俺が立ってるのは、リビングじゃなくてキッチン。 手に持っているのは包丁で、目の前に並んでるのはジャガイモとニンジンとタマネギ…、牛肉はまだ冷蔵庫の中…。そんな材料で俺が作るモノって言えば、例外なくカレーって感じなんだけど、寝癖のついた頭でアクビをしながらキッチンに入ってきた時任は、俺の前の野菜の群れを見てがっくりと肩を落とした。 「また、カレーかよ…っっ」 「またって、昨日はグラタンじゃなかったっけ?」 「そーれーはっ、俺がメシ当番だったからだろっ。まさか、その一週間前の当番で誰かさんがカレーを多量に作って、四日間カレー三昧にしたのを忘れたワケじゃねぇだろうなぁ?」 「あー、そう言えばそうだったっけ? けど、四日間メシ作らずに食えて良かったっしょ?」 「・・・・・マジでそう思ってんのか?」 一週間前のカレーについての質問に、俺が素直にうんと答える。 すると、時任は頭を抱えてうがーっと叫ぶ。そして、物凄い勢いで並べられた野菜に向かって突進すると、冷蔵庫を開けて野菜室に入れ始めた。 「あ…、切り刻む予定のニンジンさんやタマネギさんが…」 「タスケテーっ、眼鏡のオジサンにバラされるぅ〜」 「…って、いつからニンジンになったの、お前?」 「なったんじゃなくて、今の心情を代弁してやってんのっ」 「うーん、せめてお兄さんにしてくんない?」 「四日分のカレーを作ろうとするヤツなんざ、オジサンで十分だっ」 「ソレって、どういうリクツよ?」 どうやら、時任は俺にカレーを作らせたくないらしい。 コレってもしかして、一週間前のカレーの恨みってヤツ?でも、四日目のカレーって野菜が全部溶け込んでるカンジでいいと思うんだけど…、ね? それに今日の晩メシはカレーって決めてたから、冷蔵庫にはカレーの材料以外はロクなモノ入ってないし…。どうしよっかなぁーと考えてると、時任はすべての野菜を野菜室に入れていた手を止めて俺を見た。 「何? どうかした?」 不思議に思って俺がそう尋ねると、時任は止めた手で使う予定だったカレーのルーの入った箱を取る。ちなみに買ってるのは、普通のじゃなくて業務用。 ソレを目で見て確認した時任は、どこから買ってくんだよっとブツブツ言ってから、小さくため息をついた。 「もしかして一人の時も、こんなに作ってたのか?」 突然、そう聞かれて…、どうだったっけと考えて自分の記憶をたどる。けど、そうして気づいたのは量がどうこうという前に、ほとんど作ったコトがないという事実だった。 チャーハンやラーメンとかは作ってたけど、カレーを食べる時はレトルト。 作るのが面倒だったのか、それとも別な理由があったのか思い出せないけど、レトルトを多量に買い込んで何日も食べてたコトがあったような気がしたから、一人では食べ切れないからというワケではなさそうだった。 「カレーはレトルト。こんな風に作るようになったのは、たぶん…、お前がココに来てからみたいだけど?」 時任の質問に記憶にあるままを、素直にそう答える。すると、時任は少し考え込むような表情をした後、なぜか照れ臭そうに左手の人差し指で軽く鼻の頭を掻きながら、右手に持っていた業務用のルーを元の位置に置いた。 「みたい…って人ごとみたいに言うなよ、自分のコトだろ?」 「けど、思い出してみても良くわからないし?」 「ふーん…、ま、ソレは別にいいけどさ」 「うん」 「・・・・・・今日は二日分くらいな?」 唐突に俺に質問した時任は、また唐突にそんなコトを言う。 そして、冷蔵庫に収めた野菜を出して、まな板の上に置き始めた。 「もしかして、作っていいの?」 「その代わり、作りすぎんなよ」 「ルーが残るともったいなくない?」 「今度の当番の時、残ったルーで俺がなんか作るっ」 そう言った時任に、今度は俺がキョトンとする。 今日と明日はカレーライスで、その次は時任が作るカレー味の何か…、 結局、カレー三昧だってコトに気づかない時任は、キョトンとした俺の顔をキョトンとしたカオで見る。その表情があまりにも間が抜けていておかしくて、そして可愛くて…、俺は耐え切れずに小さく噴出した。 「なっ、何笑ってんだよっ!!!」 「ん〜、ナイショ」 「言えよっ!!」 「じゃ、三日後にね?」 「はぁ? なんで三日後なんだ?」 「それはヒミツ」 「言わねぇとっ、一週間、久保ちゃんが晩メシ当番っ」 「なら、作るカレーを一週間分にしよっかな〜」 「ううう、カレーなんかっ、カレーなんか…っ」 「キライ? だったら、食べなくてもいいけど?」 「ち、違…っ、そうじゃなくて…っ」 「でも、せっかく時任君への愛情込めて作ろうとしてるのに、食べてもらえないなんて…、ね…。ちょっと、泣いちゃいそうかも?」 「く、久保ちゃん…っ?」 「ニンジンさん、タマネギさん…、ゴメンね…、俺のせいで…」 「うわぁぁぁっっ、カレーなんかっ、カレーなんかっっ!!」 「カレーなんか?」 「カレーなんか大好きだぁぁーーーっ!!!」 頭を抱えて絶叫する時任を横目に、俺はうんうんとうなづいてタマネギの皮を剥き始める。そうしながら、自分が鍋でカレーを作るようになったのか、少しわかったような気がしたけど…、それはなぜかハッキリした言葉にはならなかった。 でも、もしかしたらホントは言葉にならなかったのではなく、言葉にしなかっただけなのかもしれない…。 賞味期限の長いレトルトの味を覚えている舌は、すぐに過去になり過ぎ去っていく今を語る事を拒んでいた。 「このまま今を真空パックに詰めたら、現実じゃなくなる変わりに…、長く見ていられるのかもね…」 ・・・・・・・・・・・レトルトの夢を。 そう呟いた言葉は、タマネギを切り刻む音に掻き消され…、 何か言ったかと小さく首をかしげている時任の耳には、届かなかった。 |