「なぁ、散歩に行かねぇ?」 リビングでテレビ見てた久保ちゃんに俺がそう言ったのは、たぶん…、ベランダから見た月がすっげキレイだったからだと思う。 満月までにはあと少し足りないけど、なんかいつもよかキレイに見える月をじっと眺めてたら、夜風に吹かれながら歩きたくなった。 けど、久保ちゃんは違うみたいで、お月見ならベランダでいいじゃない?とか言う。だから、俺は久保ちゃんの手からリモコンを奪ってプチッと電源を切った。 「あー…、今、いいトコだったのに」 「…って、切った瞬間ってCMだったろ」 「うん、キャットフードのCM。かわいいんだよねぇ、あのネコ」 「まさか…、そのCMのためにテレビ見てたんじゃねぇよな?」 「・・・・・・・たぶん」 「たぶんって何だよっ、たぶんってっっ。とーにーかくっ、今から散歩に行くから、久保ちゃんも一緒に来いよ」 「あとでお団子買ってあげるから、やっぱベランダにしない?」 「はぁ、なんで団子??」 「だって、今日って中秋の名月デショ?」 「ちゅ、チュウシュウ?」 久保ちゃんが言うには、月がいつもよかキレイに見えるのはチュウシュウの名月ってヤツだから…。旧暦の8月15日が、中に秋って書いて中秋で、意味はよくわかんねぇけど、とにかく団子食いながら月を眺める日らしい。 団子を食いながら月見ってのも、いいカンジするけど…、 なんか、やっぱ外に出たくて俺は手に持ってたテレビのリモコンをポンッと、久保ちゃんの座ってるソファーの上に投げると玄関に向かった。 「外に出んのがイヤなら、久保ちゃんはベランダで団子でも食ってろよ」 そう言ったのは、ただの散歩にムリヤリ連れてっても仕方ねぇって思ったから…。けど、一人で散歩に行くって思ったら、なんか行く前から楽しくなさそーな気がしてくる…。 さっきまで、なんか楽しい気分だったのに、ソレが半分くらいになってる。 一緒にベランダで団子食ってりゃ良かったって、後悔しそうな自分に気づいて玄関で足を止めると、背後から伸びてきた手に肩をポンと叩かれた。 「うわぁぁぁーーーっ!」 「わ〜…って、何そんなに驚いてんの?」 「く、久保ちゃんがいきなり肩叩くからだろっ! 一体、いつから後ろにいたんだよっ!!」 「ん〜、リビングを出た所から?」 「…って、最初からじゃねぇかっっ」 「だって、行くんでしょ? 散歩?」 「け、けど、久保ちゃんはベランダで団子食ってる方がいいんだろ?」 「うん、でも一人で団子食ってもたぶんウマくないし。お月見だって、二人で見た方が月もキレイに見えそうだしね?」 「そ、そんなの一人でも二人でも一緒だっつーのっ」 背後霊みたいに後ろに立つ久保ちゃんに、俺はそう言ったけど…、 ホントは同じコトを考えてたし、思ってた…。 でも、久保ちゃんと一緒じゃないと二人じゃないとイヤだって、なんか照れ臭くて言えなくて…、言葉にする代わりに服の袖をぐいって引っ張ったら、久保ちゃんがわかってるって返事するみたいに、俺の頭をガシガシっと乱暴に撫でる。それがなんかうれしくてくすぐったくて、俺は赤くなった顔を隠すように久保ちゃんの袖をぐいぐいっと、さっきよりもっと引っ張って外に出た。 「本日のお散歩コースは?」 「てきとー!」 「じゃ、一番月がきれいに見えそうなトコまで行こっか?」 「ソレってどこまで?」 「さぁ…、ドコまでだろうねぇ?」 そんな風に久保ちゃんと話しながら歩く道の上には、中秋の名月。 満月にはもう少し足りねぇカンジだけど、秋が近づいて涼しくなってきた空気の中で白く光ってる。二人分の足音を聞きながら月に照らされた道を歩いてると、別に何か目的があって歩いてるワケじゃないのに、やっぱ楽しかった。 曲がり角に差しかかると、二人でいっせいに行きたい方を指差して…、 違う方向を指差したら、ジャンケンして行き先を決めて…、 俺らは手の届かない場所にある月を目指すように歩く…。 久保ちゃんと二人で月を眺めながらゆっくりとのんびりと並んで歩いて…、昼間よりも澄んでる夜の空気を胸いっぱいに吸い込むと、別に何も無理なんかしてないって思ってんのに肩とか色んなトコから、余分な力が抜けてくような気がした。 「久保ちゃん…」 「ん〜?」 「散歩…、一緒に来てくれてアリガトな。久保ちゃんが来てくんなかったら、散歩してもつまんなかったし…」 「どうしたの? 急にしおらしくなっちゃって?」 「う、うっせぇ…、月眺めてたら言いたくなっただけだってのっ」 やっぱ照れくさいけど、今度はちゃんと言えた。 久保ちゃんにありがとうって言えたのがうれしくて、自分の顔が緩むのを感じた俺は、あわてて顔を引きめる。 すると、そんな俺を見てた久保ちゃんが小さく笑った。 笑われてムッとちょっとだけしたけど、笑った久保ちゃんの顔がスゴクうれしそうだったから…、怒りそこねてそっぽを向く。そしたら、久保ちゃんはまた小さく笑って、明日の天気でも話すような口調で、とんでもないコトを言った。 「ときとー」 「な、なんだよ?」 「好きだよ」 「・・・・え?」 「好きだよ、大好きだよ…、愛してるよ?」 「ば、ばっ、バカ…っ!なにいきなり妙なコト言ってんだよっ!」 「ん〜、月眺めてたら、ちょっと言いたくなっただけ」 「寝ぼけてんのか?」 「一応、目は開いてるけど?」 「・・・・・・・・細すぎて、起きてんのか寝てんのかわかんねぇ」 「時任クンてばひどーい」 ひ、ヒドイのはどっちだ…っっ。 久保ちゃんがいきなり妙なコト言うから、顔が熱くなって戻らねぇし…っ、心臓だってドキドキして早く鳴ってる。まともに久保ちゃんの顔が見れなくて、空に浮かぶキレイな月を眺めて…、夜風で熱を冷まそうとした…。 でも、ふと横目で見た久保ちゃんの横顔が…、俺と同じように月を見上げた久保ちゃんの表情が妙に真剣でいつもと少し違ったから…、 俺は…、すべてを夜空に輝く月のせいにいて、まるで独り言のように久保ちゃんと同じ言葉を言った。 「好きだ、大好きだ…、すごく好きだ…」 愛してるって言葉は、どうしても言えなくて胸の中にしまって…、 けど、もしかしたら、いつか今は胸にしまった言葉を言う日が来るのかもしれない。俺の突然の呟きに、らしくなく驚いた顔をした久保ちゃんを見た瞬間、熱い胸の奥でそう想った…。 「うん…、けど俺の方がもっと好きかも?」 「じゃあ、俺の方がもっとすっげぇ好きだ」 「なら、俺の方がもっともっと好きかな?」 「なにぃっ、俺の方がもっともっともっと好きに決まってんだろっ」 俺と久保ちゃんはまるでキレイな月に月の光に酔ったように、好きだとか大好きだとかたくさん言い合って笑い合いながら、追いかけると逃げる…、逃げると追いかけてくる月が一番きれいに見える場所を目指す。けれど、どちらからともなく伸ばした手が、お互いの手を握りしめた瞬間が一番…、キレイに見えた気がした。 |