んー、んー、んっ、んっん〜…♪ 

 ベランダから鼻歌が聞こえてくる。
 しかも、歌ってるのは俺じゃなくて久保ちゃんで…、
 なんか少しビックリして、やってたゲームがゲームオーバーになった。
 もうちょっとで倒せるトコだったのに、ボス戦の最初からやり直し…。
 ちくしょーーっ、俺様の貴重な40分間を返せーーっ!!
 とか思いながら、鼻歌を歌ってる久保ちゃんのいるベランダ行く。
 そしたら、ちょうど久保ちゃんが洗濯した俺の半袖のTシャツを物干しに干してるトコだった。

 「・・・・久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「洗濯モノ干すのって楽しい?」
 「いんや、別にそんなコトないけど…、なんで?」
 「さっきから、鼻歌うたってんじゃんっ。しかもっ、俺のケータイの着メロ」
 「あー…、アレね」
 「ヒトのケータイだからって、妙な着メロにしやがって…っ」
 「そう思うなら、変えたらいいのに?」
 「・・・うっせぇっ、変えるのが面倒なんだよっ」
 「ふーん、そうなんだ」
 「な、なんか文句あんのかよ?」
 「べっつにぃ〜」

 俺のケータイの着メロは、久保ちゃんが設定した時のままっていうか…、
 買ってもらった時のままの設定から、何もいじってない…。
 それは着メロなんか何でもいいじゃんって思ってたのもあるけど、初めてケータイが鳴った時にムッとした俺を見て、久保ちゃんがめずらしくプッと噴出して笑ったせいかもしれなかった。
 着メロの曲は誰もが知ってるアニメキャラで…っ、
 しかも音痴な上に俺のモノは俺のモノ、お前のモノも俺のモノとか言っちまうくらい俺様なヤツで…っっ、
 だから、噴出して笑ってる久保ちゃんの頭をガツッと軽く殴ってから、ムッとした顔でコイツを歌ってるヤツのことキライなんだろって言ったら、久保ちゃんは噴出してた時とは違う顔で…、少し俯きながら小さく笑った。

 「・・・・・・・・・・好きだよ」

 その時に聞こえた言葉は、着メロの曲を歌ってるアニメキャラのコトで…、
 俺様は音痴じゃねーし、そのキャラとはどっこも似てねぇけど…っ、
 さっきまでムッとしてたのになんか照れ臭いような…、背中がムズかゆいようなヘンな気分になった。ヘンな気分になって顔がマトモに見れなくなって、俺は仕返しに久保ちゃんのケータイを奪い取ると…、
 勝手に設定してあった着メロを変えた。

 ちゃらららっ、ちゃっ、ちゃっ、ら〜♪

 俺が設定したのは、ドラクエのレベルアップの音。
 すると、その音を聞いた久保ちゃんは、俺の手から自分のケータイを受け取って…、もっかい鳴らした。

 「もしかして、俺のレベル上がった?」
 「俺様が鳴らした時だけ、限定だけどな」
 「じゃ、次のレベルまで…、どれくらいか教えてくんない?」
 「それは、久保ちゃんの努力次第ってヤツだろ」
 「うーん、だったら、もっとヤクザのオジさんやオカマの中ボスとか倒して経験値稼がなきゃ…、だねぇ」
 「…ってっ、ドラクエなのに、なんでヤクザ倒してんだよ」
 「さぁ、なんでかなぁ?」

 久保ちゃんはそう言うと、俺様限定レベルアップ機能付きのケータイを眺める。すると、さっきまでの笑みが口元から消えて、ベランダから見える街を明るく照らしていた太陽までもが雲の中に隠れて…、
 だから、俺は久保ちゃんの手からケータイをもっかい取り上げて、時刻だけが映し出されている真っ黒い待ち受け画面を真っ青な空にした。

 「ヤクザなんか倒したって、誰がレベルアップ鳴らしてやるかよっ。そんなんじゃ、1ポイントの経験値にもならねぇっつーのっ」
 「だったら、何したらレベルアップで鳴らしてくれるの」
 「うー…、そうじゃなくてさ。何したらって…、そーいうんじゃなくて…」
 「うん?」
 「それは…」
 「それは?」

 自分のケータイを握りしめて俺が考え込んでると、久保ちゃんがレベルアップの方法を知ろうとして俺の顔をのぞき込んでくる。
 逃げる俺を追いかけるように、どこか楽しそうに…。
 そうしている内に久保ちゃんは答え聞くのを、俺は答えを言うのを忘れてリビングでプロレスごっこみたいなカンジになっちまったけど…、
 俺がレベルアップの着メロを鳴らしたケータイの向こう側で、さっきみたいに久保ちゃんが笑っててくれたらいいかもって、そう思いながら…、
 久保ちゃんが好きだって言ったキャラの着メロの入った自分のケータイを握りしめていた。

 俺も一緒にレベルアップして…、ずっと一緒に歩いていけるように…。

 それから、どれくらい時が過ぎたのか…、
 まだ少しなのか、それともたくさん過ぎちまったのか…、
 俺らはあれからどれくらいレベルアップできたのかそれはわからないけど、今もあの頃と同じように俺の隣には久保ちゃんがいて、こんな風に鼻歌を聞いたり笑ったりしてる。相変わらず俺らの着メロは変わらないままで同じで…、レベルアップを続けていた。
 少しずつしかあがらなくて、時にはすっげぇ胸が苦しくて息ができなくなりそうなくらい苦労したけど…、それでも、ちゃんと上がってきたから今があるし…、
 久保ちゃんの鼻歌なんかも聞けたりしてる。
 俺は自分のケータイを取り出すと、すぐ隣にいる久保ちゃんのケータイに電話をかけて着メロを鳴らした。

 ちゃらららっ、ちゃっ、ちゃっ、ら〜♪

 「なぁ、久保ちゃん」
 「ん〜?」
 「久保ちゃんってレベルかなりあがったよな?」
 「レベル?」
 「なーんて、こっちの話」
 「…って、なんの話なのか、思いっきり気になるんですけど?」
 「教えてやんねぇ、自力で思い出せ」
 「時任クンのケチ〜」
 「ケチとか言うヤツは、ベランダで居残りっ!」
 「うーん、時任センセーとアブナイ課外授業とかなら、ベランダで居残りしてもいいんだけどねぇ…。そしたら、今後のレベルアップのために手取り足取り…、腰取り色々と…」

 「・・・・・・一生、そこで居残ってろ」

 思い出せないって久保ちゃんはそう言ったけど、変わらない着メロが…、
 俺の方を見て優しく微笑んでくれてる久保ちゃんの瞳が、忘れてないってコトを教えてくれてる。
 流れてくる着メロは、聞いたら笑っちまうような曲だけど…、
 哀しい曲を聞いて昨日を思い出すより、楽しい曲で明日を夢見るより、
 今を笑い飛ばしながら…、今を歩いていく…、

 その方が俺ららしい気がした…。

                            『着メロ』 2006.10.5更新

                        短編TOP