「久保ちゃんっ、スイカ買いに行かねぇか?」 ある日、唐突にスイカが食いたくなって俺がそう言うと、ソファーで新聞を読んでた久保ちゃんはカオを上げてベランダの窓を見る。だから、俺も釣られて外を見たけど、やっぱかなり暑そうだった…。 今の季節は春じゃなくて、夏。 夏だから気温も湿度も高くて、クーラーが恋しい。日差しが厳しくて、黒いアスファルトまで熱くて焼け死にそうだけど、冷たいアイスがウマい…。 そんで空がすっげぇ青くて、ヒマワリなんかも咲いてて…、 俺が買いに行こうって言ったみたいに、スイカなんかも売ってたりする。 マジで暑いのはめちゃくちゃ大嫌いだけど、俺はスイカを買うために久保ちゃんと真夏の太陽の下に出た。 「久保ちゃんっ、歩くの遅すぎっ。そんな速度で歩いてたら、スーパーに着く前に焼け死ぬだろっ!」 「そう? 早く歩いた方が暑くて死ぬと思うけどねぇ」 「俺様は一分でも一秒でも、早くクーラーのあるトコに行きてぇのっ」 「そんなに暑いのキライなら、ウチにいれば?」 「そーいうコトは出る前に言えっ!」 近くのスーパーまでの道のりを歩いてると、額にも手のひらにも汗が滲んでくる。 着てるTシャツもベタベタしてくるし、空気も生ぬるい。 だから、ふと…、ゆっくり歩いてる久保ちゃんの方を振り返ってみたけど…、 久保ちゃんは汗をかいてる様子もなくて、ヘーキなカオして歩いてた。 でも、いつもゆっくりな歩調が、もっとゆっくりになってる気がさっきからしてる。 それを気にしながら歩いてると、ケータイショップの前で宣伝の入ったうちわを配ってるのが見えた。だから、俺はもっと早足で歩いてうちわをもらうと、後ろにいる久保ちゃんのトコまで引き返して…、パタパタと久保ちゃんのカオを扇いだ。 「やっぱ、空気まであちぃし…、意味ねぇか」 うちわで扇ぎながら俺がそう言うと、久保ちゃんは夏の暑い日ざしの中で微笑む。 そしてガシガシと俺の頭を軽く撫でてから、ひょいっとうちわを俺から奪い取った。 「暑くて焼け死にそうなのは、お前の方でしょ?」 「そーいう久保ちゃんこそ、暑くてバテバテなクセにっ」 「・・・・・そんな風に見える?」 「見える」 「ふーん」 「…って、何だよ?」 「涼しそうなカオしてるって言われたコトはあるけど、暑くてバテバテって言われたのは初めてだなぁって思って」 「こんだけ暑いのに涼しいワケねぇだろっ、誰でも暑いに決まってんじゃんっ。それに久保ちゃんのコトは俺様が一番良くわかってんだから、どんなに涼しいカオしててもお見通しだっつーのっ」 「お前の場合は、すぐカオに出るから見通すまでもないけどね」 「なっ、なにぃぃぃぃ…っ」 ムッとして俺が久保ちゃんの手からうちわを奪い返すと、吹いてきた風が俺と久保ちゃんの髪と頬を撫でる。すると風はやっぱ熱くて涼しくなかったけど、吹いてない時よりもマシだった…。 だから、あおぐのを止めてうちわをカオの上にかざして空を見上げる。そして、風に乗ってさっきよりも良く聞こえてくるセミの鳴き声を聞きながら、今度は早足で歩かずに久保ちゃんの歩調に合わせて歩き出した。 夏の日差しを暑いってカンジながら、どっかの家の庭先のヒマワリを眺めて…、 焼け付くような黒いアスファルトを踏んで、 大きな丸いスイカを買って俺らのウチに帰るために…。 久保ちゃんと一緒に過ごす夏は、ただ暑いだけの夏じゃなかった…。 「あ…っ、あっちから風鈴の音がする」 「風鈴の音、聞いてると気分だけでも涼しくならない?」 「なーらーなーいっ。そーいう久保ちゃんはなるのかよ?」 「ん〜、微妙」 「くそっ、マジで焼け死ぬ〜〜〜っっ」 「スーパーまで、あと5メートル」 「こっちまで歩いて来いっ、スーパー…っっ」 「…って、それはムリ」 また、来年も来るけれど、一度しかない今年の夏を久保ちゃんと歩く…。 暑くて…、暑くてたまらなくて…、早く終ればいいと思いながら…、 それでも惜しむように青すぎる空を見上げて、セミの声を聞きながら…、 夏の日差しの中で咲くヒマワリのように…、二人笑って…。 「暑いしセミも鳴いてるし…。でも、ま、夏だぁね」 「うん…、夏だ」 来年もやってくる、けれど一度しかない今年の夏は…、 キライで…、そしてダイスキだった…。 |