覚えないけど?」 「でも、さっき久保ちゃんの話…っ」 「アレは独り言…」 「え?」 「だから、聞いてても聞いてなくても、問題ないし関係ないよ。それよか、今日の晩メシ何にする? カレー続いたから、たまには鍋でもしよっか?」 「・・・・・・・・・」 話聞いてなかったクセに、独り言って言われて目の奥が熱くなって…、 関係ないって言われて…、歯を食いしばった。 すごく自分勝手でわがままで、自分のコトが嫌になる。 涙が出そうなくらい…、嫌いだ…。 でも、そんな俺に久保ちゃんは優しく笑いかける。 優しく微笑んで、いつもみたいに話をする。 そんな久保ちゃんを見てると、ホントに独り言だったみたいな気がして…、 久保ちゃんの優しさがなぜか胸に突き刺さって痛かった。 ・・・・・・・・俺が悪いのに。 勝手に無視して、勝手に傷ついて…、自業自得で…。 けど、いつも後ろからしか抱きしめてこない久保ちゃんに、抱き心地が悪いなんて言う久保ちゃんに…、俺は何かを叫んでやりたくてたまらなくて…、 でも、何を叫びたいのかわからなくて、喉が詰まったみたいに呼吸するのが苦しかった。あんな風に後ろから抱きついてくるクセに、俺が抱きつくと久保ちゃんの手は触れない不自然な位置で止まったままで…、いつでも一方通行…。 久保ちゃんが俺を…、俺が久保ちゃんを抱きしめたとしても…、 俺らは一方通行のまんまだった…。 「逃げるのか…、俺から逃げんのかっ、久保ちゃんっ!」 後ろから抱きしめられて、手をどうしたらいいのかわからなくなるワケも…、 抱きついた時、抱き返されるコトを望んでる自分のコトも…、 俺は何もわからないまま何も気づかないままに、やっと詰まった喉の奥から吐き出した言葉はなぜかそんな言葉だった。 久保ちゃんは目の前にいるのに、ちゃんといるのに…。 俺はそう叫んで、立ち上がってリビングを出ようとしてる久保ちゃんの足を掴んだ。 「あんな風にゆるくしなくたって、もっと強くったって俺は壊れたりしねぇし…っ、抱き心地は悪いかもしんねぇけど、久保ちゃんが思ってるよか太ったしっ、だからっ!」 そう言いかけたけど、その先に続く言葉を言えなくて…、俺は黙り込む。 自分が何を言おうとしてるのか気づいたら、久保ちゃんの足を掴んだ手が急に熱くなって、そのせいで顔を上げてられなくなった。 真っ直ぐに…、久保ちゃんの目を見て言わなきゃダメだってわかってるのに…、 言葉も視線も急な発熱に犯されて、背中を抱きしめられた時の手のようにさまよい戸惑い…。けれど、俺は今抱きしめなかったら二度と抱きしめられない気がして…、今じゃなきゃダメな気がして…っ、足を掴んだ手を放して立ち上がると正面から…、 ジョウダンじゃなくホンキで、久保ちゃんを抱きしめた。 「久保ちゃんのカレー食ってんだから、丈夫に育ってる決まってんだろ。でも、今度から居ない時でも、ちゃんと食うから育ちすぎるかもしんねぇけど…、そん時は文句言うなよ」 俺がそう言うと、うん…っと小さく呟いた久保ちゃんの腕が俺に向かって伸びてきて…。ゆっくりゆっくりと伸びてきた腕は俺を抱きしめたけど、やっぱり…、ゆるくて力もあまり入ってない。 だけど、今は初めて正面から抱き合っただけで、一方通行じゃないってだけで、俺の胸は泣きたいような笑いたいような…、そんな気持ちでいっぱいだった。 「・・・・・・・久保ちゃん」 「ん?」 「こういうのって、なんて言うんだろ?」 「こういうの?」 「今みたいなカンジっていうか…、今の状態っていうか…」 「さぁ…、なんだろうね?」 「久保ちゃんもわかんねぇの?」 「うん、だから…」 ・・・・・・・・・・・・一緒に考えようよ。 逃げるのかって叫んだ君が、腕を伸ばして俺を抱きしめて…、 その声と真っ直ぐな瞳から逃げられなかった俺は、やっぱりいつもみたいに恐る恐る腕を伸ばして君を抱きしめて…、 すると、相変わらず君のカラダは細くて、抱きしめると壊れそうだった。 ゴツゴツと骨ばってて抱き心地が悪くて…、それはなぜか俺に良くないコトばかりを連想させて…、怖かった…。いつも君は元気だっていつも言うけど、こんな細くて壊れそうで…、元気なはずないでしょと心の中で呟いていた…。 だから、抱きしめるというより、抱擁って言った方がしっくりくるようなコトしかできなくて…、今だって緩く緩く腕を回すだけ。でも、そんな俺を君が強く抱きしめてくれるから、俺はいつもよりも君を強く抱きしめられたのかもしれない…。 逃げるように背中からじゃなくて…、正面から…、 抱きしめて…、抱きしめられた…。 初めて見た俺に抱きしめられてる君のカオは、すごく真っ赤で…、 そして…、何だかとてもうれしそうで…、 俺はそんな君を見ながら、やっぱりゴハンを作ろうと考える。 だけど、君をただ太らせるためじゃなくて、君が今みたいに笑っていてくれるような…、 できるなら…、幸せ太りしてくれるような…、そんなゴハンを作りたかった。 ・・・・・・・・・・いつの日か、君を強く抱きしめるために。 そんなコトを考えてる俺は、もしかしたら…、 今の君と同じカオを…、幸せ太りしそうなカオをしてるのかもしれなかった。 |