暗闇は黒く…、青空は青く…。 そして、目の前で咲く桜の花は淡いピンク色をしてる。 そう考えると、この世に色のないモノはないんだろうと…、ふと何かを思い出したように思いながら、ポケットからセッタを取り出してくわえた。 「・・・・・春、だぁね」 ぼんやりとそう呟いた、桜が満開だった四月の夜…。 運びのバイトを終えた帰り道、真っ直ぐマンションに向かわず中華街から海の方へと歩いたのは別に海が見たかったからとかではなく、単なる気まぐれだったような気がする。ただ、ちょっと風の吹く方向へ足が向いてしまった…、その程度のコトだった。 だから、潮の匂いのする風に吹かれながら歩いて、満開の桜を見つけたのは偶然。けど、見つけた瞬間に脳裏に浮かんだのは、時任のコト。 偶然だから約束もしてないし、ココに連れて来る事も考えてない。なのに、そんなわかり切った事を改めて考えながら…、なんとなく、ココに時任がいないコトを残念に思っていた。 花は明日まで持ってくれそうだけど、なんとなく今がいい。 夜の穏やかな空気と風と…、満開の桜の花と…、 そして…、隣に時任が居てくれたら…、 もっとタバコが上手かっただろうなぁ…と、自分勝手な理由でそう思う。 そう思って苦笑して桜の木の下を通り過ぎると、桜じゃなく海の方を向いてる近くのベンチに座った。 「時任が居てくれたら…、ね…」 口に出して呟いてみると、なぜか吐き出す煙がため息混じりに変わる。 そんなため息混じりの煙は少し風向きが変わったせいで、後ろのあるピンク色の桜の花びらを孕んで流されて…、消えて…、 その行方を目で追うと、どこかへ向かう貨物船が見えた。 小説やドラマとかでこういうシュチュエーションだと遠くへ行きたいとか、そんな風に言ったり思ったりしてるコトが多かったような気がしたけど…、 俺の場合は、いくら眺めていてもそんなコトを思ったりはしなかった。 けど…、いや…、 たぶん…、きっと思ったりしなかったのではなく…、 どこへも行く必要がないだけなんだろう…。 時任と会う前から、別の街に引っ越したいと思ったコトがない。 けど、それでも時任が居たからだと…、なぜか今はそう思えてくる。 たとえ時任と出会っていなかったとしても、時任がココにいるから俺は横浜に居たのかもしれないと…、居るのかもしれないと…、 そう考えると今まで住み馴れてるってだけで、他に何もカンジなかった横浜という街に、少しだけ感情らしきモノが湧いてくるのを感じた。 でも、それはたぶんホントは感情ではなく、感傷ってヤツで…、 らしくないなぁって呟いて、また吸い込んだ煙をふーっと吐き出す。 すると、後ろから聞きなれた声がして…、 幻聴かなぁと思いながらも、ゆっくりと振り返ってみると…、 そこには約束もしてないのに待ち人がいた。 「なんで、久保ちゃんがこんなトコにいんだよ?」 「それはこっちのセリフ」 そんな言葉を交わして、ココにはいないはずのお互いの顔を見る。 すると、その瞬間、いきなり何かをさらう様に突風が吹いて桜の花びらが舞い上がり…、それを少し驚いたように時任が見上げる。 けど、俺は舞い上がる桜の花びらよりも、その時の時任の表情に…、 桜色に染まる風景の中にいる、時任の方に目を奪われていた。 ・・・・・・・・・・・桜色。 それは俺が知るどの色よりも優しくて…、暖かくて…、 そして…、キレイだった…。 桜色に染まる春と時任と、後ろに見えるマリンタワー。 そんな光景が色が、俺の脳裏に胸に焼き付いていく…。 手を伸ばすと抱きしめると消えてしまいそうな光景を見たのは、一分だったのか数秒だったのかわからない。けれど、わずかに目に痛みを感じるほど、瞬きもせずに見つめていたコトだけは確かだった…。 「なんて、カオしてんだよ?」 ふと、我に返った時任が、俺の方を見てそう言いながら笑う。 だから、思わず自分のカオを手で軽く撫でてみたけど、あまりいつもと変わったカンジはしなかった。 胸が痛んだのは一瞬で、それがカオに出たとも思えない。 けど、俺のトコまで歩いて来ると、時任は右手を伸ばして俺の目元を親指で撫でた。 「・・・・・泣いてんのかと思った」 「もしかして、そんなカオしてた?」 「ぜんぜんっ」 「じゃ、なんで?」 「すっげっ、ボケたカオしてたから」 「もしかして、ボケてた上に泣きそうだったってコト?」 「…って、ボケて泣きそうってどんなんだよ?」 「お前が自分でそう言ったんでしょ?」 「そんなの、ウソに決まってんじゃんっ」 「・・・・・・お前ねぇ」 「けど、泣いてんのかって思ったのはホント…」 時任はそこで言葉を切ると、俺の肩に落ちてる桜の花びらを手のひらに乗せる。そして、それを少しじっと眺めた後、花壇に座ってる俺の横に腰を下ろした。 桜色に淡く染まる春の夜…。 それ以上は何も言わず、時任が俺の肩に頭を乗せる。 そして、また違う貨物船がどこかへ行くのを時任と眺めた。 すると、やっぱりどこかへ行きたいなんて思わなかったけど、このまま時を止めてしまいたい気分になる。 これ以上、桜の花びらが散ってしまうのを…、 桜色の季節が終ってしまうのを…、惜しむように…。 手を伸ばして時任の髪を軽く撫でながら、手のひらの中の桜を想い…、 肩から伝わってくるぬくもりに…、今をカンジながら目を閉じる。 目に焼きついた桜色の光景を思い浮かべながら…、 そうしたら、時任がこんなトコで寝ると風邪引くぞ…と、怒ってるのか笑ってるのかわからない声で言った。 「なぁ、久保ちゃん」 「ん?」 「俺がなんでココにいるのか、教えてやろっか?」 「うん」 「たぶん、久保ちゃんと同じ理由」 「俺と同じ?」 「春だから」 「春だから?」 「そっ、春だからっ」 時任にそう言われて、思わず閉じてた目をパッと開く。 すると、まるで雪のように空から舞い落ちる桜色が見えた。 「確かに・・・・・、春だからかもね?」 「だろ?」 春の陽気に、春の夜に…、 桜色に誘われて…、 俺は東湖畔から時任はゲーセンから、この公園にたどり着き…、 そんな偶然を笑いながら、桜色の季節を二人で眺める。 こんな風に二人で眺める桜色は、世界の色は鮮やかで…、 手のひらの中の花びらのように、誰の目にも触れないように閉じ込めてしまいたいほど…、愛おしく…、 ・・・・・・・そして、狂おしかった。 |