今までは、別に気にしてなかったけど…、 暑いとか寒いとか、暖かいとか冷たいとか…、そういう風にカンジる温度っていうのは結構、重要なのかもしれない。久保ちゃんと出かけた帰り道で、俺がそんな風に思ってしまったのはたぶん…、今、歩いてる川の土手を吹く風が涼しくて、すごく気持ちいいせいだ。 この間まで、夕方も夜もすっげぇ暑くて、外を歩いてて涼しいなんて思ったコトなかったし、風が吹いてもキモチワルイくらい生暖かくて、歩いてても早く帰りたいばっか…。でも、今日は涼しい風が気持ち良くて、いつもよか自分の歩くペースがゆっくりになってるのを感じた。 「・・・・・・虫が鳴いてる」 暗くなりかけた河原から、虫の鳴く声がしてて…、 だから、俺は久保ちゃんにそう言って、ふーっと息を吐く。 すると、久保ちゃんはまるで俺につられたみたいに、吸ってたセッタの煙をふーっと吐き出した。 「虫が鳴いてて、ススキの穂も出てるってコトは、もう秋ってコトかもね?」 そう言った久保ちゃんの声を聞いた俺は、あぁ、そっか…、もう秋なんだ…って、思って呟いて河原のススキを眺める。すると、すーっと流れるように風が吹いて、ざざぁーっとススキの穂が音を立ててゆらゆら揺れた。 虫の声もススキの穂を撫でる風の音も、聞いてると気持ちいい…。 エアコンの空気とは違う、色んな音や匂いを運んでくる秋の空気が…、 涼しい風が、こんなにも気持ちいいなんて思わなかった。 「こんな気持ちいい時に、タバコなんか吸ってんなよ。有害な煙よか、秋の空気の方がウマいぜ?」 煙ばかりを吸い続ける久保ちゃんの口から、セッタを奪い取る。そして、秋風に乗って流れていく灰色の煙を視線で追うと、その行く先にトンボが飛んでるのが見えた…。 風に乗って泳ぐように飛ぶトンボは、秋らしい赤い色…。 その色をぼんやりと眺めてたせいで、奪ったセッタを久保ちゃんに奪い返されちまった。 「なに取ってんだよっ、返せってっ」 「ソレはこっちのセリフ」 「せっかく、秋の空気のウマさを教えてやろうとしたのにっ」 「ん〜、まぁ確かに秋の空気もウマいけど、秋の涼しい風に吹かれながら吸うタバコってのも、結構ウマいよ?」 そう言った久保ちゃんに、そんなの気のせいだって言ってやる。そしたら、久保ちゃんはセッタを吸い続けながら、そうかもね…と短く答えて微笑んだ。 その微笑みは秋の風に吹かれているせいか、とても穏やかで…、 けれど、なぜか少しだけ寂しいカンジがする。 吹いてくる風も秋の空気も、こんなにも気持ちいいのに…、 こんな時でも気持ちいいコトだけ、カンジてはいられない。 でも、それはたぶん…、俺が久保ちゃんのコトを考えてるせいだ。 久保ちゃんのコトを考えてると、暑いとか寒いとか季節とか関係なく、熱くも寒くもなるし…、温かくも冷たくもなる。けれど、それでも久保ちゃんのコトを考えるのを止めないでいると、そればかりに気を取られすぎて…、 マヌケな事に石につまづいた。 「うわ…っ、やば…っっ!」 つまづいた瞬間、転ばないように反射的に足に力を入れる。 けど、力を入れたはずの俺の足は宙に浮いた。 「な…、なん…っ?!」 しかも、足だけじゃなく身体ごと宙に浮いてる!?? 突然の出来事に驚いた俺は、足をジタバタさせて暴れる。けど、すぐに足が地面につかないのは、俺の身体を久保ちゃんが肩に担ぐようにして抱き上げてるからだと気づいた。 「お、おろせよっ!」 「イヤ」 「自分で歩けるっ」 「さっき、転びかけたクセに?」 「つか、転びかけたくらいで担ぐなっ」 「でも、これなら転ばないデショ?」 「どういう理屈だっっ」 「さぁ?」 何を言っても、久保ちゃんは俺を下ろしてくれない。だから、こんな格好でウチまでなんて、そんなハズい真似できっかーっとか叫びかけたけど…、 俺を担いだせいか、久保ちゃんがタバコを携帯用灰皿の中に投げ入れたから、もう少しだけいっか…とかなんとなく思っちまったし…、 それに、こうやって抱きしめるみたいに担がれてると、秋の涼しさと久保ちゃんの体温だけをカンジてられるから、たぶん俺はこのままでいたかったのかもしれない。二人でいるコトが、秋の風がとても気持ち良かったから…、 少しの間だけでも…、このままで…。 視線を上げて見た空には、いつの間にか白い月。 その白い月が、久保ちゃんが足を前に踏み出して歩くたびに振動で揺れる。ゆらゆらとゆらゆらと揺れて、風に吹かれたススキの穂も同じように揺れる。 前へと進んでいるはずなのに逆の方向へと流れていく風景を眺めてると、のほほんとした歌声まで、風景と一緒に俺の方へと流れてきた。 「月がとっても青いから〜、遠回りして帰ろう〜…♪」 「月が青い?」 「そ、『月がとっても青いから』っていう、古い歌」 「ふーん、古い歌なんか良く知ってんな」 「いつ聞いたのか覚えてないけど、お前と歩いてたら思い出した」 「…って、俺歩いてねぇし」 「今はお持ち帰り中だから」 「俺はケンタのチキンやマックのポテトじゃねぇっつーのっ」 「それよりも、おいしそうだけどね」 「おいしそうって…、どういうイミだっっ」 久保ちゃんはソレには答えず、また古い歌を歌い始める。歌詞をあんま覚えてないみたいで、同じフレーズを繰り返し歌うカンジだったけど、だから俺もすぐに歌を覚えられた。 覚えて久保ちゃんに合わせて歌うと、一緒に歩いてて思い出したって言う久保ちゃんの気持ちが伝わってきて…、 『二人っきりでさぁ帰ろう〜♪』って歌いながら、ほんのちょっとだけ眺めてた白い月が滲む。まるで、ホントに遠回りするように土手を歩いてく、久保ちゃんのぬくもりをカンジながら…、俺は久保ちゃんと一緒に古い歌を歌い続けた。 『月がとっても青いから〜、遠回りして帰ろう〜…♪』 空にぽっかりと浮かんだ月、ゆらゆらと揺れるススキ…。 今日見た月を…、滲んだ月の色を…、 吹いていた風を…、秋の空気を絶対に忘れない。 そう思って伸ばした右手は、やっぱり月には届かないけど…、 できるだけ遠回りを…、ずっとずっと遠回りできたらいいのにって心の中で呟きながら、俺は落ちないように捕まるフリして、久保ちゃんをぎゅっと抱きしめた。 月の雫に濡れながら 遠回りして帰ろう出典『月がとっても青いから』 作詞:清水みのる 作曲:陸奥明 歌:菅原都々子 |