「・・・・・・・・・あ」 今日、発売のマンガをうつ伏せに寝転んで、足をプラプラさせながら読んでたら…、なんか声がした。あ・・・・で止まったから、次になんか言うと思ったけど、なんも言わなねぇから気になって、読んでたマンガから顔をあげてみる。 けど、その瞬間にガツッと手じゃなくて足を掴まれたっっ。 「うわっっ、な、なにすんだよっ!」 「あー…、うん、ちょっとね」 「ちょ、ちょっと?」 「思った通り、伸びてるなぁって思って」 「伸びてる?」 「そ」 「伸びてるって…、足が?」 俺がそう言うと久保ちゃんは一瞬きょとんとした顔をした後、小さくプッと吹き出す。それを聞いて自分が妙なコトを言ったのに気づいた俺は、掴まれてない方の足で久保ちゃんに軽く蹴りを入れた…つもりだったけど、見事にハズれたっっ。 「うーん、伸びた割には届かないみたいだけど…、足」 「う、うっせぇっ! 今のはワザと外してやったんだっ!」 「そうなの?」 「そうなのっ!」 「じゃ、ワザと外してくれたお礼しなきゃね」 「…って、何する気だよっ!?」 今まで気づかなかったけど、この体勢…、なんかヤバくねぇ? いつの間にか動かないように、足をがっちり押さえ込まれてるしっ、 しかもっ、それにくわえて…、なんか久保ちゃんの目つきがアヤシイ…っ。 見れば見るほど、アヤシすぎるっ!! けど、じたばた暴れてもうつ伏せの体勢じゃ逃げらんねぇっ!! うつ伏せのまま、全力でホフク前進してみたけど…、 ・・・・・・・後ろから、もれなく久保ちゃんもついて来る。 だあぁぁっ!!!何なんだっ、一体っ!!! そう思いながらジタバタしてると、いきなりパッと足から手が離れて…、 それを不思議に思って久保ちゃんを見ると、腹を抱えてうずくまってた。 …けど、もちろん腹痛を起こしてるワケじゃないっっ。 ムカっとした俺は、長い足で久保ちゃんの頭をガシッと軽く蹴ったっ。 「笑うなっっ!!!」 「足の爪が伸びてたから、ちょっと切りたかっただけなんだけど…。もしかして、エッチなコトしたかった?」 「し、したくねぇつーのっ!!」 「素直じゃないなぁ」 「死ぬほどっ、思いっ切り素直に言ってるに決まってんだろっ!」 俺はそう怒鳴ったけど、久保ちゃんはまだ笑ってて信じてねぇしっ! でも、楽しそうな久保ちゃんを見るのは、なんかうれしいカンジがする。笑ってる理由はムカツクけど、それでも…、ま、いっかとか思えてきたりするから不思議だった。 久保ちゃんが笑ったトコを、見たことがないワケじゃない。 けど、こんな風にホンキで楽しそうに笑ってたりすんのは珍しかった。 久保ちゃんはいつも笑ってても、どこか冷めてるカンジがする。さっきまで笑ってたはずなのに、次の瞬間には笑ってたコトなんて少しもわからない…、そんな表情をしてる事があった。 だから、まだムッとしてるフリしながら、楽しそうな久保ちゃんを見ると自然に緩む頬とか口元を隠すために、顔を背けて読みかけのマンガに視線を落とす。すると、久保ちゃんの手がまた俺の足に伸びてきて、ホントにパチンと音を立てて爪を切り始めた。 パチン…、パチン…と爪を切るたびに響いてくる音と…、 俺の足を持つ、久保ちゃんの手…。 マンガを読んでるフリしながら頬杖ついて、窓から入ってきてる日差しを見る。そしたら、なんか元々抜けてた気が一気に抜けて自然にアクビが出た。 「・・・・・・だよなぁ」 「ん?」 「なんか、平和だよなぁって…」 「もしかして、タイクツ?」 「そうじゃなくてさ…」 「そうじゃなくて?」 「・・・・・・眠くなる」 ホントに言いたかったコトバは、なんか照れ臭くて言えねぇけど…、 部屋を包む日差しと空気と、久保ちゃんが爪を切ってくれてる音を聞いてると、なんとなく…、ワケもなく意味もなく伝わってるかもって…、 そんな風に思えてくるから不思議だった。 うつ伏せに寝転がってウトウトしながら、なんとなく気になったコトを久保ちゃんに聞いてみる。すると、俺と同じように眠気を含んだような…、久保ちゃんの穏やかで優しい声が聞こえてきた。 「足の爪が思った通り伸びてるって言ったのは、リビングで見たからじゃなくて…、ベッドでなんだけど…」 「べ、ベッド?」 「寝てる時、足が当たるとちょっち爪がね」 「げっ、もしかして引っ掻いたとか?」 「まだ、それほど伸びてないから、ホントにちょっとだけ」 「悪りぃ…」 「別に悪くないよ。お前が悪いのは寝相だけだし?」 「う…っ、だったら今日からソファーで寝るっっ」 「そうしたくないから、爪切ってるんデショ?」 そんな不意打ちな久保ちゃんのセリフに、なんか顔が熱くなってくる。顔が熱いせいで、ますます久保ちゃんの方を見れなくなって床に突っ伏すと…、 俺はちらりと横目で爪を切ってる久保ちゃんの手を見た。 すると、久保ちゃんの指の爪はキレイに切りそろえられてて…、 そー言えば、極端にメンドくさがりなのに、いつも指の爪はやけにキレイに切られてる気ぃする。足よりも小まめに切ってる俺の指の爪は短いけど、久保ちゃんほどキレイには切ってなかった。 爪をキレイに切るのはベツにフツーだけど、なんかちょっとだけ不思議なカンジ。でも…、久保ちゃんが爪をキレイに切ってくれてるおかげなのか、俺は久保ちゃんの爪が気になったりとかそーいう覚えがない…。 べ、ベッドでっていうなら、色々となんかさ…、 たまにはありそうなのに…。 そんな風に考えてっと、ますます顔を上げらんなくなって…、 今度から、足の爪も小まめに切っとこうとか思ったりしながら、 久保ちゃんが爪を切り終わっても、俺は床に突っ伏したままでいた。 「・・・・・時任」 突っ伏したままでいる俺を、久保ちゃんが呼ぶ…。 そして、逃げられないように俺の頭の横に両手を突いてくる。だから、俺はキレイに切りそろえられた久保ちゃんの爪を見ながら、両手をぎゅっと握りしめた。 「手の爪も伸びてるし…、だから引っ掻くかもしんねぇし…」 「足だって言うほどじゃないし、手の爪はベツに伸びてないけど?」 「け、けど…、いつも…、なんかワケわかんなくなってる時とか、背中とか引っ掻いてたりするし…、さ…」 「いいよ、別に」 「いいワケねぇだろ…ってっ、うわーっっ!!」 いきなり脇腹をくすぐられた俺は、叫びながらカラダをよじる。すると、その隙を突かれて強引に、うつ伏せの体勢から仰向きにさせられたっっ。 くそぉっ、後で覚えてろっっ!! とか、ココロの中で叫んで、久保ちゃんに向かってパンチを繰り出すっ。 でも、その手は途中で止まったまま動かなくなった…。 俺の方に向かって伸びてきた久保ちゃんの手は、首筋や鎖骨の辺りを撫でてきて、そういう時はいつもならパンチを止めたりしねぇけど…、 久保ちゃんの顔見たら…、自然に止まった…。 さっきみたいにうれしくはならないけど、なんとなく寂しそうな久保ちゃんの顔をみたらパンチできなかった。 こういうのを…、なんていうんだろ…。 良くわかんねぇけど、すごく胸が苦しくて…、すごくドキドキした…。 「久保ちゃん?」 名前を呼ぶと、久保ちゃんが寂しそうな顔のままで微笑む。 そして、首筋や鎖骨を撫でてた手でパンチしかけた俺の手を握りしめた。 「いつも背中くらいしか痕跡残らないし…、だから、せめてソレくらいは残してくれる? でないと、全部夢になるかもしれないから…」 ・・・・・夢。 久保ちゃんはそう言うと、握りしめた俺の手に唇を押し当てる。 その感触がくすぐったくて思わず首を縮めながら、俺は久保ちゃんが言った言葉の意味を考えて…、唇を噛みしめた…。 今も昨日もその前だって、夢なんかじゃねぇのに…。 久保ちゃんはまるで証拠でも探すみたいに、まだ赤い痕の残る俺の首筋に視線を落として寂しそうに微笑む。背中に爪痕を残してって言いながら、その痕が傷んでるみたいな顔して…、微笑んで…、 そんな久保ちゃんは俺の目には、夢じゃないのに…、夢だって思い込もうとしてるみたいに見えた。 こんなに…、近くにいるのに…。 今は眠くなるほど平和だけど…、俺らはちゃんとココにいるし…、 日差しが眩しいのも触れてる手が暖かいのも、全部現実なのに… まるで簡単には見えない背中の爪痕だけが現実みたいに、久保ちゃんは俺の手で傷つけられたがる。引っ掻くからって足の爪は切ったクセに矛盾してる。 けど、その矛盾がなぜか久保ちゃんらしい…、そんな気がして…、 俺は握りしめられてた自分の手を奪い返すと、その手を背中じゃなくて襟に伸ばす。そして、ぐいっと掴むとぎゅっと目を閉じて、いつも久保ちゃんがしてるように首筋にキスした…。 夢じゃなくて…、そこに今が残るように…。 すると、久保ちゃんのカラダがビクッと震えて、それから静かになる。初めてキスした首筋は柔らかくて暖かくて、カラダが熱くなるのをカンジながら吸い付くと、いつも久保ちゃんが何度もソコにキスしてくる理由がなんとなくだけど…、 少しわかったような…、気がした。 けど、首筋から唇を離すと、そこには赤い痕がちょっとしか残ってなくて…、 なんでだーっとショックを受けてると、久保ちゃんが笑う。 笑って俺にキスして、今度は二人で顔を見合わせて笑い合う。そしたら、たとえ背中にも首筋にも痕が残せなくても…、今が夢でも現実でも…、 久保ちゃんがいるなら、それでいいって…、そう思えた。 背中に残した夢も、首筋に残した今も…、いつか消えちまう時がくるのかもしれない。けど、涙よりも笑顔を…、痛みよりもぬくもりを覚えてたい…。 見てるだけでうれしくなるような…、そんな笑顔を見ていられたら…、 好きな大好きなヒトの、そんな笑顔を思い出せたら…、 何があっても、どんな時でもたぶんきっと大丈夫だから…。 俺は見てるだけでうれしくなるような久保ちゃんの笑顔を見ながら、照れくさくて言えない言葉を伝えるように…、久保ちゃんの中に何かを残すように思い切りの笑顔で笑った…。 ・・・・・・・・・ダイスキ。 大好きなヒトの中に残したい想いは、たった一つだけ…。 君を好きで大好きでたまらない…、そんな想い…。 傷痕じゃなく爪痕でもなく、暖かく包み込むような…、 そんな春の日差しのような…、そんな想いが…、 どうか、笑顔と一緒に君の中に残りますように…。 笑い合った日々と一緒に…、 死が二人を分かつとも…、とこしえまで…。 |